第126話 難航

 次の日。


 俺たちは再度、グースカダー山に来てネージュと合流し、ポルトファルゼの街までやってきた。

 そして、ボリスのところを尋ねると、彼は待ちわびていたように笑顔を作り、こちらに寄ってきた。


「皆様ようこそおいでくださいました! ご紹介する予定の物件はしっかりと見繕っております。今すぐにでも参れますが、いかがいたしますか?」


 そう言っているボリスの顔をよく見てみれば、その目の下にはクマが出来、肌もわずかながら昨日よりもハリがない。

 この様子だと、やはり昨日、いくつも物件が浮かぶ、と言っていたのははったりだったということだろう。

 しかし、一日でそろえて見せ、しっかりと今日内見出来るように手はずを整えたようなので評価しても良い。

 というか、そんなに大変ならもう少し日をおいてやればよかったかな、と思わないでもないが、まぁ、今更な話か……。


「私はすぐにでも大丈夫なの。二人は?」


 ネージュがそう尋ねてきたので、俺とリュヌも頷く。

 それを見たボリスは、


「そうですか! では、どうぞこちらへ……」


 と言って先導し始めた。

 いつの間にか店先には馬車が待機させられていて、ボリスが先を進めたので俺たちはそれに乗り込んだのだった。


 *****


「さて、こちらがまず、一軒目の物件になります……」


 そう言ってボリスが先を進んで示したのは、街の中心部にある大きめの物件だった。

 三階建てであり、周囲を住宅街に囲まれている。

 市場までもほど近く、便利そうな立地だ。

 中に入ってみると……。


「結構広いな」


 俺がそう言うと、ネージュが頷く。


「綺麗なの。染みとかないの」


 続けてリュヌも頷き、


「そうだな……ここって新築か?」


 ボリスにそう尋ねれば、彼は頷いて答えた。


「ええ、そうなります。といっても、半年ほど経っていますが、まだ入居された方はいらっしゃいませんので新品といっていいものかと」


「これだけの物件、なぜ誰も入っていないんだ?」


 リュヌが疑問に感じて尋ねると、ボリスは言う。


「元々、さる商人一家の店舗兼住居用として注文され作られた物件だったのですが、そちらの商人が破産してしまいまして……結局売りに出されることとなったのですが、立地も作りもかなり良いため、一般的な住宅より高めの価格設定ですので、ちょうど購入できるという人物も中々現れず……というわけですな。もう五年ほどすれば価値も下がり、購入者も現れると思われますが、今は……」


 なるほど。

 ネージュの懐からすれば余裕で払える金額かもしれないが、確かにこのあたりの他の住宅より頑丈そうだったし、作りも凝っている。

 これをここに買おう、という層とのマッチングがうまくいかないのだろう。

 ただ、値段が下がればその限りではない、と。

 しばらくはその予定もないようだが。


「設備に関しましては、一階が元々店舗用として作られておりまして、地下室もございます。二、三階に関しましては元々、五人家族の住居用として作られたものですので、皆様には広々と使っていただける程度のものはあると存じます。いかがでしょうか……?」


 ボリスはそう言う。

 確かに悪くはなさそうだ。 

 むしろ利便性という意味では中々他にはなさそうなところなのだが……。


「ネージュ、どうだ?」


 俺が尋ねると、ネージュは少し考えて、


「……ちょっとお庭が狭いの」


 と言った。

 庭部分もあるにはあるし、決して狭くはないのだが、当初の希望である雪竜スノウ・ドラゴンが飛び立てそうなほどではないのはもちろんだった。

 流石に街の中心部でそれほどの土地を確保したら値段がとんでもないことになる。

 ネージュの懐からすれば払えなくもないのかもしれないが、そんな物件を買って変にどこかから目をつけられても嬉しくない。

 そういうことを考えるに、ここは少しばかり微妙かもしれなかった。

 加えて、地下室はあるが、俺からすると色々と実験をするつもりなのであまり周囲に住宅があるのはうまくない。

 別に大失敗を冒すつもりはないのだが、もしものことを考えると……というわけである。

 リュヌも、俺の耳元で、


「……ここは少し目立ちすぎるな。活動拠点としては好ましくない」


 などと言っている。

 彼の視点での活動拠点とは、つまり暗殺者のそれであるのだろう。

 別に俺たちは暗殺稼業をここで開業しようというつもりはないのでそこは考えなくて良いんじゃないかという気がするが、目立ちたくない存在であるというのは間違いない。

 まぁ、それなりに注目されてもそれはそれで構わないと言えるくらいには暗殺者と違うが、なんだか妙に金を持ってる若いのがいる、みたいな注目のされ方をしてしまうと、窃盗や強盗の危険がある。

 この場合の危険とは、窃盗犯や強盗犯の命の危険の方だ。

 入ってきてネージュと出会し、彼らがネージュの質問に正直に答えて、金目のものをよこせ、と言ってしまった場合を考えると怖い。

 その瞬間、ネージュの敵認定を受け、そしてそのまま物言わぬ肉塊へと変えられてしまう可能性すらある。

 流石にそれは避けたいところだ。

 まぁ、どこに家を持ったところで泥棒の危険はあるだろうが、ここはいわゆる裕福な人が住む家だ、ということだ。

 三人でああでもないこうでもないと相談し、最終的にそれはやめておいた方が良いだろうという結論になった。

 ボリスはそれを聞くと残念そうな顔で、


「そうですか……いえ、しかしまだ物件はございます。すぐに決まるとは私も思ってはおりませんでしたので、次に参りましょう……」


 そう言って再度、先導して歩き始めたのだった。


 *****


 それから数件の物件を回ったのだが、いずれもネージュとリュヌからストップがかかってしまい、見送りとなってしまった。

 他になければその中から決めるかもしれないが、今のところは全て保留である。

 ボリスの背中もどんどん煤けて見えてきている。

 どれも彼からすれば自信のある物件だったのだろう。

 確かに普通の客からすれば値段も質も相当にいいものを厳選してきてくれたのだな、というものばかりだった。

 けれど俺たちはちょっと普通ではないのだ……。

 申し訳ないが、もう少し我慢して欲しいところである。

 そして、そんなボリスが最後に紹介してくれる物件が、次らしい。


「……次の物件が、本日用意できた最後の物件になります。これもお気に召さないとなると、もう一度お時間を頂いて検討させて頂くしか……もちろん、その場合も全身全霊を持って物件探しにご協力させていただきますので、ご安心ください……」


 言いながら、ボリスは大丈夫だろうか、不安だ、という顔をしている。

 それなりのポーカーフェイスは出来ているが、二百年を生きる俺からすると、顔からも、そして魔力などからもその不安は理解できてしまう。

 表層意識もその気になれば読める俺だからこそ出来ることで、リュヌとネージュには自信がある商人に見えているようで、二人とも、


「楽しみだな」


「楽しみなの!」


 と言ってボリスにプレッシャーをかけているが、ボリスはそう言われるごとに不安を増大させている。

 なんだか大変なことを任せてしまって本当に申し訳ない気分だ……。

 願わくは、次で決まりますように。

 俺もまた、ボリスと同様にそんなことを思った……。

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