第180話 アヴァロン本部にて
その日、私ことレイピア・スカーレットは、恩師であるダーイン先生とその愛人役兼、研究補佐担当であるメイド服にキャラメル色の巻髪が特徴的なラブドール型アンドロイドの【セレジア】さんと共に、アヴァロン本部内にある特別区画へと来ていました。
「カッカッカッ! ようやくこの時が来たわい!」
いつもの白衣に身を包んだダーイン先生は、履き慣れたスリッパをパタパタと鳴らして闊歩し、特別区画にある開閉装置を起動すると、誰よりも先にエレベーターへと乗り込み意気揚々とした様子で口元をニヤつかせていました。
「あのぅ、先生。一体……」
『ねぇ、博士ぇ〜。これからどこに向かうのぉ〜?』
控えめに訊ねようとしていた私の声を遮り、セレジアさんがダーイン先生の片腕に抱きながら代わりに質問してくれました。
正直、ここに連れて来られた理由も今だに分からず、本当に突然の事だったので私はこの状況を全く理解出来ていません。
一体これからどこに向かうのでしょうか?
そんな私の疑問に答えるかのように、先生は口元に蓄えた立派な白髭を撫でると得意げな顔で言います。
「いいか、よ〜く聞いとけレイピアとセレジアちゃん。ワシらはこれから、聖剣の起源にまつわる場所へと向かうのじゃ」
「聖剣の起源にまつわる場所……ですか?」
アヴァロン本部には、聖剣の大元となった巨大な古代兵器があり、その上にアヴァロンが建造されたという話です。
そして、そのエリアにはアヴァロン関係者である上役の人間でもなかなか立ち入れない最深部へと繋がる専用エレベーターがあるという噂を聞いていました。
でもまさか、そんな場所に私が行くことになるなんて思いもしませんでした。
今回の話によれば、そのエレベーターに乗れるのは、研究員の中でもダーイン先生が選んだ人材のみとのこと。
つまり、この研究所に在籍する研究員の中では唯一私だけのようでした。
これには流石の私もちょっとだけ、えっへんと胸を張りたくなりました。
まあ、張りませんけどね。
『ねぇ、博士ぇ〜? このエレベーターの中ちょっと薄暗くて怖くな〜い?』
「なにを言っとるんじゃセレジアちゃん。このくらいの明るさの方が興奮してくるもんじゃろ? 例えば、こんな風に……」
『いや〜ん! 博士のエッチぃ〜。そういうのはベッドの上か博士のラボの中だけにして〜』
「……ダーイン博士。これから我々は人類の存亡をかけたこの戦いにおいて、その決着が付けられるかもしれないという重要な情報が眠るエリアへと向かおうとしているのですから、あまりそのようにふざけた行為は控えていただけますか?」
アンドロイドのセレジアさんの豊満な胸に頬擦りをするダーイン先生に冷たく苦言を呈したのは、アヴァロン軍部で最も偉い方である【ヘジン司令官】です。
ヘジン司令官はシルバーフレームの眼鏡のブリッジを中指でそっと押し上げると、ダーイン博士を呆れたような目で見て肩を落としました。
今回、聖剣の起源にまつわる最深部を調査するという事で軍部の最高責任者であるヘジン司令官も参加することになったそうです。
それと、万が一の緊急事態に備えてダーイン博士とヘジン司令官の護衛役を務める存在として、極秘に選抜された精鋭セイバー四名も参加していました。
その四名の内ひとりは現在ツルギさんたちと行動を共にしているヒルドちゃんのお父さんである【ヘグニ】さんです。
ヘグニさんは筋骨隆々とした体躯に見合った身の丈ほどある大剣型の聖剣を背中に担いでおり、エレベーターの上部に表示された階層を示す部分を細目でジッと見つめて腕組みをしていました。
「ダーイン博士。アヴァロンの地下には一体なにが眠っているのですか?」
「カッカッカッ! それは企業秘密というもんじゃよ。ただ、この戦いに終止符を打つ事ができるかもしれん代物があるということじゃ」
「できるかも、ですか?」
「そう。できるかもじゃ」
「できるかもって、そんな不確定なことのために私は駆り出されたの?」
