第166話 氷狼の求めるもの

『……ここは……』


 真っ白な体毛を持った豚鬼オーク……雪豚鬼スノウ・オークの英雄、カーはそんなことを呟きながら起き上がる。

 そして俺の姿を認めると、


『……そうか、アインが我々を気絶させたのだな?』


 そう尋ねてきたので俺は頷く。


『あぁ、そういうことだな。口で言ったところで止まりそうもなかったし、申し訳ないとは思ったんだが……』


 可能なら会話で止められたらそれが良かったのだが、何を言っても駄目だった。

 時間があればそれでも粘り強く話しかけたかも知れないが、雪崩が迫っていたしどうしようもなかった。

 これにカーは首を横に振り、


『いや、構わん。確かにアインの言うとおりだ。と言っても……俺はそれなりに聞く耳があったんだが、な……』


 そう言って氷狼のスティーリアの方を見つめた。

 話を聞かなかったのは主に彼女だ、と言いたいようだ。

 そしてそれは事実だろう。


『それは悪かったわね。でも、今までいがみ合ってきた相手に唐突に話し合いを、なんて言われてもすぐに素直にはい分かりましたとは言えないわ。それが大切な狩りを邪魔された直後なら尚のことね』


 無事に頭の整理が出来たのか、再起動したらしいスティーリアが不服そうにカーにそう言った。

 確かに彼女の言うことにも一理ある……というか、むしろ彼女の立場からすれば当然の判断だろう。

 とはいえ、もう戦いは終わったのだ。


『まぁまぁ。これ以上いがみ合うなよ。またここで戦いを始められて気絶させるのも面倒だ。やり合うにしても日を改めてからにしてくれ』


『……別にもう戦うつもりはないわ。ネージュ様がおられるのだし』


 スティーリアがそう言うと、カーも今気づいたらしく、


『……む。そこにおられるのは……確かに雪竜様ではないか。本当に知り合いだったのだな」


 俺にそう尋ねた。


『信じていなかったのか?』


『そういうわけではないが……実際に目にすると改めて驚きがな。ともあれ、雪竜様。お久しぶりにございます。雪豚鬼のカーでございます。覚えておられますでしょうか?』


 カーもまた、スティーリアと同様にネージュに対してはへりくだった言葉遣いをするようだ。

 ネージュとしても違和感はないようで、


「覚えてるの。何回も戦ったし……また強くなったの? だったらまた戦ってあげるの」


『おぉ、それは光栄です。ですが、今はまだ……いずれ自信が持てたとき、胸をお借りできればと』


「いつでも来るの。それと、アインに協力してくれてありがとうなの。こんな風に道案内までしてくれてるなんて思わなかったの。何か欲しいものがあったら言うの」


 ネージュの言葉に、カーは目を見開き、


『いえ……その言葉だけで十分でございます。それに、アインは我が友となりました故……力を貸すのは当然のこと』


 そう言った。

 ネージュは俺の方を見て、


「友達になったの?」


「あぁ。豚鬼オークには昔、ちょっと縁があってな。言葉を喋れるから集落を訪ねてみたら、意気投合したんだ」


「豚鬼語が喋れるの? それは凄いの……私、こればっかりは聞き取れないの……」


 ではどうやって今話しているかといえば、念話だな。

 といっても、全くの無音で会話しているわけではなく、それぞれ普通に話した上で、そこに念話によって意思を乗せている。

 その方が話が伝わりやすく、魔力の節約にもなる。

 ただ端から見ると、それぞれが全くの別言語を話しながらも意思疎通出来ている、という妙な光景になるのでそこのところは注意が必要だが。

 それに、念話などを常用できる存在はかなり少ない。

 この場においてもカーは使えないが、俺とネージュが肩代わりするような形で可能にしているだけだ。

 つまり、普人族ヒューマンの間でこのような会話形式が使われることはない。

 まぁ、俺が知らないだけでどこかではやっているのかもしれないが、今のところは聞いたことがないな。


「慣れれば結構話しやすいんだが……まぁ、無理に覚える必要もない。念話が使えるならそれで十分だろうしな。俺の場合は必要に駆られて覚えただけだし」


 死霊術師の業だ。

 言語は全て覚えるのが基礎、という。

 冷静に考えてみるとそれだけでハードルが高いが、一般的な死霊術師はそこまでしない。

 俺の師匠達がおかしいだけだ。

 ただ、実際に死霊達と会話するのに生前母語としていた言語を使ったときの方がやりやすいし、効果も高いのは間違いなく、そうである以上は身につけざるを得なかった。

 もちろん、それは二百年も時間があったから可能だったことで、普通の寿命しか持たなければ無理なことだった。


「うーん、そのうち挑戦してみるの。アインに教われば早く覚えられそう」


「俺頼りか……まぁ、いいだろう。時間があるときならな。ともあれ……これで目的は達成できたし……後は山を下りてボリスと契約しに行くか。その際に、スティーリアにも来てもらえるといいんだが……しかしこのサイズじゃ街には入れないよな……」


「あ、もう話は終わったの? スティーリアが雪晶の場所を教えてくれたってお話にしてくれるの?」


『も、もちろん、ネージュ様がそうおっしゃるのであれば、その通りに……』


 俺が頼んだときとは大違いの、何の条件も付さない同意をしているが、約束したのは俺だ。

 だからちゃんとその内容について言及する。

 スティーリア自身が何を求めているのかもまだ聞いていないし、そこも聞かないとならないしな。


「名前を貸してくれるってのはもちろんだが、それ以外にも雪晶の運搬する際に護衛として着いてくれるって話になった。その代わり、俺たちの方で、スティーリアが欲しいものを報酬に出すってことにもなってる……だよな?」


『いえ……ネージュ様の頼みだもの。別に報酬は……』


「そういうのは良くないぞ。それに、どっちかというとこれは俺の頼みだからな。ネージュは力を貸してくれてるだけだ。だから報酬は遠慮なく受け取ってくれ……といっても、国を一個くれとかそういうのは流石に無理だぞ。それを理解した上で、何が欲しいのか教えてくれ」


『……ええ、分かった。でも、人間なら簡単に手に入れられるものだと思うわ。私が……私たちが求めるのは、食料よ。群れが十分に食べていけるだけの、ね』

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