第114話 魔剣と聖剣のデュエット

 

 俺たち五人が修練場に戻ると、場内ではランスくんとヘグニさんを筆頭に、複数人のセイバーたちがティルヴィングたちと激戦を繰り広げていた。


 その中で一際大暴れしているのが龍になったクラウだ。

 

「ナギっちー!」


 俺たちが修練場の入口で周囲の様子を覗っていると、すぐ傍の壁際でソラスの手当をしていたアロンちゃんが手招きしながら声をかけてきた。

 俺はエクスたちを連れてアロンちゃんに駆け寄ると、その足下で仰向けの状態で地面に寝そべるソラスに近づいた。


「ソラス、大丈夫か?」


「ネギ……うん、大丈夫」


「つーくん、この子は?」


「彼女の名はソラスだ。俺の命の恩人だよ」


「そ、そうなんだ! 初めましてソラスさん! アタシ、カナデっていいます。えっと、つーくんがご迷惑をおかけしました!」


 畏まった様子でカナデがペコリと頭を下げると、ソラスが首を横に振った。


「ううん。ネギは迷惑なんてかけてない。むしろ、私の方がお世話になった」


「はぇっ? そうなの?」


「うん。色々と……ね」


「な、なんか……めっちゃ気になる言い方だし。つーくん、なんかしたの!?」


「バカを言え。聖人君子であるこの俺が、無抵抗のソラスになにかするとでも思うのか?」


「思うよ!」


「思うし!」


 ……いやん。まさか、エクスとカナデの二人から同時にツッコまれるなんて思いもしなかったわん。おかしいな? なんでうちの女子二人は、俺がなにかをすること前提で物事を考えているのだろうか? 納得できな〜い!