先生のセリフに眉を顰めて不満そうな声を漏らしたのは、ヘグニさんと同様に選抜されたもうひとりのセイバー。
絹のように艶のある長い金髪をうなじの辺りで一つ結びにしたアヴァロンきっての美女剣士である【ソラス】さんです。
以前、ソラスさんは妹さんである【クラウ】さんとペアを組み、聖剣のセイバーとしてアヴァロンで活躍されていたのですが、悪い上層部の陰謀により任務中に襲われ、その記憶を失くしてしまいエミリアさんというご婦人の元でお世話になっていたそうです。
そんな最中、草薙さんと出会いその記憶を取り戻して、魔剣たちによるアヴァロン本部襲撃事件の際に私たちを助けてくれた優秀なセイバーさんです。
そんなソラスさんは、一つに束ねた長く綺麗な金髪を胸の前から後ろに向けてサッと払い除けると、エレベーターの壁に背中を預けて腕組みをし、不満げな顔で頬を膨らませていました。
「日本にいるネギたちがピンチって聞いていたから日本に駆けつけようと思っていたのに、どうしてこっちが最優先なのレイピア?」
「えっと、ソラスさん。その件に関しましては、アヴァロンの日本支部に任せていますし、草薙さんたちの事だから大丈夫という上層部の判断でして……」
「そういう油断が前回の悲劇を招いたんでしょ? それに、ネギは確かに強いけど、きっと私の力を求めていると思う。ううん、きっと私のすべてを求めているに違いない」
ソラスさんは胸の前で両手を握り合わせると、その瞳をキラキラと輝かせ天を仰いでいました。
きっと、ソラスさんの瞳の中には草薙さんが映っているのでしょう。
でも、どうして口元が緩んでいるのかちょっと不思議です。
「なんじゃ随分と思い込みの激しい女じゃのう。お前なんぞおらんでも小僧にはエクスちゃんがおるわい。つまり、お前は用済みっちゅうわけじゃ」
「え? なに? 死にたいのジジイ? それなら今すぐ殺すけど」
「誰がジジイじゃこのクソたわけ!? こう見えてワシのアレははまだまだ現役じゃわい!」
「誰もジジイの股間の話なんて求めてない。それより、そろそろ死んだ方がいいと思う」
「生意気な小娘が。ゆーて、ワシにはお前よりも強いセレジアちゃんがおるんじゃぞ? やれるもんならやってみんかこの負け犬ヒロインめ!」
「負け犬ヒロイン? なにそれ美味しいの?」
「ちょ、先生!? なんてことを言うんですか! それはいくらなんでもソラスさんが可哀そうですよ!」
「え、レイピア? その言い方だと、アナタも私が負けヒロインだと認識しているように思えるのだけど気のせい?」
「事実じゃろうが! そもそも思い込みが激しい上に性格が重たい女なんぞあの小僧が抱くわけないじゃろうが。いい加減に目を覚まさんかいこの妄想色ボケ女め!」
「レイピア。アナタには悪いけれど、今日がジジイの命日になるわ。ごめんなさいね」
「カッカッカッ! やれるもんならやってみんかこのメンヘラ女め!」
「ちょ、ソラスさんを煽るのはやめてくださいよ先生! ソラスさんもここは冷静に話し合いましょう!?」
「それは無理。というか、レイピアそこどいて。ソイツ、殺せない」
「だ、ダメですよソラスさん!? その剣は人を斬るものではなく、魔剣を斬るものであって!」
「なんだかソラスもすっかり元気になって良かったよねー。ね、ランス?」
「う~ん。僕的にもソラスが元気になってくれて嬉しいけれど、この場を血に染めるようなことは遠慮して欲しいかな?」
先生に襲い掛かろうとするソラスさんを必死に宥める私のすぐ横で陽気に笑う桃色のフワフワとした髪を持つ女性は、ヘグニさんとソラスさん同様にアヴァロンの精鋭から選抜された聖剣の精霊である【アロンダイト】さんです。
アロンさんはソラスさんとその妹であるクラウちゃんと同期だったようであり、二人と仲良くしていました。
でも、そんな友人であるソラスさんがまさに今その手を血に染めようとしているのに止めないのは、仲の良い友人としてどうなのでしょうか?
