第201話 身の上話

 みんなが集められた北条家のリビングで泰盛さんが口にした言葉に俺は茫然自失とした。

 このままだと俺が八岐大蛇の依代になる? つまりそれって、俺が八岐大蛇になるってコト!?


 思わずちいかわ構文になっちゃったけど、いくらなんでも荒唐無稽すぎだ。

 そもそも、なんで俺がそんな化け物の依代なんぞにされなきゃならねぇんだ? ていうか、日本神話なんてただの御伽噺だろ? 俺の名前がたまたま草薙ツルギってだけでそんなもんになるわけが……と、思いかけて不意に例の謎空間でスサノオと話した時の記憶が甦る。


『お前、本当になにも覚えていないのか?』


 あの時、スサノオが言った台詞が俺の気持ちを妙にざわつかせた。

 なにも覚えていない? それって一体どういう事なんだ?


 幾重にも浮かび上がる疑問に困惑して黙り込んでいると、泰盛さんが顎を摩りながら俺に声を掛けてきた。


「ふむ。その様子だと彼に遭遇したということで間違いないようだね?」


「彼って、誰ですか?」


「誰もなにもキミの中にいるもう一人の人格【スサノオ】だよ。キミは彼と接触したんじゃないのかい?」


 にべもなくそんな事を口にしてきた泰盛さんを見て俺は確信を得た。

 この人は俺の中で起きている事態を知っている。

 多分、それはあっちの二人も同じなのだろう、と。

 ふとアマテラスさんとツクヨミさんの方に視線を向けてみると、二人も当然知っていると言わんばかりに頷いてきた。

 やはり、この人たちは俺の中に存在するスサノオと八岐大蛇についてなにか知っているようだ。


「あのさ、泰盛さん。ひとつ質問をしてもいいですか?」


「なんだい?」


「その、泰盛さんは……?」


 俺の一言に周囲の空気が張り詰める。

 エクスを含め、皆がこぞって俺の顔を見つめて息を呑んでいるのがわかった。

 さっき泰盛さんがみんなには既に話したと言っていたけれど、エクスたちは俺の中で起きている事態を事前に聞かされていたからあんな態度を取っていたのだろう。

 きっとそれは、八岐大蛇という化け物を体内に宿した俺を気遣ってのことだ。

 そもそもスサノオだったり八岐大蛇だったりと、そんな得体の知れない連中が俺の精神世界にいるのが理解できないし、なんでそんなことになったのか俺自身もわからない。

 でも、それに対して少なくとも泰盛さんとアマテラスさんとツクヨミさんの三人はなにかを知っている様子だった。

 それならば、ここはそれについて聞いておくべきだろう。

 

 俺はジッと泰盛さんの顔を見つめる。

 すると、泰盛さんが腕組みをしてアマテラスさんとツクヨミさんの方を見た。


「お二方。そろそろ彼に本当のことを話しても?」


「別にいいんじゃない? ね、ツクヨミ?」


「スサにとって知る必要のあることです。私たちは一向に構いません」


「そうですか。では、草薙君。キミについて僕が知ることのすべてを語ろうじゃないか。まず、キミは……」


「ちょっと待ってくださいよ! その前にアンタたちは本当に私たちの味方なんですくわぁ!」


 俺について語りだそうとしていた泰盛さんをヒルドのバカがビシッと指差し声を張る。

 その姿に村雨先生も続いた。


「理由はどうであれまずアナタ方が我々の敵ではないという明確な証拠を提示してくれないか?」


「おや? まだ僕を信用できないですか村雨教諭」


「いくら教え子の実父とはいえ貴方とはあれだけの戦いを繰り広げこちらには多くの負傷者が出たのだ。それがすべて敵を欺くための芝居だったというには余りにも虫が良すぎる」


 長い美脚を組み直し、泰盛さんに対して村雨先生が睨みをきかせる。

 正直、先生が言う通り俺も泰盛さんを完全に信用できているわけではない。

 そもそも、どうして魔剣側の泰盛さんがアマテラスさんたちと手を組んでいたのか。

 そこが一番の疑問点だ。


「はっはっはっ。やはり信用してもらえないか。では、少し話が反れるけれど僕と彼女たちのこと。それと、なぜ僕が魔剣側にいたのかを先に説明しよう。草薙君、キミについてはそれからでもいいかい?」


