第116話 ポルトファルゼの馬車にて

「……なるほどねぇ。弟二人を養うために、狩猟人ハンターをしながら旅を……そりゃ、大変だっただろうね」


 馬車の中で、先ほどガーゴイルと戦っていた一団のリーダー格、パブロの妻がそうつぶやいた。

 先ほどは見かけなかったが、先に馬車の方は遠くへと逃げていたようだ。

 パブロたちはそれを負わせないために死ぬ気で戦っていたわけだな。

 馬車は二台あって、パブロたちの家族が乗っていた。

 パブロたち、戦っていた者は全部で五人、馬車に乗って逃げていた家族も入れると十二人いたようだ。

 それぞれの妻と子供、それに妹が乗っていて、自分たちを犠牲にしてでも逃がそうとしたその気持ちはよく分かる。

 パブロたちは今も馬車の外で護衛をしながら警戒して進んでいる。

 傷も治ったし、街まではもうすぐだ。

 そこまでなら気力も続くと言って。

 一応、俺たちもやろうか、と提案したのだが、あれだけの危機を助けてもらったんだから、あんたたちは休んでいてくれと言われた。

 まぁ、これは俺たちに、というか主にネージュに対して言われた言葉だろうが。

 俺もリュヌも見た目はただの五歳児だし、戦うところも見せていない。

 俺は治癒魔術を使えるところは見せたが、治癒系の魔術については希に才能のある小さな子供が強力なものを身につけていることもある。

 これはその持つ思いが純粋かつ強力だからだ、と現代では言われているようだ。

 本当のところは別に理由があるのだが……まぁ、それはいいだろう。


「そんなに大変じゃなかったの。この二人は放っておいてもどんなところでも生きていけるの」


 ネージュがまんざら冗談でもなくそんなことを言うと、パブロの妻ーーマリーヤは笑って、


「こんな年の子供がかい? それは流石に……でも、うちのに聞く限り、ものすごい治癒魔術の使い手みたいだしねぇ。どこぞの教会にでも行けば下にも置かない扱いをうけるか……」


 宗教関係の組織は多くの治癒系の魔術や技術を持つ者を集める傾向にある。

 特に強力な治癒魔術を持つ者は囲い込みに近い扱いを受けているらしい。

 それはおおむね、そういった魔術などが神の御名の下に与えられたもので、その名を広めるために使われるべきだからだ、という感覚によるものらしい。

 そういう傲慢というか、自分たちの利益重視の感覚は昔から変わっていないな、と深く思う。

 まぁ、宗教のすべてが駄目だ、とは言わない。

 この世界は厳しい。何かにすがらなければそもそも人類はすぐに滅んでいただろう。

 そういうときに光を示す何かがあったからこそ、ここまで生き残って来れたともいえる。

 それが何かといえば、歴史的に見れば紛れもなく宗教であったことも事実だ。

 かといって、その名のもとに何をやってもいいというわけでもない。

 要はバランスなのだが、それをとるのは簡単なことではない……。


「二人とも、教会にやるつもりはないの。ね?」


 ネージュがそう俺たちに水を向けたので、俺は口を開く。


「まぁね。でも、ザラスさんは大丈夫なのかな? 一応、ちゃんと治ったとは思うけど……」


 ザラスは一団の中でもっとも重傷を負っていた男だ。

 二十代前半の若い男で……と俺が言うのも少し変な気がするが……内蔵が飛び出ていて出血もすごかった。

 おそらく、俺が来なければ死んでいたと思う。

 もちろん、しっかり治して全快させておいたが、あれだけの傷を負ったのだ。

 その動きが怯えなどから精彩を欠くのではないか、と思ったのだ。

 一度死にかけると人間、戦闘でうまく動けなくなったりするものだからな。

 これに同じ馬車に同乗しているザラスの妻……こちらも二十代前半……が言う。


「私もそれが心配で……いえ、仮にも狩猟人ハンターですから、きっと大丈夫だと信じたいのですけど。どうも最近、体の調子がよくない、と言っていたので……」


 それを聞いて、俺は、あぁ、と思う。


「それはザラスの体の深いところに《石》が出来ていたからじゃないかな?」


 《石》とは、完治の困難な病の一つで、迷宮などでごく希に出る完全治癒薬パナケイアを飲むか、高名な治癒術師にかかるか、よほどの奇跡にすがるかしかないと言われるものだ。

 これを聞いてザラスの妻、エルは目を見開いて、


「えっ……そ、そうなんですか!? ではザラスは……」


 と恐ろしく不安そうな表情であわてだした。

 あぁ、余計なことを言ってしまった、と思った俺は、


「いや、ごめん。もう気にしなくて大丈夫なんだ。それも治しておいたからさ。いくつか血管にも詰まりが見えたからそれも通しておいたよ。あんまりお酒の飲み過ぎとか、油っぽいものの食べ過ぎとか、よすように言っておいてね」


「えっ……えっ!? 治した……?」


 そんな俺とエルの会話に、マリーヤは、


「これはまた……すごい子なんだねぇ。あんたは。お姉さんは凄腕の魔法剣士だし……となると、あんたの方も何か芸があるのかい?」


 とリュヌを見る。

 しかしリュヌはこれに、子供っぽい悲しげな表情で、


「僕は何にも出来ない役立たずだから……でもアインもネージュお姉ちゃんもすごいんだ! 大好きだよ!」


 と叫ぶ。

 その様子は劣等感に苛まれながらも、才能ある兄姉のことを素直に尊敬し、認める純粋な弟のようであった。

 少なくともマリーヤとエルにはそう見えただろう。

 同じ馬車に乗っている他の者たちにも。

 

「そうだね……あんたはまだ小さいんだ。これから、きっと色々なことが出来るようになるさ」


「そうですよ。凄いお兄さんとお姉さんに教えてもらうと言うことも出来るんですから。あっ、そうだ、この間通ったレイズの街で仕入れた蜂蜜飴があるんです。どうぞ」


 口々にそんなことを言いながら、リュヌを撫でたりお菓子をやったりしている。

 なじみ方が半端ではないと言うか、簡単に人を騙していくな、こいつはと心底思った俺だった。

 

 ちなみに、今更だがなんで俺たちがパブロたちの馬車に乗っているかと言えば、ポルトファルゼにこれからいくつもりだ、と言ったら一緒に乗っていけ、という話になったからだな。

 目的については、兄弟での旅も少し疲れてきたので、拠点に出来る街を探している、ということにしておいた。

 つまりはポルトファルゼで家探しでもするつもりだ、と。

 実は全くの嘘ではなく、家探しは本当にするつもりである。

 というのは、俺たちが、というよりネージュがしたいらしい。

 街にちょっと住んでみたいというのだ。

 お金はどうするんだ、と尋ねれば、以前に言っていたアミトラ教の僧侶たちが毎年結構な額をおいていくらしい。

 それが長年貯まっているというのだ。

 額を聞いてみたら、一軒家くらい余裕で買えるほどだった。

 ネージュはあんまり、というかほとんど金銭感覚がなく、どれくらいの額かわかっていなかったようなので、飴なら洞窟いっぱいかってもまだ余裕なくらいかも知れない、と言ったら愕然としていたのだった。

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