第6話 素敵なセイバー契約
エクスを突き飛ばし魔剣の前に躍り出ると、俺は木刀を重ねて受け止めようと試みた。
だが、所詮はただの木剣。
豪快に振り下ろされた黒い刀身を木刀などで受け止めることなど不可能であり、化物が振り下ろした黒い刃はあっさりと木刀を断ち切り、俺の左肩口から右斜め下へと袈裟切りに振り抜かれた。
「がはあっ!?」
「ツルギくん!?」
地面に鮮血が飛散する。
身体の正面に走った激痛に耐えられず、俺はその場で膝をついた。
しかし、魔剣の攻撃はそれで終わらず、奴はその刀身を一気に突き出すと、俺の腹部を貫いた。
「……ウソ、だろ?」
腹部から背中まで貫通した刀身を見つめて、血の気が引いてゆく。
すると魔剣が、貫いた俺の身体をゆっくり掲げ始めた。
「が、がはあっっ!?」
「ツルギくん!」
腹部を貫いた刀身部分を握り、少しでも痛みを和らげようとするが、無駄な抵抗だった。
滴り落ちる俺の血液が、魔剣の口元に零れる。
その血液を魔剣は舌先で舐めると、愉快そうに口元を笑ませた。
「このぉ! ツルギくんを下ろせ!」
黒い刀身で貫かれた俺を助けようと、エクスが魔剣に木刀を振るう。
でも、奴にそんな攻撃が通じるはずもなく、エクスは魔剣に殴り飛ばされ地面の上を転がった。
「きゃあああああっ!」
「え、エクス……てめええええええええええええ!」
地面の上に倒れ込んだエクスを見て俺は歯噛みをすると、片手に握っていた木刀を強く握り、その先端で魔剣の片目を貫いた。
外身は硬いが眼球は人間と同じ強度らしく、木刀はすんなりと突き刺さった。
すると、魔剣は木刀が刺さった片目を押さえて悲鳴のような声で暴れ出した。
その拍子に俺の身体は黒い刀身からすっぽりと抜けて、床の上を力なく転がった。
「ゴホッ……まいったなこりゃ」
腹部に開いた傷口から溢れ出る血液が床を赤く染めてゆく。
それに伴い、俺の身体からは徐々に感覚が失われ始め、次第に意識が朦朧としてきた。
そんな俺にエクスは駆け寄ってくると、必死に声をかけてきた。
「ツルギくん、しっかりして! 死んじゃだめだよ! 私が必ず助けるから絶対に死なないで!」
「……エクス、俺はもう無理だ。お前だけでいいから逃げてくれ」
「バカなことを言わないで! 命の恩人であるキミを一人になんてさせるわけないよ!」
「バカなことなんて言ってねえ。現実を見ろ……俺には、自分の身体のことが一番わかっている。俺はもう無理だ……だから、逃げろ」
「そんなの……嫌だよ」
血に濡れた俺の片手を握り、エクスが自身の頬に寄せて涙をこぼす。
こんな俺のために涙を流してくれるんなんて、彼女は本当に優しい奴だ。
でも、この状況を鑑みるに、このままではエクスも魔剣に殺されかねない。
それだけは絶対に回避したいことだし、エクスが殺される姿なんて見たくない。
命の恩人とかどうでもいいから、俺はただエクスに生き延びて欲しかった。
「エクス……頼むから、逃げてくれ」
「そんなことできないよ! キミは私と、ここから一緒に生還するんだよ!」
「生還……ね」
重たくなってきた瞼に視界が奪われそうになる。
せめて、エクスだけでも何とか逃がしてやりたい……。
だから、俺は無理やり身体を起こすと、血が噴き出す傷口を押さえながら声をふり絞った。
「ハァ、ハァ……エクス。俺に構わず早く逃げてくれ……頼むか――」
そこまで言いかけて急に耳が遠くなり、身体を支えていた片腕から力が抜けて床の上に倒れ込んだ。
おまけに下半身が消えてゆくような感覚がして自分の限界を感じた。
もう瞼が重くて辛い。
このまま眠ってしまいそうだ……。
「目を開けてツルギくん! キミは私が助けるから、死なないで……」
徐々に薄れる意識の中で、エクスに言葉を返すほどの力はなかった。
俺としては、最後に彼女のような美少女に抱かれて死ぬのも悪くないとか思っている。
まあでも、もしひとつだけ心残りなことを口にするなら、やはりアレだろう……。
「……い、一度でいいから」
「え? なに?」
「……お前みたいな、白人の可愛い子と……キス、とか、してみたかった、かな?」
死に際の言葉がこんなんじゃ流石に引かれただろう。
だが、俺の口にした一言に、エクスはなぜだかハッとした表情を浮かべた。
「キス……そっか! ツルギくん、成功する保証はないけれど、この私と……キスしよ!」
「エクス、お前……なにを言って――」
冗談で言った言葉に、エクスは真面目な返答をしてきた。
でも、そのときの俺は、真っ暗な闇の中にいて、彼女の温もりすらもわからなくなっていた。
冷たく暗い闇の底にゆっくりと落ちてゆくような感覚。
なにも見えない漆黒の世界……。
今、思うことは、せめてカナデにだけでも最期に挨拶をしておけば良かったと後悔していた。
でも、それも手遅れだ。
このまま俺は、親父と母さんの待つ場所へ旅立つのだろう……。
と、思っていたのだが。
「……んふぅ……んちゅ」
なんだかエッチな音が聴こえる。
それにこの感触はなんだ?