「あの、アロンさん。出来ることなら私と一緒にソラスさんを止めていただきたいんですけど!?」
「あ、それもそうだねー! ソラス、エレベーターの中がダーイン博士の血で汚れちゃうとみんなが迷惑するからやめようー?」
「アロン。それだとダーイン博士に失礼だよ。そこは、みんなの服が汚れてしまうからと説明するべきだね」
「お前らはこのワシを汚物かなにかと思っとるんかこのクソたわけめ!?」
「冗談ですよダーイン博士。そんなに怒ると脳の血管が切れて死んでしまいますよ?」
「ランス! 貴様、ワシをおちょくっとるんじゃろそうなんじゃろ!?」
額に青筋を浮かべて憤慨する先生を爽やかに微笑みながら宥めているのか煽っているのか定かではないことを口にするのは、艶のあるブロンドの髪をアシンメトリーにし、女性でありながらも高身長で見目麗しいセイバーの【ランスロット】さんです。
ランスさんはアロンさんのパートナーであり、アヴァロンの精鋭たちの中でも五本の指に入るとされた剣術の持ち主です。
そんなランスさんは、先生を怒らせながらもキッチリとソラスさんを引き離すと、私の方を見てウィンクを投げてきました。
流石はアヴァロンの歌劇団です。
正直、今のウィンクには同性である私でもトキメいちゃいました。
「やれやれ。本当にこのメンバーで大丈夫なのですかね……」
「そう心配をなさるなヘジン司令。こう見えて我々はアヴァロンの中でも屈指の精鋭です。問題はありませんぞ」
「だといいのですが……」
わちゃわちゃとする私たちを見て杞憂を浮かべるヘジン司令官の肩を叩いて、豪快に笑い飛ばすヘグニさんは流石の一言です。
でも、ヘジン司令官はアヴァロン軍部で一番偉い人なんですけど、その人の肩をあんなにバンバン叩いていて本当に大丈夫なのでしょうか?
そんな光景を見て私が頬を掻いていると、落ち着きを取り戻した先生が咳払いをしました。
「コホンッ。まったく、お前らといると苦労が絶えんわい。それより、そろそろ最深部へ到着するから気を引き締めておけ」
「先生。セレジアさんのお尻を弄りながらそう言われても説得力ありませんよ……」
「だまらっしゃい。これはワシなりの緊張をほぐす儀式なんじゃ」
「……先生にも緊張感があったのですね」
そんなこんなで私はこの愉快なメンバーたちに囲まれ、いよいよアヴァロン本部にある最深部へと到達しました。
エレベーターの階層を示す表示が最下層のエリアでストップして分厚い二重扉がゆっくり開かれると、そこには淡く蒼い光で満たされたとても広い空間が広がっていました。
その光景を前にして、私たちは思わず言葉を失くしていました。
「こ、ここが……」
「……アヴァロンの最深部」
その場所は見た事のないような機器で覆いつくされており、さながらSF映画に登場するような宇宙船の操縦室のような構造となっていました。
周囲には幾つもの制御機器のようなものがあり、それらの機械に私たちが目を奪われていると、先生とセレジアさんの二人が迷うことなくその奥にあった重圧な扉の前に移動していました。
「確かこの扉じゃったな。これ、さっさと来んかい皆の衆。そんな設備よりもこっちの方が重要なんじゃ」
「先生、この部屋は一体?」
「見ればわかる。開くぞ」
当惑する私たちを他所に先生が特殊なカードキーを扉の手前に翳すと、圧縮された空気が漏れ出すような音がして扉が開きました。
そして、その中へなんの躊躇いもなく足を踏み入れると、私たちを手招いてきます。
「こっちに来て見てみぃ。これが古代文明人が残した遺産じゃ」
そう言って先生が見上げた先には、巨大なガラスケースのようなものがあり、その中には武骨な造りをしたロボットのような鎧が手脚部分を拘束されて保管されていました。
そして、その光景に誰もが圧倒され、ただ呆然と立ち尽くしていました。
「だ、ダーイン博士……これは?」
「これは古代文明が来たるべき時に備えて製造されたとされる兵器じゃよ」
その巨躯を有したロボットのような鎧は、眼下にいる私たちを静かに見下ろしているように佇んでいます。
でも、なぜでしょうか?
