第23話 村雨先生の過去
突然その場で正座をすると、村雨先生が瞳を閉じた。
その姿はまるで切腹をする前の武士のようないで立ちであり、俺は当惑した。
「……草薙。私は人類の敵であり、キミのパートナーである彼女が憎む魔剣の精霊だ。さきほど手当てを受けたときに少しだけ彼女から話を聞いたのだが、彼女の両親は私の同胞に命を奪われたようだな……。その償いになるかはわからないが、私を斬って欲しいんだ」
俺が寄生型魔剣と戦っている間に村雨先生はエクスと話をしていたらようだ。
エクスにとって魔剣は親の仇である。
それは村雨先生も含めてのことだろう。
でも、俺にとって村雨先生は頼れる優しい先生であり、今まで見てきた魔剣とは違う存在だと思っている。
「悪い冗談はやめてくださいよ。先生は他の魔剣たちとは全然違うじゃないですか!」
「もうなにも言うな。私はいつかこの日が来ることを覚悟していた……。さぁ、斬ってくれ!」
静かに瞳を閉じたまま正座を続ける村雨先生。
その覚悟は既に決まっていると言わんばかりに、先生は凛といている。
「……魔剣であるアナタにひとつ聞いてもいいかな?」
正座をして黙り込んでいる村雨先生の前にエクスがゆっくりと歩み寄る。
どうやらエクスは、村雨先生になにかを聞きたいらしい。
それが気になった俺は、二人を見守ることにした。
「どうしてアナタは、魔剣でありながら敵であるはずの私たちを助けたの? それに、魔剣であるにも関わらず、アナタが今まで人間と共存してきたというその理由を訊かせてくれないかな?」
「……少し、長くなるが構わないかな?」
無言で頷くエクスを見て村雨先生は肩の力を抜くと、遠い目をして語り始めた……。
「私が人を殺めようとしない理由――それは、私がこの世に生を受けた頃まで遡る……」
村雨先生の話はこうだった
かつて、先生が魔剣としてこの世に生を受けた時、その姿は人間の幼子と同じだったという。
自分がなにをするために生まれたのか。
またなにを求めてそこに立っていたのか理解できなかったらしい。
しかし、当惑していた先生の頭の中に突然、何者かの声が響いてきたという。
「私の頭の中に聞こえてきたその声は『人類を滅ぼせ』と、ただ一言だけ告げてきた。しかし、私にはその理由が呑み込めず、なぜそのようなことをしなければいけないのか理解できなかったんだ。そこで私は人間がどういう存在なのかを自らの目で確かめるためにこの日本という国に降り立ち、とある老夫婦の養子として拾われ人間として暮らし始めてみたんだ……」
幼かった村雨先生は、老夫婦の養子として引き取られ人間としての生活を始めたという。
そして、その老夫婦から様々なことを学び、人間の子供と同じように成長していったとの事だった。
「私の家族となってくれた老夫婦は子供が授かれなかったそうでな? 二人は、私を我が子のように大切に育ててくれたんだ……。そして、その老夫婦……いや、私の父と母は、キミたちの言葉で言うところの愛情や友情、他者に対する慈しみの心などを私に教えてくれたんだ。その時に私は『人間は滅ぼすべき存在ではない』と判断し、人として生きて行く道を選んだのさ」
「魔剣が人に教育を受けて育つなんて……そんなことが本当にあるの?」
「さあな。少なくとも、私はそうだったよ」
どこか懐かしむように語る村雨先生の話に、エクスは驚いたような表情を浮かべていた。
魔剣は人間を襲うという認識がある彼女からしてみれば、それは耳を疑うような事実だろう。
「恐らくだが、私がこのような存在になった理由の一つとして、この日本という国に降り立ったことが最も大きいだろう。この国は他国とは違い、とても平和な国だ。更に言えば、私の周りには同族である魔剣がいなかった事も大きな理由の一つだったと今では思う……。その後、父と母が他界したあと、私は二人から授けてもらったこの名前で人間として生きてゆく事を決意したのだ」
「決意って……アナタは魔剣の精霊なんでしょ? その自覚があるのにどうして!」
「……エクス、私は今の暮らしがとても幸せで、なにより草薙と十束、それに、犬塚のような可愛い生徒たちに囲まれていて本当に楽しかったんだ。彼ら彼女ら、それと、私が関わってきた全ての人々がこの胸の中にたくさん色づいていて、いつも心が温かいんだ。こんなに素敵な気持ちを私に与えてくれた人々を殺めるなんてあり得ない話だ……」
そっと両手を胸に当て、口元を笑ませて話す村雨先生の表情は本当に穏やかだった。
その姿はまさに人間そのものであり、先生が魔剣であるという事実が掻き消されてしまうほどに輝かしく思えた。
「でも、それもこれも全て終わり……。私は魔剣の精霊。そして、人類の敵であり、キミから両親を奪った者と同じ存在。私に思い残すことはもうない。さぁ、草薙。私を斬ってくれ!」
どこか儚い笑顔を浮かべて、瞳にうっすらと涙を溜めた村雨先生の姿に胸が締めつけられた。
先生は俺たちのことを本当に愛してくれている。
先生は俺たちのために色々と頭を悩ませ、人間と同じように頑張ってきた。
それはもう、村雨先生が魔剣ではなく、俺たちと同じ人間ということの証明だ。
そんな人を斬るなんて、それこそあり得ない――。
「……ツルギくん。私にはわからないよ」
「エクス?」
「この魔剣は、私から両親を奪った連中と同じ存在のハズなんだ。それなのにどうしてこの魔剣が……こんなにも人を愛しているのか不思議で仕方ないよ」
胸の前で握り合わせた両手に力を込めて、エクスが複雑な胸中を語る。