 そんな風にひとり思いながら腕を組んで、可愛く頬を膨らませる俺をヒルドが後ろから突き飛ばしてくる。


「初めましてソラス先輩。私の名前はヒルドと申しまして、父はセイバーのヘグニです! そして、なにを隠そうこの私は……カナデお姉さまの恋人でして……」


「こ〜らっ、ヒルドちゃん! そういうウソはよくありませんよ?」


 ヒルドを叱るレイピアさんの後方で、カナデが引き攣った顔を浮かべている。

 なんか知らんが、どうやらヒルドはそっちに目覚めたらしい。

 ゆっりゆっらっら……というやつだ。


 そんなやり取りを見ていたソラスは包帯が巻かれた血の滲む脇腹に片手を置くと、おかしそうに笑っていた。


「フフッ、ネギの周りは女の子ばっかだね。ハーレムでも作りたいの?」


「ホント、ツルギくんはどこか行くたびに女の子を連れてくるよね?」


「マジでつーくん、節操ないし」


「おい、エクスとカナデ。なんで俺を睨むんだよ? 別に俺がわざと連れてきてるわけじゃねえだろうが?」


「ふ〜ん、どうかなぁ〜?」


「絶対に怪しいし〜?」


「それだけネギには、素敵な男の子として魅力があるって事だよ……ゲホッ!」


「ソラス、大丈夫か!?」


 ジト目をして腕組みをするエクスとカナデを見てからソラスが急に咳き込んだ。

 そんな彼女を心配する俺にアロンちゃんが説明してくれる。


「とりあえず、傷はそれなりに深かったけど、止血はできたから命に別状はないよ。でも、流石にナギっちたちと戦うのは無理だけどねー?」


「ゴメン、ネギ……一緒に戦えなくて」


「いいよ。無理はするな。それより、ソラスを手当してくれてありがとうな、アロンちゃん」


「いえいえ、どういたしましてー」


「流石だねアロン。私もアロンの応急処置の腕前には敵わないよ」


 エクスの称賛にアロンちゃんがニシシと笑い、顔の横でピースをする。

 応急処置に関して、精霊はかなり訓練を積んでいるらしくその手際の良さも折り紙つきなのだろう。

 エクスの話によれば、アロンちゃんはアヴァロンの中でも一、二位を争う応急処置のプロらしい。


「ネギ」


 アロンちゃんと話していると、不意にソラスが右手を伸ばしてきて、片膝を地面に着けてしゃがみ込む俺の頬に手を当ててきた。


「お願い、クラウを助けて」


 紫色の瞳を涙で潤ませると、ソラスが懇願するように頼んでくる。

 彼女にとって、クラウは大切な妹だ。

 そんな掛け替えのない存在を失わせるわけにはいかない……。

 俺は頬に触れるソラスの右手を握り返すと、強く頷いた。


「任せておけ。クラウは必ず俺たちが助けてみせる」


「ありがとう、ネギ。少し疲れたから、私は休むね……」


 ソラスは安心したように微笑むと、瞼を閉じて静かになった。

 そんな彼女の頭を撫でてから俺は立ち上がると、ランスくんたちが相手取るティルヴィングたちを睨みつける。


「初っ端から全力で行くぞ。エクス、アーマーモードだ!」


「それはいいけど、大丈夫なの?」


「なにがだ?」


「だって、ツルギくんの左半身はスレイブさんの鎧に覆われているでしょ? その状態でアーマーモードを起動させて大丈夫なのかなって……」


 エクスはスレイブの鎧を左半身に纏う俺が、そのままアーマーを纏うとなにかしらの問題が発生するのではないかという事を危惧しているらしい。 

 確かに、それを考えてみればそうなのだが、試してみないとわからない事もある。

 それに、急いでランスくんたちに加勢しないと皆が危険なのもまた事実だ。


「どうなるかはわからねえが、今はとにかく試してみるしかねえよ。だから、エクス頼む!」


「ケケケッ! 意外と俺様の鎧との相乗効果が発生してすげぇ事になるかもしれねえぞ?」


「それが上手く行けばだけど……とにかく、身体に異常が起きたらすぐに言ってねツルギくん。私が回復するから!」


「エクスさん。そんなに心配しなくてもツルギ先輩なら大丈夫ですよ。というか、本当はエクスさんがツルギ先輩とキスがしたいだけなんじゃないんですか〜? なんといっても、あんなに厭らしいことをしていたあとですもんねぇ〜? まだ物足りないとかですか〜?」


「そ、そんなことないよ!? ていうか、なんでそんな意地悪なこと言うのさヒルドちゃんは!」


 口元を隠して悪い笑みを浮かべるヒルドに、エクスが顔を赤くして両手をブンブンと振り回す。


 多分だけど、ヒルドとしてはエクスの不安を解くために冗談を言っていると思うのだが、当のエクスはからかわれていると思っているようでプンスカ怒っている。

 そんな二人のやり取りを見ていたレイピアさんとカナデが、呆れたように苦笑していた。


「おい、ネギ坊。時間がねぇんだ、早くしようぜ!」


「そうだな。エクス、頼む!」


「う、うん。わかった! 聖剣、アーマーモード!」


『了解。アーマーモード【ウィガール】、セイバーへ着装』


 エクスの声に俺が背中に担いでいた鞘から合成音が聞こえてくると、鞘がワラワラと展開されて俺の全身を包もうとする。

 すると、どういうわけか、聖剣の鎧がスレイブの鎧で覆われた左半身をも包み込もうとし始めた。


「うおっ!? マジかコイツ! この俺様ごと覆い尽くすつもりかよ、冗談じゃねえ!」


 スレイブは覆い尽くそうとしてくる聖剣の鎧と張り合うように自らの鎧を展開させ押し合いをし始めた。

 すると、スレイブとせめぎ合っている聖剣の鎧部分が蒼く淡い光を放ち、再び合成音が聞こえてくる。


「着装時ニ問題ガ発生。出力ヲ最大マデ上昇サセマス」


「な、なんだと!?」


 聖剣の鞘がそう言った直後、スレイブの鎧がグイグイと押し戻され、最終的に俺の左腕として同化している肘の付け根部分まで押し戻されそこで落ち着いた。

 完全に力で押し負けたスレイブは、悔しそうに舌打ちをすると、文句を吐き出す。


「チッ! 気に食わねえなこの機械野郎! 俺様を押し戻すなんざ百年早いぜ!」


「いやいや、お前も機械じゃねえか……。それより、どうして俺の左腕だけは覆われてないんだろうな?」


 アーマーモードで鎧化した俺ではあるが、なぜかスレイブと同化している左腕だけはそのままの状態だった。

 そんな俺の疑問にスレイブが答える。


「そいつはアレだ。鎧化をする際にその鞘が対象者の体組織を読み取ってるからだろうな」


「体組織を読み取る?」


「おうよ。今のネギ坊は、左腕以外は人間のままだろ? そんで左腕は俺様だから、その部分からネギ坊の体組織を読み取れなくてそうなってんだ」


「へぇ〜。そうなのか……」


 スレイブの話によれば、エクスの聖剣は鎧化を発動すると、鎧化する部分が対象者の体組織を読み取ってその部分を覆うらしい。

 それ故に、俺は左腕を失っていてそこに体組織がないからこうなったということだ。

 それにしても……。


「でもさ、どうするつもりだよスレイブ? お前の鎧化が解けちまったら相乗効果もなにも期待できねえじゃん?」


「ケケケッ! 安心しろよネギ坊。俺様は負けず嫌いだからよ、やられたらやり返すぜ。だから……」


 と、スレイブはニヤリと笑ってそう言うと、再び鎧化する部分を展開させ、聖剣の鞘で鎧化している俺の左半身の上から自らの鎧を被せてきた。


「どうだよネギ坊、このフォルム! なかなか良いセンスしてるだろ?」


 スレイブと聖剣の鞘による合体(スレイブが上乗せした)の結果、俺は右半身は黄金と白銀のフルプレートメイルであり、左半身が血のように赤いフルプレートメイルという真ん中から分かれた見た目となった。

