第101話 器用な手先

 リュヌの魔道具作りの修行は思った以上によく捗った。

 というのは、別に俺が教師として優れていたというわけではなく、リュヌの手先が非常に器用だったことと、こういう学習能力が極めて高かったことに起因する。

 もとの職業が職業である。

 暗殺のために潜入する場所、そこの人間関係や社会情勢、自分自身が化ける役柄などを短い期間に完璧にその頭に叩き込まなければならなかったわけであるから、そういう作業には非常に慣れていた、というわけだな。

 手先の器用さも暗殺者には必須だろう。

 変装や鍵開け、調薬などの技術は絶対に覚えなければならない技術だろうしな。

 しかもその中でも優秀だった男である。

 三ヶ月も期間を与えれば、それこそ乾いた砂が水を吸うようなものだった。

 今では……。


「……おぉ、すげぇすげぇ。しっかり動いてやがるぜ……理屈通りとは言え、俺が魔道具を作れるなんてなぁ……!」


 子供のように喜びつつ……まぁ、見た目は子供だが……リュヌが見ているのは、小さな人形である。

 簡単な機構と命令形を組み込んだ初歩の魔道具であるが、魔道具作りのすべての基礎が必要なものでもある。 

 あれが一人で作れるようになれば魔道具職人としては一人前と言える。

 そして、実際にリュヌはそれを今日、達成したわけだ。

 もちろん、それだけではあくまでもスタートラインに立っただけにすぎないが、それでも後は自分で創意工夫をしながら、様々な魔道具を制作・考案していけるくらいの知識と技術は身についたということである。

 つまり、俺の転移装置作りの助手としては十分な腕だ。

 さらにこき使ってやれば、転移装置が完成する頃にはかなりの腕になっていると思われる。

 

「いい感じだな……まさか本当に三ヶ月でものになるとは思ってなかったぞ」


 俺がそう言うと、リュヌは呆れた顔で、


「……おい、あんた俺にそんな無茶を言ったのか」


「目標は高く持った方が何事も先へと進めるだろう。別に完全に身につけなくても出来る仕事はたくさんあるからな。それでも問題なかった」


「まぁ……分からないでもねぇが。意外と厳しいよな、あんた」


「そうか? 期待してるだけだ」


「期待ねぇ……喜べばいいのか、頭を抱えりゃいいのか……。しかし、これでものになったと言われてもな。俺のは普通に歩いているだけだが、あんたのは……」


 リュヌが作った魔道人形は洞窟の中を一定の速度で歩いている。

 その隣を、おおむね見た目は同じだが妙に洗練された雰囲気の魔道人形がものすごい速度で走り回り、間に側転や宙返り、バック転などを披露していた。

 リュヌが作るに当たって見本があった方がいいだろう、と思って俺が制作したものだが、リュヌは俺のものと同じだけの動きを自らの魔道人形が出来ていないことにがっくりきているらしかった。


「あれが作れるようになったら本当に独り立ち出来るくらいだからな。むしろ三ヶ月で魔道人形を作れるようになったことを誇れ」


 実際、俺が作ったものにはリュヌに説明していない様々な機構が組み込んである。

 同じものを作られては俺の沽券に関わる。

 俺の言葉に納得したのか、リュヌは、


「……ま、それもそうか」


 そう言って頷いた。

 それから、


「人形はともかく、あんた、さっきから何してるんだ?」


 俺が作業台の上で先ほどからカチャカチャといじくり回している物体のことを言っているのだろう。

 俺は言う。


「前に言っただろう? 魔力波を発受信する魔道具を作るって。それが完成したんだよ」


「あぁ、三ヶ月前に確かに言ってたな……。あのときは意味が分からなかったが……確か、空間を伝わる魔力の波のことだよな?」


「そうだ。光や音にも同じ性質があって、電波とか音波とか言うが……魔力波はそれらより遙かに伝播が速いからな。転移装置には必須だ」


「遅いと問題なのか?」


「大問題だぞ。体の一部だけ遅れて転移されてみろ。どうなると思う?」


「……まっぷたつ、とか?」


「そういうことだな。まぁ、電波を使っても出来ないことはないんだが、やっぱり魔力波の方が簡単なんだよ……。で、その魔力波を、現存している出口側の……これは俺たちから見たときの話だな……転移装置に発信すると、反応が返ってくるはずだ。一応、座標は全部覚えているから……」


 といっても、あれから何百年、何千年経ったか分からない今ではその座標も大幅にずれている可能性が高いが。

 大陸や島の位置が絶えず動いていることは当時から分かっている。

 年に数ミリ、数センチの誤差であっても、それが何千年もの年月を積み重ねれば相当な幅になるのははっきりしているからだ。

 ただ、そのあたりも考慮してある一定範囲に魔力波を発信するように魔道具を調整してあるのでそこは問題ない。

 心配事とすれば、その魔力波を誰かが感じ取ったり受信されたりしないか、ということだが、フラウカークやラインバックの魔道具店を見る限り、かつての俺たち魔族と同じ周波数帯の魔力波を使っている魔道具は存在しなかったので、おそらくは大丈夫……と思いたい。

 というか、魔力波、というものをよく分析もせずに使っている感じだったので、仮に何かの間違いで受信したとしても勘違いとか不具合で済ませてくれるんじゃないかな……。

 まぁ、もしものときはもしものときである。

 心配しすぎても人生はつまらない。

 やれることをやりたいときにやりたいようにやるだけだ……。


「じゃ、とりあえず魔力波を発信するぞ。設備が生きてればすぐに反応が返ってくるはずだ……」


「おう。楽しみだな」


 リュヌがそう言ったので、俺は頷いて、装置に魔力を込め、スイッチを押す。

 装置はガラス板の周囲を木枠が覆っているような形になっていて、発信が返ってきた設備の場所と数がガラス板に表示されるようにしてある。

 さて、いくつ返ってくるか……。


「……お、いいな」


 動かした直後、即座に反応が返ってきたことを示す表示がずらりと続いた。

 それを見たリュヌは、


「……マジだったんだな……!」


 と唖然としている。


「なんだ、疑っていたのか?」


「まるっきり信じてた訳じゃねぇのは確かだな。だって、そんな昔のこと、どうやってあんたは知ったっていうんだよ……」


「それについては、秘密だ……」


 そう答えながら、魔道具の表示を確認していく。

 全部確認し終わった俺は、リュヌに言った。


「15の設備が完全に生きているようだ。これらについては問題なく使える。それと、12の設備が転移は不可のようだが、発受信装置は生きているみたいだから……これは現地に行って修理すればどうにかできそうだな。残りの74の設備は何も返ってこない……完全に壊れているか、発受信装置にだけ問題があるのかは分からないが……まぁ、それはおいおい、だな」

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