第178話 懐かしい記憶2

「……着いたか」


 久しぶりに来た魔王城を見上げながら、俺がそう呟くと、


「そんなに懐かしいか? ついこの間も来たばかりだろう。南方軍の作戦会議で」


 我が師フランが怪訝そうにそう尋ねてきた。

 確かにその通りなのだが……なぜか俺にはこの建造物が恐ろしく懐かしいものに感じられたのだ。

 巨大な一枚岩で構成された岩山を、そのまま削り上げ、作り上げられた魔族の王の城。

 魔王軍の有能な魔術師達が世代を超えて幾度も強力な魔術をかけ、増改築してきたこの建物は、建造物それ自体の美しさもさることながら、魔術的構成の美しさも感じられる希有な城だ。

 たとえ、数百人の人間の魔術師達が束になって魔術を撃ち放ったとしても、おそらく傷一つ、つかないに違いないほどである。

 もしもこの城が滅びるときがあるとすれば、それは世界が終わるときか……それとも。


「なんででしょうね? 涙が出そうなくらいに久しぶりに見えてしまって。やはり、突然呼びつけられたことが不安なのかもしれません。それで変な気持ちになっているのやも」


「お前がそんな玉か? しかし、言いたいことは分からんでもないな。まさか魔王軍南方方面軍の将兵とは言え、まだ百人隊長にしか過ぎないお前を直接呼びつけるとは私も思っていなかった」


「その通りです。一体、陛下は俺に何の用がおありなんでしょうか……?」


「……まぁ、大方想像はつく。それほど不安に思うことなどあるまいよ。まず、城の中に入ろう」


「……そうですね。そうするほかなさそうです……ええと、申し訳ない。陛下に呼ばれてきたのだが……」


 魔王城の城門まで着いたので、そこを守る豚鬼オーク族の門番にそう告げると、怪訝そうな目で見られ、


「……お前を、陛下が? 嘘を言うな。陛下は子供になど会われぬ。憧れるのは理解するが、陛下に拝謁したいのであれば子供らのために機会をいくつか設けられている。その申し込みをだな……」


 と親切に忠告されてしまった。

 確かに、ぱっと見では子供にしか見えないだろう。

 というか、実際にまだ子供だ。

 俺は魔族とは言え、成人になるまでは一般的な人間たちと同様の成長の仕方をする種族だ。 したがって、まだ十四歳である俺の姿は、そのまま十四歳の子供である。

 豚鬼はまさに俺が魔王陛下に会いたいが為に嘘を言って城に入り込もうとしている、と捉えたのだろう。

 そのような子供もかなりいるというのは事実だからな……。

 ただ、俺はそうではない。

 正直なところを言えば、このまま、はい、分かりましたと言って帰宅しても俺としては構わない。

 何故来なかった、と言われたら、門番に呼ばれたことを説明したが頑として受け入れられなかった、とあったことをそのまま説明すれば良いからだ。

 それで俺はこの極度に緊張する謁見に臨まなくても良くなる。

 陛下の命令は絶対であるが、可能ならば是非に逃げ帰りたい。

 それくらいに今の俺の胃はきりきりと痛んでいる……。

 だからそうしようかな、と一瞬考えたところで、ずい、と俺の後ろからフランが顔を出した。


「聞き捨てならんな。誰が子供だと?」


 その声は、俺に話しかけるものとは異なり、強力な魔族が放つ特有の圧力と、抗いがたいカリスマ性が宿っていた。

 高位の魔族だけが持つオーラとでも呼ぶべきもの。

 それを俺の師匠は持っている。

 豚鬼も一瞬でそれに気づき、さらにフランの顔自体もよく知っていたらしい。


「……フ、フラン・エンドローグ様!?」


 驚いてそう叫び、そして先ほどまでの堂々とした態度とは異なり、耳がへたり、声は震え始める。

 強力な魔族は、その存在だけで他の魔族を圧倒する。

 もちろん、抑えようと思えば抑えられる存在感であるが、今の師匠はなんか起こっているというか、わざとその圧力を吹き出させているような……。

 フランは豚鬼の門番に言う。


「……そうだ。そしてこの男は私の愛弟子、アインベルク・ツヴァイン。我が魔術の深奥、死霊術の極み、その全てを叩き込んだ男だ。それを……子供だと言ったのか?」


「アインベルク・ツヴァイン……!? そ、それではこの方が、先日、南方において、人族とエルフの同盟軍をたったの五人で退けたという、死霊公の秘蔵っ子と言われる……?」


