第6話 都へ
「……アイン、そろそろ見えてきたぞ」
揺れる馬車の外、御者台から幌の切れ目を覗きながら、父であるテオが俺にそう呼びかける。
「あら、意外と早めについたわね? アイン、外を見てみましょうか」
母であるアレクシアがそう言って、馬車の前の方に行き、前方の幌の切れ目を覗く。
そして、
「久しぶりね、この風景……ほら、アインも」
そう言って俺の体を抱き上げ、外を覗かせてくれた。
そこから見えたのは、今まで住んでいた村とは比べものにならないほど巨大な都市の姿だった。
石造りの高く長い石垣に囲まれた偉容は、見ているだけでものその重ねた年月と歴史を感じさせるだけの力を持っている。
また、俺たちと同じく、その都市に向かっている馬車の姿や、徒歩で向かう旅人の姿も気づけば増えていた。
この辺りではもっとも大きな都市であり、ハイドフェルド伯爵が治めている領都である、地方都市フラウカーク。
それがこの都市の名前だ。
そして……。
「ここに、父さんの父さんがいるの?」
「ええ、そうよ、アイン。それと、テオのお母様と、お姉さま、それにそのご家族もね。みんな、とてもいい人たちだから、心配しなくていいわ」
アレクシアがそう言って、俺を撫でる。
しかし御者をしているテオは、
「……いい人だって? お袋と姉貴たちはともかく、親父はとてもそうとは言えない頑固親父だぞ。なにせ、俺たちの結婚を頭から反対してだな……」
とぶつぶつ文句を言い始めた。
しかしこれにアレクシアは、
「だから、それは貴方の話の持っていき方が悪すぎたのよ。その証拠に、お義父さまは私にもとてもよくしてくださるわ。お手紙だって、毎年送ってくださるし……」
「なに……? 手紙だと。おい、聞いてないぞ、アレクシア」
「貴方がそうだからよ。本当なら、王都よりずっと近いんだし、アインの顔も見に来てくださるようにお願いしたこともあるのよ? それなのに、お義父さまは、うちのひょうろくだまがそれは嫌がるだろうからってご遠慮してくださって……流石にこれ以上不義理は出来ないから、今回来たというのもあるの。分かってる?」
最初の方は穏やかだったアレクシアの口調だが、徐々に後の方に行くに連れ、そこには厳しいものが宿り始めた。
俺に父方、母方、両方の祖父母が会いに来なかったのはどちらも忙しいからだ、という話だったが、この感じだと、実際は違うのかもしれない。
父方の方は、父との折り合いの悪さがまだ引きずられているからのようだ。
母方は……まぁ、そんな父方の方に遠慮したという感じだろうか?
そう考えていると、アレクシアはそんな俺の推測を補強するような事実を言う。
「うちの両親が来なかったのも、もちろん、忙しいというのはあるけど……それ以上に、ハイドフェルド伯爵閣下がいらっしゃらないのに、うちだけ孫と楽しく過ごすわけにはいかないって、そう言うのよ? だから……」
「わかった、分かったから、アレクシア。俺が悪かったよ! これからは親父とも仲良くする、そうすればお前の両親もアインと会わせられる、それでいいんだろ?」
もう自分が小さくなるしかない事実を列挙されたくないのか、テオは慌てた様子でそう叫んだ。
アレクシアはそんなテオの様子にふふ、と微笑んで、
「わかればよろしい」
と言ったのだった。
そしてそのあと、俺の耳元に口を寄せて、
「ね、アイン。あの人、あんなこと言ってるけど、本当はお義父さまのこと、嫌いじゃないのよ? そもそも、家を出た理由も、親父に自分を認めさせたい、だったの」
とテオの秘密をこっそりと明かす。
テオは街がかなり近づいてきて、他の馬車や旅人との距離を調整しなければならなくなったらしく、御者の仕事に夢中で聞こえていないようだ。
テオの立場になってみれば、若げの至りを息子にいつの間にか知られていたとなれば、恥で死にたくなるだろう。
俺は、とりあえず、今聞いた事実は胸にしまっておこうと決めたのだった……。
◆◇◆◇◆
「……次! 身分と名前を告げよ!」
フラウカークの正門にたどり着くと、そこで領都に出入りする人間のチェックを行っている兵士がそう、叫ぶ。
しばらく並んでいたが、俺たちの番が来たようだ。
父が馬車を進め、兵士に答える。
「ああ、俺はレーヴェの村のテオだ。他に、馬車の中に妻であるアレクシアと息子のアインがいる」
「レーヴェの村……?」
レーヴェの村とは、俺たち家族が住んでいたあの村のことだ。
村の名前がそのまま俺たちの家名となっている。
あの辺りを治めている貴族なのであるから、ある意味、当然と言えば当然だ。
とはいえ、そんな小さな貴族などこの国には星の数ほどいる。
テオは兵士にはすぐ分かるつもりで言ったのかもしれないが、すぐには伝わらなかったようだ。
兵士は首を傾げつつ、
「……訪問の目的は?」
そう尋ねる。
テオは、
「ああ、親父に会いに来たんだ。息子が五年前に生まれたんだが、まだ一度も会わせてやれてなくてな……。流石になんだか、悪い気がして」
テオも、さきほどのアレクシアの言葉に一応、色々思うところがあったのかもしれない。
彼にしては殊勝な台詞だった。
兵士は、そんなテオの言葉に気の毒そうな顔をして、
「なるほど、しかし、五年は流石に長すぎるだろう……もっと早く会わせてやればよかったものを……それで、父親の名前は?」
と言う。
テオは、
「……親父とは折り合いが悪かったんだよ。名前は、エドヴァルトだ」
「エドヴァルト? ほう、領主様と同じ名前だな……ん? テオ……レーヴェ……」
そこまで聞いた辺りで、兵士の顔色が変わっていく。
どうやら、気づいたらしく、
「……ま、まさか、お前は……いや、貴方様は、ハイドフェルド伯爵閣下のご子息の……!? し、失礼を……」
と震えるように尋ねたので、テオは面倒くさそうに、
「いや、そういうのはいいって……。俺は、出奔した身だしな」
「しししかし、そんなわけには……あだっ!」
唐突に領主という雲上人の息子と相対する羽目になり、怯える兵士に、べこり、と手刀が落とされ、兵士は痛みに頭を押さえた。
それを見たテオが、手刀の主に言う。
「……おぉ、マルク。久しぶりだな? 変わってないぜ」
「……テオ坊ちゃん。貴方様もお変わりないようですな? ダート、お前は下がっていい。坊ちゃんの相手は儂がしよう」
そう言ったのは、一人の屈強そうな老人であった。
兵士へかけた台詞から、どうやら、ここの責任者らしきこと、そしてテオの知り合いであることが分かるが……一体誰なのか。
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