第115話 助太刀

「そうだな……とりあえず静かに近づいて様子を見て、どうするか決めようか」


 俺がそう言うと、リュヌが意外そうな顔で、


「すぐ助けるって言わないんだな?」


 と言ってきた。

 

「当たり前だろ。盗賊同士の喧嘩だったらどうするよ」


「……言われてみりゃ、そうか。つまり、普通の町人がそういうのに襲われてたら助けるってことか?」


「まぁ、俺としてはそうするつもりだが……二人とも気が乗らないならそのときは見てるだけでも構わないぞ」


 別に人助けを強制するつもりなんてない。

 リュヌにしろネージュにしろそういうものとはほど遠い存在だからな。

 そもそも、俺だってそうだ。

 ただ、見捨てるのもなんとなく寝覚めが悪いからそう言う場合に手をかするくらいはいいだろうと思っているだけだ。


「俺はあんたに従うモノだからな。あんたがそうしたいなら俺もそうするさ……ネージュは?」


「子供二人だけで助けると怪しいの。私も手伝った方が怪しまれないの」


 言われてみると……それもそうか。

 手伝ってくれるつもりならありがたいな。


「じゃあ、俺とリュヌが何かやっても、ネージュがやったってことにしてもらっていいか?」


「分かったの」


 十四、五歳ともなれば、才覚ある者に限られるが、十分に盗賊の一団の相手を出来るくらいの使い手も現れてくる年齢だ。

 天才魔法剣士、のふりでもネージュにしてもらえばその辺りのつじつま合わせは楽そうだなと思っての台詞だった。


「じゃあ、行くか」


 そう言って、俺たちは走り出す。

 それはとてもではないが子供や少女に出せる足の速度ではなかったが、やはり、見ている者は誰もいなかった。


 *****


「……微妙だな。手を貸すかどうか、悩む」


 その場に到着して俺が草むらからそう言ったのは、目の前に広がっている光景を見たからだ。

 普通の町人が盗賊と戦っている、わけではなく、また反対に盗賊同士が争っているわけでもない。

 武具を纏った戦士たちが、ガーゴイルを相手に戦っているのだ。

 といっても、戦士たちの武具をみる限り、そろいの拵え、というわけではないので騎士とか兵士ではないな。

 おそらく、傭兵か、それとも狩猟人ハンターになるだろう。

 どちらなのかは分からないが、手を貸すかどうかは難しい判断だ。

 変に手を出して余計なことを、と言われても困るからな。

 特に狩猟人ハンターだった場合、素材の分配でもめるからだ。

 ただの傭兵ならそこまでもめることはないかもしれないが、しかしそれでも可能性はゼロではない。

 そんな俺の懸念をリュヌは理解したようだが、戦士たちの戦いを見て、意見を言う。


「……まぁ、あんたの考えてることも分かるが、あいつらの腕じゃもうそろそろ厳しそうだぜ。まだ全員生きてるみたいだが、重傷負ってる奴もいるしな……手を貸すなら早いとこ貸した方がいい」


 ……ま、そうだよな。


「二人とも、巻き込んで悪いが……」


「俺はあんたの手足だからいいんだよ」


「私はちょうどいい暇つぶしになるからいいの」


「そうか、ありがとう。けが人は終わった後、俺が治すからな。じゃ」


 そう言って合意したところで、二人は草むらから飛び出す。


「加勢するぞ!」


 リュヌがそう叫ぶと、戦士たちは、


「恩に着る!」


 と口々に叫んだ。

 どうやらもめ事の気配は薄いとそれで判明したのでとりあえずは安心だ。

 ちなみに、俺はまだ草むらの中にいるが、戦わないわけではなくここから魔術を放つのだ。

 リュヌはその姿を人に見られないように、可能な限り素早く動いている。

 また、暗殺者としての技術を使っているのだろう。なんだか、視界に入りにくい動きをしてガーゴイルに攻撃を加えていく。さすがだな……。

 ネージュは手を掲げ、そこから氷柱を放ってガーゴイルに致命傷を与えていく。

 無詠唱の魔術のように見えるが、ネージュは雪竜スノウ・ドラゴンだ。

 人の使う魔術とは性質がそもそも異なる。

 水や氷の元素エレメントを自由自在に操ることが出来てしまうのだ。

 それこそが、真竜が真竜である所以である。

 当然、人が魔術で水や氷の魔術を雪竜スノウ・ドラゴンに放ったところで効きはしない。

 そして俺は……。

 

「……《氷弾ジャリード・カドゥール》」


 唱えると同時に、ガーゴイル数体の眼前に突然、氷の弾丸が出現する。

 さほど大きくない、目視するのは厳しいだろう、という大きさだ。

 それらはガーゴイルに向かって目にも留まらぬ速さで向かっていくと、その頭部を貫き、そして破砕した。

 

「な、なんだあれ!?」


 何が起こったのか、戦士たちには分からなかったのだろう。 

 突然ガーゴイルの頭が吹き飛んだようにしか見えなかっただろうから、当然といえば当然だったかも知れない。

 それから、リュヌとネージュがそれぞれ最後の一体を倒すと、戦闘は終わった。

 リュヌはその場に残らずにぱっと森の方へと走って消え、その場にはネージュだけが残った。

 リュヌはしばらくして俺のところに戻ってきた。


「……見られてねぇよな?」


「まぁ、大丈夫だろう。あの戦士たち、ネージュの方に目をとられてたみたいだしな」


 草むらから見れば、ネージュの姿を驚きつつ改めて凝視する戦士たちの姿があった。

 皆、結構なベテランのようだったが、その腕はさほどでもない。

 ガーゴイルがだいたい十五体ほどいたとはいえ、逃げることすら出来ずに苦戦していたのだからそのことがよくわかる。

 ある程度以上の腕があれば、それくらいなら逃げられるからな。


「……あ、あんたが俺たちを助けてくれたのか」


 戦士たちの代表とおぼしき男がネージュに近づき、そう話しかけた。

 ネージュは言う。


「……そうなの。それと、私の使い魔が……あぁ、けが人がいるなら治してあげるの」


 俺が治す、と言ったことを覚えていたのだろう。

 うまく話を持って行ってくれる。

 代表の男は、


「ほ、本当か!? だったらこっちのザラスをまず頼む! こいつが一番重傷なんだ……!」


 と言ってきたので、ネージュは草むらにいる俺たちの方を向き、


「二人とも、こっちに来るの」


 と言った。

 代表の男が首を傾げる中、俺とリュヌが出てくる。

 それから、男がザラス、と言った男のところに近づき、治癒魔術をかけた。

 確かにかなりの傷で、このまま放っておけば一時間もすれば死ぬだろう、というものだったが、俺は欠損すら再生することが出来る治癒魔術師でもある。

 大けがくらい、治すことは容易だ。

 かけて数十秒でその傷はすべて完治し、ザラスは穏やかな息をし始める。


「こ、これは……! すげぇ……な、なぁ、あんた。他の奴らも頼んでも……いいのか? 金は出す!」


 代表の男がそう言ってきたので、俺は頷いて、


「うん。いいよ」


 と子供っぽく返答してみたのだった。

 リュヌとネージュの顔が歪んだ。

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