私はその鎧をどこかで見たような気がしていました。
はて、この鎧のデザインは以前にどこかで見た気が……あ!
「流石はワシの弟子じゃな。この鎧を見て気が付いたか」
「先生。この鎧のデザインって、確かエクスさんの……」
「その通りじゃ。エクスちゃんの聖剣に備わったアーマーモード。それはこれを元にワシが造り上げたんじゃよ」
やはりそうでした。
この鎧のデザインは、エクスさんの聖剣に搭載されたアーマーモード時のモノと酷似していました。
ということは、先生はこの場所に何度も足を運んでいたということなのでしょうか?
なんて思っていた矢先、セレジアさんが私を見てニコニコしながら言います。
『博士はねぇ、上層部から勝手にここへ来ちゃダメって言われてたんだけど、シカトして何度も来てたんだよぉ〜』
「これ、セレジアちゃん。そういう余計なことを話しちゃう可愛いお口はワシのキッスで塞いじゃうぞい? んちゅう〜……」
「ダーイン博士。先程話していた来るべき時とは、今という事なのですかね?」
セレジアさんにキスをしようとしていた先生を横目にヘジン司令官が訊きます。
確かに、私もその部分が気になっていました。
「さあのぉ。それは今かもしれんし、そうじゃないかもしれん」
「えー。それじゃあよくわからないじゃーん」
「アロンの言う通り、そこは僕も気掛かりですね。もし、来たるべき時が今だとするならば、この兵器を起動させる事が出来るという事になりますよね? そうだとすれば、この兵器で魔剣を一掃して……」
「残念じゃが、それは無理な話じゃ」
「無理とは、なぜなのですかダーイン博士?」
「ジジイ。理由を説明して」
「ワシをジジイと言うなクソたわけ。まあ理由は簡単じゃ。なぜなら、コイツを動かせる奴がおらんからじゃな」
先生の口から聞かされたその理由に私たちは当惑しました。
この兵器を動かせる人間がいないとは、なぜなのでしょうか?
「先生、それはどうしてですか?」
「単純な話じゃよ。コイツは古代人によって発明された兵器、つまるところコレは古代人にしか起動させることが出来ないわけなんじゃよ」
「皮肉ね。折角、魔剣を滅ぼすことができる力が目の前にあるのに……」
魔剣を滅ぼせるかもしれないという最強の切り札を私たちアヴァロンは手にしているというのに、それを動かせる人間がいないと語る先生に私たちは落胆の色を隠せませんでした。
この素晴らしい兵器を私たちアヴァロンが活かすことが出来たなら、魔剣による被害でこれ以上誰も悲しい思いをせずに済むというのにとてもやるせない気持ちになります。
これでは本当に宝の持ち腐れというものでしょう……。
そんな肩を落とす私たちの反応を待っていたかのように突然、先生がセレジアさんに声を掛けました。
「セレジアちゃん。アレを皆に見せてあげなさい」
『オッケー! それじゃあ、始めるよぉ〜』
元気良く片手を上げてウィンクをするセレジアさんに私たちの視線が集中します。
一体これからなにを始めるのでしょうか?
「これはワシがここに初めて来た時に見つけた古代の映像じゃ」
「古代の映像って、先生。ここでこれからなにを……」
『映像出力異常な〜し。音声出力異常な〜し。言語翻訳機能作動……これより、記録映像を転写しま〜す』
私が色々と先生に聞き返そうとしたその時、セレジアさんの両目から暗い壁に向けてプロジェクターによる映像が映し出されました。
そして、そのプロジェクターの中にはこの場所と同じ空間が映し出されており、そこにはひとりの若くて綺麗な女性がこちらを見つめて立っていました。
彼女は白い布で作られた衣服に身を纏っており、その首元には古来の日本より伝わる勾玉のネックレスがぶら下がっていました。
この女性は一体なにものなのでしょうか?
『……コレを見ている誰かがいるのなら、その方にお願いが御座います。わたくしの名は【イザナミ】。大和国を治める火の一族の末裔に御座います』
唐突に始まった女性の語りに私たち全員の意識が集中します。
この古い映像に映し出された彼女は私たちになにを伝えようというのでしょうか?
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