 若干だけど、負けず嫌いのスレイブ側の鎧が聖剣の鎧からほんの少しだけはみ出すような形になっているけれど、それはそれで格好良いのかもしれない。

 それに一応だけど、聖剣の鎧による身体強化とスレイブの鎧による強化が上手く噛み合っているようで、それを着こなす俺の全身から途轍もない力が湧き上がってきていた。


「いいじゃねえかこの鎧……なんか、昔見た特撮ヒーローみたいって感じで格好良いなおい!」


「ケケケッ! 俺様にかかればこんなもんよ? よっしゃ、それじゃあ早速……行くぜ相棒!」

 

「あぁ。ひと暴れしてやるぜ! エクス、お前はカナデとヒルド、それとレイピアさんたちと一緒にアロンちゃんとここにいろ」


「うん、わかった。でも、ツルギくんがピンチになったら駆けつけるからね?」


「ありがとう。その時は頼むよ」


 鎧に包まれた右手を握って微笑んでくるエクスに俺は頷くと、ヘルムの上部にあるマスクを下げて彼女たちに背を向ける。

 さて、ここからが俺たちの逆転劇の始まりだ。


「行くぞスレイブ! ここからが本番だ!」


「ケケケッ、俺様的には既にエンドロールが見えているけどな? ほらよ、使え……あがっ」


 俺はケタケタと笑うスレイブの口から出現した魔剣を引き抜いて左手で持つと、足下に突き刺していた聖剣を右手で握る。


 久しぶりの双剣だから腕が鈍っていないか少し不安になるけれど、今の俺なら問題はないだろう。


「覚悟しやがれティルヴィングにエペタム……テメェらは、この俺がぶっ倒す!」


 離れた位置でセイバーたちを難なく斬り飛ばすティルヴィングとエペタムに向かい俺は地面蹴って走り出す。

 その時に気が付いたけど、やはり二つの鎧の相乗効果のおかげか、走り抜ける俺の速度がグングン加速しているのが目に見えてわかった。


「あぁ……ティル姉? アレって、さっきのガキなんじゃね?」


「あらん? また随分と面妖な鎧を纏っているわねん。中二病ってやつかしらん?」


 ティルヴィングとエペタムの二人は、俺の方に首を巡らせると、斬り結んでいたセイバーたちを蹴飛ばし身体の向きを変えて身構えた。

 俺はそんな二人に飛びかかるようにして大きく跳躍すると、両手の剣を振り上げながらティルヴィングとエペタムの真上から一気に振り下ろす。


「ウオラアアアアアアアアアっ!」


「あぁ……これ、ヤバイやつだ」


「ちょっと、ウソでしょん!?」


 落下する勢いそのままに俺が振り抜いた双剣をティルヴィングとエペタムが、後方に飛び退いて回避する。

 その直後、地面の砂や土が爆散して、そこに半径五メートルほどのクレーターが完成した。


 その様子をクラウと応戦しながらこちらに首を巡らせていたランスくんとヘグニさん、それとオジェが率いるセイバーたちが、あんぐりと口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。


「そ、それは規格外すぎるよナギくん……」


「聖剣と魔剣、双方の力を持つとここまで強大になるのか……?」


「え、英雄くんにしちゃあ、なかなかやるじゃねえか。ま、まぁ、俺はビビってねえけどな!?」


「あぁ……ティル姉? これはマジで相手しないと死ぬかもよ?」


「言われなくてもそのつもりよん。クラウ! そんなザコ共は放っておいてアタシたちを援護しなさい!」


 ティルヴィングの一声にランスくんたちと戦闘を繰り広げていた龍化したクラウが咆哮上げると、俺に向かって地響きを立てながら駆けてくる。

 俺はそんなクラウを相手に魔剣と聖剣による双剣を構えると、腰を深く落として身構える。


「ケケケッ! 俺様たちの力をナメてんじゃねえぞ!」


「小手調べのつもりだったけど、今の一撃で理解できたぜ……今のに敵はねえ!」


 大口を開けて迫るクラウに俺は駆け出すと、両手の剣をクロスして構える。


 これが奴らとのラストバトルだ!

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