第127話 怪しげな家

「……こちらになります」


 ボリスがそう言って紹介した最後の一軒。

 正直なところ、俺は期待していなかった。

 というのはやっぱり、最後に持ってくるわけだからあまりボリスも乗り気ではないというか、可能ならここよりも前に紹介した物件に決まって欲しいと考えていただろうと思われるからだ。

 あくまでも、ここを紹介するのは他のところに決まらなかった場合の、一種、一か八かの賭けみたいなもので、そういうところというのはおそらくかなりピーキーな作りのところなのではないか、という推測していた。

 だが、実際に今目の前にあるのは……。


「すごいの! お庭が超広いの!」


「……立地もいいな。市街中心部からは離れていて、人通りもあまり多くない。周囲に他の家屋もないし……何より家自体が大きい」


 ネージュとリュヌはそう言って喜んでいる。

 確かに庭はかなり広い。

 具体的に言うなら、ネージュが元の姿に戻って飛び立ってもまるで問題ないほどだ。

 立地も周囲にはほとんど家屋がない。

 遠くの方にぽつり、ぽつりと小さな小屋があるかな、というくらいであり、ここで何か大規模な実験をして轟音を鳴らしたところで苦情が来そうもなかった。

 真夜中になれば街灯も何もなく、真っ暗になること請け合いで、暗殺者が根城にするには似合いの場所でもある。

 いずれも普通の人間からすれば問題のある要素であるが、俺とリュヌとネージュという極めて特殊な存在からすると、これ以上望むべくもない最高の物件だった。

 加えて、ボリスが言う。


「……店舗については流石に立地が悪すぎますので、ここにはないですが……この物件を購入された場合、市街の目抜き通りにほんの数人が入れる程度の大きさの店舗建物が付属します。元々は小さなパブで、ここを現在管理するオーナーが保有している物件なのですが、こちらを購入してもらえるならば付けても構わないというお話を頂いています」


 ……本当に至れり尽くせりである。

 確かにここで商売をしようとしても足を伸ばそうという人間は少ないだろう。

 よほど高品質の何かを作るか、オーダーメイドで何かを作るか、とかそういうことをしない限りは。

 しかし市街に小さいながらも店舗建物があるというのなら、そこに薬や魔道具を並べて商売をすることは可能だ。

 ここから市街までくらいなら、マーカーを設置すれば、巨大な長距離転移装置を置かずとも、この家屋の地下に設置する長距離転移装置を流用して短距離転移が出来る。

 流石にグースカダー山まで離れてしまうと無理だが、街一つ分くらいの距離なら一つ長距離転移装置があれば、そういうことも可能なのだ。

 しかし、それにしても好条件過ぎるのはいくら俺でも気になる。

 特にオーナーがここを買うなら店舗も付けると豪儀なことを言っているらしいのだ。

 何かある、と思って当然だった。

 その証拠に、ボリスに視線をやってみると、ふい、と自然な様子で逸らされる。

 肌をじっくり見れば、わずかながらに冷や汗も流れているのが見えた。

 ……間違いなく何かあるな……。

 そうは思うが、実際にこれだけの物件はもう見つからなさそうなのは確かだ。

 とりあえず……。


「中に入って、見てみても良いですか?」


 俺がボリスにそう言うと、彼は頷いて、


「もちろんです。では、こちらへどうぞ……」


 そう言った。


 *****


 家屋は三階建てで、貴族の屋敷、と言っても良いほどの大きさを持っている。

 中に入るとまず、玄関ホールがあり、螺旋階段が美しく続いていた。

 鳥が羽を広げるような形に部屋が配置されていて、いずれもかなりの広さを持っていて、様々な用途で使えそうである。

 俺とリュヌ、それにネージュの個室を作った上でもかなりの部屋が余るだろう。

 また、母屋とは別のところに鍛冶場もあって、俺の希望も満たしていた。


「かなり昔に、鍛冶師の方が住んでいたこともあるようです。ですから、結構立派な鍛冶場でしょう?」


 ボリスが言うとおり、かなりしっかりしている……というか、普通にここで鍛冶屋を開けそうなくらい立派だった。

 流石に経年劣化はあるが、その辺りについては色々と修理していけば問題ない。

 母屋から離れているため、危険な魔道具作りや、匂いのきつい魔法薬作りもここで行って問題ないだろう。

 本当に素晴らしいな……。

 そんな訳で、一通り見たところで、ついに俺はボリスに尋ねた。


「……それで……一体何を隠しているんですか?」


 何のてらいもない、まっすぐな質問だったが、だからこそボリスはそれに反応してしまった。


「な、何も隠してなど……」


 そう言いつつ、俺がじっと視線を向け続けると、流石に自分の態度が不自然だったと客観的に理解し、がっくりして続けた。


「……申し訳なく存じます。確かに隠しています……。といっても、気にされない方はされないことですが……」


 その言い方で、なんとなく理解する。

 俺は言う。


「……ここで何か事件でもありましたか?」


「そうです。三年ほど前になりますか……ここに住んでいた一家が、夜盗に襲われて、惨殺されまして……」


 つまりは殺人現場であり、ここは訳あり物件であると言うことだ。


「……おかしいな。そういう物件は教会が浄化するはずだぜ。そして浄化されれば問題なく、通常の物件と同じ扱いで流通に乗るはずなんだが……」


 リュヌが俺の耳元でそう説明した。

 リュヌの言葉はボリスにも聞こえたようで、


「……そうなのです。この物件に関しましても、教会に浄化を依頼したのですが……」


「ですが?」


「結果が芳しくなかったのです……つまり、浄化は失敗してしまいました。しかしそのことを理解してここを購入された方も数人いらっしゃったのですが、いずれも数日も滞在することなく、売りに出されてしまいます。ですから……ここは私もおすすめできないのです。ただ、皆様の希望に最も合う物件であるのも事実でございましたから……最後にすべて説明した上で、今までご紹介した物件のいずれかに決めていただこうと思っていたのですが……」


 つまり、最後まで隠し通して売りつけるつもりはなかったらしい。

 おそらく、嘘ではないだろう。

 少なくともここまで彼は誠実だったし、今の説明も最後までしたくないならしなければ良かったのだから。

 それにしても……。


「……話は分かりました」


「それでは、他の物件を再度見られますか? 後日にまた、ということでも……」


 とボリスが言いかけたところで、


「いえ、ここに決めたいなと思って。リュヌ、それにネージュお姉ちゃん。二人ともいいかな?」

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