第129話 寿命

「……それで? 一体どうするんだよ」


 ボリスが店に帰った後、リュヌが俺にそう尋ねた。

 続けてネージュも、


「一体何をする気なの?」


 と言う。

 まるで何も分かっていないのにオーケーを出したかのようだが、実際にまさにその通りなのだろう。

 これが普通の人間であったらお前たちは一体何を考えているのか、という話になってくるだろう。

 下手をすれば呪われるような家を勝算なく浄化する、と断言したようなものだからな。

 しかし、俺たちにとっては何度も言うようだが問題ない。

 仮に浄化出来ずとも誰も呪われることは無いだろう……。

 一人は死霊だし、一人は竜だし、そして俺は死霊術師だからな。

 死霊が死霊に呪われるわけもなく、人間に呪われたところで竜に何か痛痒が与えられるはずもなく、死霊術師にとって呪いとはかかるものではなくかけるものだ。

 極めて安全というわけだ。

 ともあれ、俺は二人に言う。


「まぁ、まずは本当にこの屋敷に霊がいるのかどうかの確認からだな。何かの気のせいって事もありうる」


「そうなのか?」


 リュヌが尋ねてきたので、俺は答える。


「あぁ。こういう建物でそういうことが起きる場合、霊がどうこうっていうわけじゃなく、作りが歪んでるがゆえに、しばらく住んでいるだけで調子が悪くなってしまった、ということもあるんだよ。それに周囲の環境とかもな……魔力的偏りが悪くて住んでいるだけで毒の中に浸かっているようなものだった、とか、霊以外の、たとえばおかしな病気を持ってる生き物が住んでた、とかな……。その辺りの確認が必要なんだ」


 歪んだ建物、に関してはかつて意図的に作ったことがあるからな。

 普人族ヒューマンにあえて砦を取らせて、しかしその砦は拠点にしているだけで調子が悪くなっていく酷い建物でした、なんて作戦を行ったことがある。

 その他のことについても経験談だ。

 人生、一体何が役に立つのかわからないものだ……。

 

「ともかく、もう一度中に入って今度はそういう視点でしっかり見てみようか。お前たちも何か不自然なものを感じたら言ってくれ」


 そう言って、俺たちは屋敷の中に戻る。

 

 *****


「……特段、魔力に問題はなさそうだな」


 今度はただ部屋の形とか数とかを見るだけで無く、俺は魔力的偏りがないか、もしあったとしてそれが人に有害なものではないか、という点を魔術を使いながら精査していった。

 その結果、そういう点に関しては問題ない、とすぐに明らかになった。


「動物や虫も特にいないの」


 そう言ったのはネージュである。 

 野生動物……と言って良いのかはあれだが、自然界の生き物特有の嗅覚と感覚でもって生き物の存在を探ってもらったがそれも問題ないようである。

 

「歪みなんかも特にないな。まぁ、経年劣化はところどころに見られるが、その程度だ」


 暗殺者としての目でもって、建物の歪みや不自然な作りなどを探してもらったが、それも大丈夫なようである。

 こうなると……。


「やっぱり、以前ここを買った者たちに問題が出たのは、死霊関係と言うことで間違いなさそうだな……」


 俺がそう言うと、リュヌが尋ねる。


「実際どうなんだ。いるのか?」


「今のところは特に感じないな。昼間は力が極端に弱いか、存在すら確保できないのかもしれん」

 

 死霊、というのは本来酷く弱い存在であり、太陽の光の下ではさしたる活動は出来ない。

 リュヌは初めからそういうことも可能だったほど強い存在を持っていたが、それは死霊として極めて稀なことなのだ。

 生前から強力な意思と力を持っているものだけが可能とすること。

 一般的な死霊は大抵が闇の中でしか活動できず、日の光の下では存在を感じ取るのが難しいほどに矮小な存在となる。

 おそらく、ここにいるであろう死霊も、まさにそのような状態に置かれているのだろう。

 流石にそうなると今できることはあまりない。

 消滅させることは実のところ簡単ではあるのだが、まず、話が聞きたかった。

 死霊術師は死霊をただ支配するものではなく、死霊と親しむものなのだから……。


「じゃあ、どうする? 夜となると……家に戻らないとならねぇからな」


 リュヌがそう言った。

 確かにそれはその通りで、俺たちはまだまだ外見上は子供であるのだから二人で泊まりに行ってきますもないだろう。

 だが、別に方法はいくらでもある。


「身代わり人形を置いておけばいいだろう。流石に面と向かっていたら気づかれるかもしれないが、深夜、ベッドに眠っているだけなら分からないだろうしな」


「真夜中に抜け出す訳か。まぁ、ここまでならそれこそネージュにひとっ飛びで運んできてもらえばいいだろうしな。ネージュ、夜更かしは出来るか?」


 リュヌが若干の子供扱い染みた言い方でネージュに言うが、特に深いそうでは無いというか、ネージュも自分自身に対する認識は子供、なのだろう。

 頷いて、


「一日くらいなら大丈夫なの! でも三日とか四日は無理なの……」


 と答えた。

 

「いや、それで十分だよ」


 と俺が言えば、ネージュは、


「お母様は一年でも十年でも起きていられたの。私情けないの……」


 とがっくりしていた。

 竜の感覚がどういうものなのか未だにはっきりとは掴めないが、ネージュはこれでもやはりまだ子供ということなのだろう。

 成長期の子供はよく眠るものだ……ってちょっと感覚が違うかもしれないが、一日徹夜出来るなら何の問題も無い。


「ネージュももう百年も経てばそれくらい出来るようになるんじゃ無いか?」


「だといいの……。でも、そのときも、アインはまだいる?」


 そう聞いたネージュの顔は少し悲しげだった。

 百年後。

 ネージュにとっては大した時間では無いが、人間にとってはとてつもなく長く、その頃にはおそらくいなくなる、と推測しているからだろう。

 だが、俺についてはそういう心配はいらないのだ。

 俺は胸を張って言う。


「あぁ、いるさ。まぁ、見た目は大分変わっているかもしれないが……ネージュがどれだけ生きても俺はいなくならない」

 するとネージュは目を見開いて、


「……本当なの?」


「本当だ……とはいえ、誰かに殺されたら死ぬけどな。寿命の心配は要らないんだ。リュヌもな」


「良かったの……お友達がいなくなったら寂しいの」


 ネージュはそう言って微笑んだのだった。

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