「はむ……ンン……ンウ」
とても柔らかくて熱い。
それでいて、不快ではなくむしろ快感だ。
これはなんだ? 一体なにが起きている?
失いかけていたハズの感覚と意識が、徐々に引き戻されてゆく。
手足だけでなく、いつの間にか指先も動かせるようになってきた。
自分の身になにが起きているのか……。
当惑するままに閉ざしていた瞼をゆっくり開いてみるとそこには――。
「……んふぅっ」
瞳を閉じたエクスの顔があった。
エクスはその白い頬を朱色に染めながら、俺の身体を抱き寄せキスをしていた。
しかもそれは普通のキスではない。
ディープキスだ!
「んん……んんっ!?」
重ね合った唇の奥でエクスの舌が絡みついてくる。
唇の隙間からこぼれる卑猥な音が、俺の心拍を上昇させた。
しかもそのとき、俺の右手が柔らかいなにかを弄っている。
これは……まさか!?
「んん? んふぅっ!?」
ちらりと視線を下げてみて、俺は目を見張った。
やはりそうだ……これは、おっぱいだ!
ローブの首元から右手を入れる形で、俺はエクスの胸に触れていた。
死んだと思ったら、いきなり復活して彼女のおっぱいを揉んでいるとかなんだこの展開は!?
しかし、これは夢などではない現実だ。
だって、指先に力を込めてみると――。
「……アッ」
エクスから官能的な声が漏れた。
やはり夢ではないらしい。
というか、なんでキスされてんだ俺は?
色々思うところはあるけれど、俺にキスをするエクスは真剣そのものだ。
やがて、数秒間なのか数分間なのかわからないくらいの濃厚なキスを終えると、エクスが口元を拭って俺に微笑みかけてきた。
「ハァ、ハァ……どうやら成功したみたいだね。これでキミは私の『セイバー』になったんだよ?」
「へっ? セイバー? いや、ちょっと待て。その前にだな……えっと、その」
「ツルギくん、後ろ!」
緊迫したエクスの声に顔を上げると、片目から木刀の生えた魔剣が俺たち二人に襲いかかろうとしていた。
斬りつけられる寸前に、俺はエクスを抱えその場から跳躍すると、魔剣の顔面を蹴り飛ばして後方に大きく飛び退いた。
「身体がめちゃくちゃ軽い……これはどうなってるんだ?」
「ツルギくん。今のキミは『聖剣のセイバー』として人間の身体能力を遥かに上回る力を手に入れ復活したんだ。それにほらっ、腹部の傷を見て」
「あっ……傷が治っている」
エクスが指差した腹部に視線を落とすと、傷痕こそ残っているものの、開いていたハズの傷口が塞がれていた。
「私たち聖剣の精霊は戦闘で傷ついたセイバーに自らの体液を使うことで治療することができるんだ。まあ、傷痕は残るけれど完治しているから大丈夫だよ」
説明を織り交ぜながら、人差し指を立ててエクスがウィンクをしてくる。
その仕草に俺はドキッとしながらも上手く咳払いで誤魔化すと、彼女を地面に下ろして魔剣を睨んだ。
奴は、俺の蹴りを顎先に受けて脳震盪を起こしているのか、片膝をついたまま動けない様子だった。
「よくわからないことだらけで頭が追いつかないけれど、俺はお前のおかげで助かったんだな。ありがとう、エクス」
「ううん、別にいいよ。私もキミを助けることができて良かったよ」
「そうか。それより、これからどうすればいい?」
「それなんだけど……」
現状的に俺たち二人が依然としてピンチなことに変わりはない。
この状況を打破するためには、やはり魔剣を倒す以外にはないのだろう。
しかし、倒すといっても奴に木刀などは通じない。ならばどうするのか……。
眉間にシワを寄せてあれこれ考えていると、エクスが俺の脇腹を指先でつついてきた。
「……あ、あのさ? さっきも話したと思うけれど、あの魔剣と戦うには私の中にある聖剣が必要なんだよね」
「そういえばそんなことを話していたよな。んで、俺はどうすればいいんだ? また、さっきと同様に囮になって時間を稼げばいいのか?」
「ううん。もうその必要はないよ。ただ、その、囮になる必要はないんだけど……」
どうにも歯切れが悪い。
エクスは、胸の前で指先を絡めてはモジモジとして、俺の顔をチラチラと見上げてくる。
その様子を怪訝に思いながら見つめ返していると、意を決したような顔をして、エクスが俺の両手を握ってきた。
「こ、こんな事をキミにお願いするのはすごく恥ずかしいんだけど! き、聞いてくれるかな?」
「なんだ? 言ってみろよ」
「あのね、聖剣を取り出すために、その……」
「聖剣を取り出すために?」
「……わ、私の胸を触って、感じさせてくれないかな?」
「なん……だと!?」
エクスが口にしたその一言を、俺は生涯忘れることはないだろう。
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