 ……なんだそのあだ名は。

 ちなみに死霊公とは我が師の二つ名の一つである。

 他にも数え切れないほどの二つ名を彼女は持つが、ついに俺にも一つ、ついたらしい。

 《死霊公の秘蔵っ子》……なんか締まらないな。

 甘やかされてる感満載だぞ。

 そう突っ込みたい。

 しかしこの場の空気感がそれを許さなかった。

 フランは続ける。


「その通りだ。厳密に言うなら、それをやったのはこいつ一人、というのが正しいな。他の四人はこいつが従えた死霊たちだ。分かるか? こいつは一人で一軍に匹敵する将なのだ。それを、お前は……」


 そこまで言ったところで、豚鬼の門番は手に握っていた槍を地面に置き、土下座を始める。


「ももも、申し訳ございません! ツヴァイン閣下がいらっしゃることは伝えられていたのですが、何分、その年齢や容姿などは伝えられておらず……。その輝かしい戦績や、死霊公閣下のお弟子であることからも考えて、それなりの年齢であられるかと勘違いを……。この通り、平に、平に謝罪いたしますので、どうぞお許しを……!!」


 なるほど、伝達ミスか。

 確かにそれでは仕方が無いな。

 そもそも、俺は魔王軍に入ってまだ、日が浅い。

 そこそこの戦績を重ねてきて入るが、中央の軍人にまで俺の顔が分かるはずもない。

 先日来たときだって、何百人もいる将兵の一人として、しかも上官のお供でやってきたに過ぎない。

 所属している南方軍の軍人だって、俺の顔と名前と年齢が一致しているかと言えば、まだ怪しいところだ。

 まぁ、そこは俺がかなりの少人数で活動している特殊な部隊を運用しているという部分が大きいが……。

 ともあれ、豚鬼に事情を聞かされ、フランも溜飲が下がったらしい。


「……ふん。であれば、仕方が無い、か。済まなかったな、脅して。しかし、私であるから良かったものの、オルドスマイスの弟子などに同じようなことをしてみよ。次の瞬間、首が飛ぶぞ。門番をするのなら、情報には気をつけることだ」


 フランが怒って見せたのは、俺を侮辱されたから、というだけでなく、この門番に対する忠告の意味もこもっていたらしい。

 確かに彼女の言うことは最もだ。

 オルドスマイスとは魔王軍四天王の一人であるが、手が早いことでも知られているからな。

 フランのように言葉での対応よりも先に拳が飛んでくる可能性が大きい。 

 そして彼にとっては軽い拳でも、一兵卒にとっては致命の一撃になることもあるだろう。

 それを考えれば、ここで恐怖と共に色々分かっておいた方が門番の命のためでもあるだろうな……。


「き、肝に銘じます……」


「では、進んでも構わないな?」


「もちろんでございます! お二人とも、どうぞ!」


 最初とは全く異なる対応に吹き出しそうになるが、魔王軍ではこういうことはよくある。

 見た目と実力が異なっている、という者が大勢いるからな。

 きっとこの門番はここの門番になって日が浅いのだろう。

 だから仕方が無い。

 そして、俺たちは城の門の中へと入っていくが、フランが最後に門番に振り返って、


「あぁ、そうだ。門番。もう一つ忠告しておくガ……」


「はい?」


「……女性の年齢には安易に触れない方がいいぞ。首が飛ぶくらいでは済まんからな」


 そう言って、先ほどから今までで最も強力な、もはや殺気に近い圧力を門番に向けるフラン。

 それを受けた門番は、白目になって気絶してしまった。

 もう一人いた、おそらくは先輩と思しき門番が、


「お、おいっ!」


 と慌てて駆け寄っていく姿が見え……門が閉じる。

 大人げなさ過ぎないか?

 と思うが、それだけ彼女にとって年齢は重要なのかもしれない……。

 俺も気をつけよう。

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