「はい。勿論です」


「そうかい。それではまず、僕らの出会いについてから話そうか……」


 泰盛さんはそう言うと、苦笑しながら後頭部をぽりぽりと掻いてソファに腰掛けた。

 こうして、俺たちは泰盛さんがアマテラスさんたちとの邂逅に至るまでの経緯について話を聞くこととなった。


 ○●〇


 事の始まりは泰盛さんがまだアヴァロンの研究所で俺の師匠ことダーイン博士と共に聖剣開発のチームに在籍していた時まで遡る。

 その当時、泰盛さんは聖剣と魔剣の始まりについて調べていたそうだ。


「アヴァロンで研究員生活を送っていた頃、僕は研究所内でも有名な天才であり変人でもあるダーイン博士と共に聖剣開発と並行してその起源について調査していた。そして、それを解き明かすために必要とされてきたアヴァロンの最深部にある通称『開かずの扉』へと辿り着いたんだ」


「開かずの扉、ですか?」


「そう。開かずの扉さ。草薙君とエクスさんはアヴァロン研究施設内に最深部がある事は知っているかい?」


「いいえ、初耳です。ヒルドちゃんは?」


「私も存じ上げませんね」


「俺もその辺は知らないっすね」


「そうかい。では、それも含めて話そうか。アヴァロン研究施設内には深くまで続く地下空間が存在していて、ごく一部の研究員しかその存在を知らされていないんだ。その理由は僕たち側の中にその事実を知って良からぬ事を企てる人間がいるかもしれないからだ」


 一部の研究員しか知らされていないアヴァロン研究施設の最深部。

 そういえば、ティルヴィングたちがアヴァロン本部を襲撃してきた時、アヴァロン内部に裏切り者がいたと聞いていた。

 そういった連中から極秘情報を守るためにそのような処置を取っていたようだ。

 でも、そのメンバーに泰盛さんが選ばれているのは意外だった。


「おや? 草薙君。その目はなぜ僕がそのメンバーに選ばれたのか信じられないといった様子だけど違うかい?」


「いや、エスパーですか泰盛さんは? まあ、正直に言わせてもらえばそうですけど」


「はっはっはっ、これは手厳しい。でも、僕はこう見えて口は固い方でね。あのダーイン博士からも認められていたんだよ。そんなこともあってか、僕は上層部の人たちに悟られぬよう博士から強引にそこへと連れて行かれてね。ちょくちょくアヴァロンの最深部へと侵入しては極秘裏に調査をしていたんだ」


「それって一番マズイやつなのでは!?」


「まあそうかもね。でも、例えダメだと言われてもあの偏屈じいさんが言う事を聞くわけないだろう?」


 師匠について嬉々として話す泰盛さんは、過去に何度も師匠に連れられアヴァロンの研究施設内にあるとされる最深部を極秘というか勝手に調査していたらしい。

 そしてそんなある日、二人はその最深部であるモノを発見した。


「最深部に潜り込んで調査をする中で僕たちは偶然にも開かずの扉にかけられていたプロテクトを解除することに成功し、その奥に隠されていたを見つけたんだ」


「古代兵器ですか?」


「そう。それも大型の古代兵器だね。それを調べている最中でさらに僕とダーイン博士はそこで貴重な映像資料を入手したんだ」


 古代兵器の調査中に二人が新たに発見したという貴重な映像資料。

 その映像には自らを【イザナミ】と名乗る若い女性が映されていたらしい。


「あの、泰盛さん。その、イザナミって人は?」


「イザナミとは日本神話に登場する神のひとりで同じ神である夫のイザナギと共にこの世界を創造したとされる存在だ。そんな神様と同じ名を持つ彼女の話を聞いた僕とダーイン博士は魔剣と聖剣がどういう経緯で誕生したのかそこで知ることとなったんだ」


「え? ちょ、ちょっと待ってくださいよ泰盛さん!」


「おや? なんだい草薙くん?」


「いや、なんだい? じゃなくて!」


「話の途中で申し訳ありません北条君のお義父さん。つかぬことを窺いますがそれはつまり、日本神話に登場する神様がこの世界に実在し、魔剣と聖剣に関わりがあったということですか?」


「ん? 君は確か……」


「旦那様、彼は時音ちゃんのイッヌ……」


「ちょ、変な誤解を招くようなことを言わないでよマドカお姉ちゃん! 犬塚君はただの!」


「政代師範の元で共に剣術を学んできた同級生です」


「そ、そこは幼馴染でいいじゃない」


「あらあら。随分と仲睦まじいこと……」

 

