第六部前編

第143話 プロローグ

 それは夜な夜な現れた。

 金縛りにあったように身動きの取れなくなったその少女は、自分の周囲を取り囲むに気付き戦慄した。


「ま、またですか!?」

 

 恐怖をその顔に張り付け、頬を引き攣らせる彼女を見下ろしながらそれらは下卑た笑い声を上げる。

 小柄な身体にギラついた眼。

 額から生えた小さな二つの角は鬼を連想させるものがあった。

 だが、その全貌は不透明であり、ぼんやりとしたものだった。

 だからこそ、その光景が彼女の恐怖心を更に煽るのだ。


「お、お願いだからやめてください……誰か、助けて!」


 彼女の悲鳴が上がるよりも先に周囲にいたそれらが一斉に襲いかかった。

 身じろぎひとつも取れない彼女の四肢は、それらによって引き裂かれ、瞬く間に血に塗れる。

 白く陶器のように美しかった肌からは血飛沫が上がり、辺りを鮮血が染めた。

 絶望と苦痛に涙を流して泣き叫ぶ彼女を見てそれらはゲラゲラと笑う。

 彼女を救う者は現れない。

 そして、今宵もその地獄はまだまだ続く。


「かっ……がはっ……」


 喉元を食い千切られた激痛に耐えられなくなり、そこでようやく彼女は意識を失くして生き地獄から開放された。

 そして、それと時を同じくしてようやく彼女はそのから開放されるのだ。


「ハァ、ハァ……どう、して……?」


 今しがたの出来事は、現実で起きたことではない。

 だが、ハッキリとした感覚だけはいつもその身に残っている。

 皮膚を牙や爪で破かれる痛みと感触。

 引き千切られた自らの手足をそれらに喰われる光景……それを地獄と言わずにはいられなかった。

 例えそれが、毎夜に見るの夢だとしても。


「お願いだから助けて……お父さま……」


 北条時音ほうじょうときね十七歳。


 彼女は誰にも信じてもらえぬようなその悩みに、心身ともに疲弊しきっていた。

 

 

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