第161話 仲裁

 辺りに轟音が鳴り響いた。

 俺はその発生源に向かって急ぐ。

 グリフォンを襲うために氷狼ひょうろうが出現すると予測される場所は複数あったため、カーと手分けして待ち伏せすることにしたのだが、この様子だとカーの方が当たりだったらしい。

 出遭えばおそらくその瞬間、戦闘に突入するだろうとは言っていたが、本当に実際にそうなってしまうとはカーかそれとも氷狼の方かは分からないが喧嘩っ早いことだ。

 巣にいるグリフォンたちも警戒を強めて周囲を見つめ、雄の方は警戒して上空を旋回し始めている。

 あまり時間をかければ彼らは一斉にこの轟音の原因に向かって襲いかかってしまうかもしれない。

 それは出来る限り避けるべきことだった。

 だから俺はその場所へと急ぐ。


 そして、そこに辿り着くと、やはりその二体の魔物は戦っていた。

 一体は見慣れた雪豚鬼スノウ・オークの勇士、カーであり、長大な槍を手に持ち、それを軽々とふるっていた。

 もう一体は予想通り氷狼だ。

 白銀の毛並みは美しく、また深い青に染まった瞳の中には知性と獰猛な野生とが同居している。

 俺が現れたことにもすぐに気づき、こちらをちらと見つめたが、しかし目の前の敵の方にこそ注意を向けるべきだと即座に思ったのだろう。

 視線はすぐに元に……つまりはカーの方へと戻った。

 カーはと言えば特に俺に対しては無反応だ。

 気配が分からないはずもないが、一瞬の隙も認めるべきでない相手であると言うことだろう。

 実際、カーと氷狼の戦いは拮抗していた。

 カーの戦いを見るのは初めてだが、その辺の豚鬼オークとは比較にならない力量を持っていることがすぐに分かる。

 武器である槍捌きについての技量はもちろんだが、一振り一振りに込められた剛力はたとえ氷狼と言えども一撃でもまともに食らえばただでは済まない破壊力がある。

 雪豚鬼において最強の戦士というのは誇張ではないのだなとよく分かる。

 対する氷狼の方も並ではない。

 カーも中々の巨体であるが、それを数倍したほどの大きさの体を持つ狼、というだけでもすでにかなりの圧力がある。

 それに加えて体に宿る魔力は強大だ。

 カーの攻撃を紙一重で避け続ける身体能力も持ち、またその合間を縫って牙や爪の攻撃を放ち続けている。

 さらに、氷狼の攻撃はそれだけではなく、魔術も使っていた。

 カーは物理攻撃一択というある意味男らしい選択であるが、氷狼の方は氷の矢や雪による目潰しなど、魔術を効果的に扱ってカーの攻撃をコントロールしている。

 俺から見ても中々にこなれた魔術の使い方であり、修行を積んでいけば一角の魔術師になれそうな逸材だなと感じた。

 ネージュが目をかけるのも理解できる。

 

 そんな二人の争いは当然のことながらかなりの規模であり、このグースカダー山という場所であるからこそ大した被害はなく行われているが、街の近くとかであったらと考えると恐ろしい。

 周囲に生える木々は次々に切り裂かれ、凍らされ、吹き飛ばされていっているし、雪原には罅が入るほどの強力な打撃や斬撃が幾度も叩き込まれている。


 ……ん?

 罅?


 冷静に観察しながら、それはちょっとまずいのでは……と思った。

 グースカダー山は雪山であるが、山肌の上に氷の層が乗り、さらにその上に雪が積もっている、という構造になっている部分が多いだろう。

 そして罅が入ると言えばどこにかといえば、山肌の上の氷の層と言うことになるのではないだろうか。

 さらにそんな場所に何度となく強い力を加えればどうなるかと言うと……。


 ――ゴゴゴゴゴゴ……!!


「……やっぱりか」


 地面が動き出している。

 厳密に言うなら、山肌の上の氷の層、そして雪の層が、ということだろう。

 ちょうど山肌の上を滑るようにそれらが動いているのだ。

 これが何という現象なのかは誰でも知っている。

 雪崩だ。

 しかも、カーと氷狼が戦っている場所よりもかなり上の方が動き出しているのが見える。

 

「……おい! カー、それにそこの氷狼! 雪崩だ!」


 だからとりあえず戦うのを止めろ、とそういう意味の叫びを上げてみたのだが、二体とも話を聞く気がないようで戦いの手を止めない。

 どちらも先に手を止めた方がやられる、とでも思っているのだろう。

 極限状態の戦いというのは大体そういうものだからな……。

 まぁ、雪崩に飲み込まれたってカーと氷狼なら簡単に死にはしないんだろうが、絶対とも言えない。

 カーは友人だし、氷狼には用事がある。

 俺は無理にでも二体に止まってもらうことに決め、とりあえず上空に上がる。

 そしてそこから二人を狙って魔術を放つ。


「……地の底に潜む大地の精霊よ。我が呼びかけに答え、今、眼前の敵を打ち砕く力を与えよ……《岩弾ルーク・カドゥール》!」


 詠唱なんて本当はなくてもいけるのだが、この方が魔力の節約になる。

 昔の魔族だったときとは身に宿る魔力量が大幅に異なるのだ。

 節約する習慣をつけておくのは必要だろう。

 特に攻撃魔術で、さらに複数起動する場合はなおさら。

 唱えると同時に、俺の目の前に岩の弾丸が二つ、出現し、そしてそれはカーと氷狼の元へと飛んでいく。

 速度は人間に命中すればおそらく一撃で絶命するだろう、というくらいのものだが、相手は魔物だ。

 しかもかなりの力を持っている。

 このくらいでなければ意識を奪うことはまず出来ないと思って間違いない。

 実際、その岩の弾丸は二体の魔物に命中したが、それと同時に砕かれてしまった。

 といっても、効いていないというわけではなく、二体とも石頭過ぎて耐久性で負けてしまったのだな。

 さして魔力を込めていないとはいえ、普通の人間であれば貫通する程度のものだったのでやはり魔物の耐久性というのはおそろしいものがある。

 そして魔術が命中した二体は意識を失い、雪原に倒れた。

 そのまま放っておけばもちろん、雪崩に巻き込まれるのは自明なので、今度は無詠唱で彼らを結界に包み、空中へと持ち上げる。

 その直後、彼らがいた場所を膨大な量の雪がもの凄い速度で通り過ぎていった。

 木々はなぎ倒され、その場にあったカーと氷狼の戦いの跡すらも完全に消滅させてしまう。 自然のエネルギーというのは凄いものだなと改めて思った。

 引き起こしたのはカーと氷狼だが。

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