 皮肉をめいたことを爽やかな笑顔で言う犬塚先輩を小突くと、北条先輩が頬を膨らませた。

 そんな二人をマドカさんがハイライトのない瞳で見つめている。

 すると、泰盛さんがなにかを思い出したかのようにポンッと手を叩いて優しく微笑んだ。


「あぁ、君は犬塚くんか! よくウチに遊びに来ていた時はまだ時音よりも小さかったのに随分と立派な男子に成長したものだね」


「その節はお世話になりました。それより、今の話は本当なんですか?」


「勿論、本当のことだよ。あ、そうか。この事についてはまだ草薙くん以外にも話してはいなかったね。スマンスマン」


「まさか、日本神話に登場する神が本当に存在していて、魔剣と聖剣とも繋がりがあったとはな……。事実は小説よりも奇なりとはまさにこの事だ。フフフッ、実に興味深い」


「おや? 村雨教諭もご興味がおありかな?」


「これでも日本史や日本神話に深く興味がありまして、その話が事実だとすれば実に魅力的な話だと思うほどですよ」


「それは素晴らしい。実を言うと、この話にはまだ驚くような続きがありましてね?」


「ほうほう。それで?」


 なんか知らんけど、いつの間にか村雨先生は泰盛さんが楽しげに話し込み始め、俺たちはすっかり置き去りにされてしまった。

 さっきまであんなに剣呑だったのに共通の趣味があった途端いきなり仲良くなるとか、合コンの男女みたいでなんかちょっとイラッとする。

 べ、別に嫉妬なんかしてないんだからね? 村雨先生の事なんて全然好きなんかじゃ……嫌だああああああああ! 俺を置いて行かないでよ村雨先生! そのおっぱいは誰にも渡したくないんだああああああ!

 なんつって。

 さて、冗談はこれくらいにしてそろそろ話を続けて欲しいところだ。

 

「ともかくこれは真実であり、この世界の歴史における新事実なんですよ。これには流石の僕とダーイン博士も目から鱗でしたね。それにまさかあの有名な日本神話にまつわる神様が古代人だったなんて夢にも思わないでしょう?」


「確かにそうですね。基本歴史の授業で日本神話は取り上げられることがないのでとても面白い!」


「はっはっはっ! そうでしょそうでしょう」


 上機嫌にペラペラと話す泰盛さんにうんうん快く頷く村雨先生という謎の構図。

 なーんか二人で日本神話に登場する神様の話で盛り上がっちゃってさ〜? 別に俺はいいんだけど……って、待てよ? 日本神話で思い出したけど、まさかこの二人も……。


「あの、泰盛さん。ちょっといいですか?」


「なんだい草薙君?」


「まさかとは思いますけど、そこにいるアマテラスさんとツクヨミさんも?」


「そういう事だね。ちなみにそちらの御二方は当時の記憶も保有している紛れもない本物さ。いち科学者として実に興味深い出会いであると大変歓喜したものだよ」


「いやいやいや! 流石にそんな事って、有り得なくないですか? そもそも、神様だけでもアレだってのに、古代文明の人とかそんなぶっ飛んだ世界の人間がどうやって現代に?」


「良い質問だね草薙君。先程、僕と博士はアヴァロン最深部で古代兵器と共に貴重な映像資料を入手したと話したよね? その映像の中に彼女たちが現代に存在できる理由を証明する事が可能なある装置が映されていたのさ」


「そ、その装置とは?」


「それは『コールドスリープ型シェルター』だよ」


 泰盛さんの話によると、その映像の中でイザナミさんが自らの子供であるアマテラスさんとツクヨミさんを現代科学を持ってしても開発出来ていない『コールドスリープ型シェルター』に搭乗させたらしく、二人はそのシェルターのおかげで時空を超え、現代に存在しているという。

 その話を聞かされた俺たちはただただ全員ポカンとするしかなかった。

 古代文明の科学力って、そんなにしゅごいの〜? それならドラ◯もんとかも開発出来るんじゃな〜い? ガン◯ムとかも開発できるんじゃな〜い? なんなら人類補完計画とかも出来ちゃうんじゃな〜い?


 そんなあまりにもぶっ飛んだ泰盛さんの話に俺たちが終始呆けていると、壁際で腕組みして立っていたアマテラスさんが苛立った様子で声を上げた。


「あーもう、前説が長いわね! 泰盛、いつになったら本題に入るのよ?」


「姉様の言う通りです。そろそろ私たちとの事について話しても良いのでは?」


「おっと、そうでしたね。僕としたことが、懐かしい身の上話に興がのってしまい本題を失念していましたよ。はっはっはっ」


「まったく、これだとすぐに脱線するわよきっと。ツクヨミ、代わりに話してあげて」


「はい、姉様。では、ここからは本題から道が外れないよう私たち姉妹の経緯も含めて泰盛の代わりにお話します」


「いやはや、これは手厳しいですね」


「アンタのせいでしょうが!」


 呆れたように短くため息を吐くと、アマテラスさんがツクヨミさんの方に視線を投げた。

 それを受けてツクヨミさんはこくりと頷くと、俺たちの方を見て静かに語り始めた。

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