その瞳には憂いにも似た色が滲んでいて、酷く戸惑っているようだった。
「なぁ、エクス? 確かに村雨先生は魔剣かもしれないけれど、俺たちが戦ってきた魔剣とは明らかに違うと思う。それはお前も理解しているんだろ?」
「……うん」
「それなら先生のことを信じてくれないか? 村雨先生は俺たちの味方だ」
諭すように俺がそう言うと、エクスが目を伏せて深呼吸をする。
いきなり信用するのは難しいことだろう。
でも、エクスならきっとわかってくれると俺は信じていた。
「……村雨さん」
「なんだ?」
「私はアナタを……許すことにするよ」
「な……私を許すだと!? 私は君の両親の仇と同じなんだぞ!」
エクスの発言に村雨先生が瞳を白黒させる。
しかしエクスは、そんな先生を見つめて話を続けた。
「確かに、私は魔剣を許せない。それは今でも同じことだよ……。でも、アナタはツルギくんのことを助け、自身の生徒さんをとても大事にしているというその気持ちは伝わったから……。そしてなにより、彼が……私のパートナーであるツルギくんが、信じて欲しいと言うのだから、私はアナタを信じてみようと思う」
優しい眼差しでエクスがそう言うと、村雨先生の瞳から幾つもの涙がこぼれた。
魔剣を憎むはずの彼女から許しを得たことで、先生は感極まったのだろう。
「……ありがとう。本当に……ありがとう……」
村雨先生は溢れ出る涙を何度も袖口で拭いながら嗚咽を漏らして泣いていた。
俺とエクスは、そんな先生の姿を見てお互いに視線を合わせると微笑んだ。
「ツルギくん、これでOKだよね?」
「あぁ、完璧だ!」
「グスッ……なぁ、草薙ぃ〜?」
「ん? どうしたんすか、村雨せん――」
と、言いかけた刹那、村雨先生が突然俺に抱きつき、そのままキスをしてきた。
しかもこれはただのキスじゃない……これは、大人のキスだっ!?
「なんでえええええええええっ!?」
隣に立つエクスから素っ頓狂な声が上がる。
正直、これは俺でも予想していなかった展開だ。
「グスッ……これは、私からのお礼だ。キミのおかげで私は救われた。本当にありがとう、草薙」
「あ、いや、それはアレとして……いきなりキスって」
「……くすんっ。ダメ、なのか?」
俺の両手を握りながら鼻を啜り、上目遣いをしてきた村雨先生にマジで可愛かった。
いつも厳しくて、怒ると怖い村雨先生にこんな可愛い一面があったなんて、これはもうキュンとしちゃう!
「なぁ、草薙ぃ~? もし、キミが良ければの話なのだが……高校を卒業したら、この私と人生のパートナーに――」
「そんなのダメええええええええええええええええっっっ!」
「きゃうっ!?」
と、愛の告白をしようとしてきた村雨先生をエクスが真横から突き飛ばした。
「ちょっと、村雨さん! ツルギくんは私のセイバーなんだよ? アナタは他のパートナーを探せばいいじゃないか!?」
「別にいいではないか! 魔剣とはいえ、私もひとりの女。異性を好きになっても構わぬだろうが!」
「その相手がツルギくんだということに問題があるんだよ! というか、それって未成年略取という立派な犯罪じゃないか!」
「そ、そんなことは私とて知っている……。だから、高校を卒業したあとにだな!」
「あの、二人とも……犬塚先輩のことを完全に忘れてね?」
とまあそんなこんなでエクスと村雨先生による俺の取り合いっこが収束したあと、俺たちを包む《ミラー》が崩壊して元の世界に戻った。
その直後、ポケットに忍ばせていたスマホが忙しなく振動し始め、俺は頬を引き攣らせた。
「……ヤバイ、カナデだ!」
「草薙。十束にはこの事を……」
「もちろん教えませんよ。あいつを巻き込みたくないですからね?」
「そうだな。なら、勘付かれる前に解散しよう。それと、エクス」
「な、なに?」
「私を許してくれて、本当にありがとう」
「ど、どういたしまして……」
村雨先生が笑顔で握手を求めると、エクスはその手を握って歯痒そうに頬を掻いていた。
これで、この一件は無事に解決された。
俺としても、先生とまた同じように学校生活が送れることは素直に嬉しい。
でも、犬塚先輩が話していた通り、エクスの所属するアヴァロンから魔剣を討伐するための別動隊が動いてくるかもしれないのもまた事実だ。
そのとき、俺は全力で先生を守るだろう。
そんなことをひとり考え込んでいると、隣に立つエクスが俺の片腕に抱きつき微笑んできた。
「ツルギくん、安心して」
「え? なにがだよ?」
「村雨さんのことを心配しているんだよね? それなら私がアヴァロンに上手く報告をするつもりだから、そんなに心配しないでいいよ」
「ははっ。お前は俺の心の中もお見通しってわけか?」
「フフッ。だって、私は――」
と、そこで、エクスは俺の耳元に顔を近づけてくると……。
――キミのパートナーだからね。
と、囁いて俺の頬にキスをしてきた。
そのときに俺は、本当に信頼できる素晴らしいパートナーと出会えたのだと、心から思えた。
その後、村雨先生は犬塚先輩を病院へと搬送し、校舎を後にした。
そして、俺はというと……聖剣召喚後の副作用的なアレでスヤスヤと眠ってしまったエクスを背負い保健室へとお邪魔した。
その際に保健室の先生からエクスの事について色々と訊かれたが、上手く説明してなんとか誤魔化した。
だが、それから一時間後――俺は当然の如くカナデに捕り、色々と詰問されたのだった。
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