第147話 探し方

「……しかし、ある程度絞れると言っても時間がかかりそうだな」


 リュヌが改めてネージュの描いた簡易地図を見ながらそう呟いたので、俺が言う。


「……三人で別れて探せば良いんじゃないか? 幸い俺もお前も、そしてネージュも雪山だからって簡単に遭難することはないんだし、わざわざ三人でまとまって行動しなければならないわけでもないだろう」


 もしも俺たちが普通の人間三人組であったら、個人行動をした場合にが遭難の危険や魔物との遭遇の可能性、それに食料の確保とか自らの位置の把握などについて、大きな問題が生じるだろう。

 山をよく知るネージュと一緒でなければすぐに死ぬとも言える。

 しかし俺たちはそういう感じではない。

 ネージュは言わずもがな、何十年と一人でこの雪山で生活してきた真竜であるわけだし問題ない。

 リュヌだって一応、元々は人間であるが、今は俺が作った特製の体を持つ死霊だ。

 これくらいの雪山などで凍死したりすることなどまずない。

 まぁ、ネージュみたいなのに遭遇してしまったらその限りではないかも知れないが、流石に魂まで焼き尽くす術を持つ魔物とはそうそう遭うものでもないだろう。

 俺についてはもちろん、リュヌやネージュのような特別な肉体を持っているわけではないが……二百年研鑽してきた魔術がある。

 雪山で単独行動することくらい朝飯前だ。

 熱源くらい魔術があればいくらでも生み出せるので凍死の危険もないし、いざとなったら空だって飛べるから位置を見失って遭難することもありえない。

 誰にも問題はないな。

 俺の言葉にリュヌは、


「……まぁ、俺は別にそれでも構わねぇぜ。お、そうだ、また競争するか? 氷狼の群れを誰が一番先に見つけるか」


 屋敷での死霊探しで負けたことを根に持っていたらしい。 

 そんな提案をしてきた。

 これにネージュも頷いて、


「面白いの。またやるの。死霊探しはアインが強すぎたの。ここは私の庭だから、今度は私が有利なはずなの!」


 やる気満々でそう言う。

 確かにあの競争はフェアではなかったからな。

 死霊の気配を簡単に察知できる俺にとっては極めて楽な勝負だった。

 雪山での氷狼探しについては、ネージュがそういう意味では有利になる。

 リュヌはそれでいいのかな、と思ってそっちを見ると、リュヌはそんな俺の視線の意味を理解したらしい。

 

「……別に命がかかってるわけでもねぇただの遊びなんだ。そこまで有利不利について目くじら立てることはねぇよ。まぁ、遊びと言っても勝負は勝負だから俺は手抜きはしないがな」


 要はちょっとした余興ということだな。

 そういうことならと俺は頷いて、


「じゃ、今回も競争と行くか。賞品はどうする?」


「うーん、じゃあ私は負けたら秘密の武器をあげるの。お母様が戦って倒してきた人たちの持ってたものを保管してるところがあるから、そこから」


「……雪竜スノウ・ドラゴンの宝物庫ってわけか。なんだか怖いな……」


 俺がそう言うと、リュヌも頷いて、


「何万年も生きた真竜の宝物庫なわけだろ? とんでもねぇお宝がありそうだな……暗殺者時代に知っていたら歓喜してただろうぜ……俺じゃなくて、教会の連中が」


 と呟く。

 確かにありそうな話だな。

 

「だけどその場合は探す過程でネージュに一撃で凍らされて終了だっただろうさ」

「確かにそうか……俺は一回カチカチにされちまってるわけだからな。はーおっかねぇ」


 本当におっかないと思ってるのか謎だがそう言って肩をすくめるリュヌだった。

 

「しかし賞品か……俺から出せるのは魔道具とか魔術とかだな。何かそういうので欲しいものはあるか? 魔道具なら結構色々作れるし、魔術もかなりいじれる自信はあるぞ」


 俺が思いついてそういうと、ネージュが俺に言う。


「すぐには決められないからちょっと考えても良いの?」


「おぉ、別に構わないぞ……だが、それは取らぬ狸の皮算用というものかもしれないからな」


「捕らぬ狸……?」


 首を傾げられてそれが現代では通じないことわざらしいということを俺は察する。

 まぁ、古い時代からどれだけ経っているのかわからないが、そりゃ何百、何千と時が過ぎればそうもなるか……。

 改めて俺は説明する。


「なんだ……狸は流石に分かるだろ?」


「うん」


「あいつの毛皮って結構、防寒用の服の素材とかにいいだろ? マフラーとか」


「そうなの」


「だけど、狸を捕る前に……あの狸をとったら服とかマフラーとかつくっていい値段で売れるだろうから、俺の欲しいあれやこれを買おう、とか計画を立てたりするのは……ちょっと愚かだと思わないか?」


「それはそうなの。とれないかもしれないの」


「……という話だ」


 そこで話を終えた俺に、ネージュは少し考えて、


「……《空飛ぶ竜の鱗を当てにする》、なの!」


 と言った。

 話の流れからして、おそらくそれも諺なのだろう。

 ただ、俺は聞いたことがなかった。

 多分、俺が死んだ後に作られたものだろうな。

 ネージュに、


「それは……今言ったような話と同じ意味か?」


「そうなの。頭上を竜が飛んでいる、その鱗だけでも矢で削れば一攫千金でお金持ちになれる……そんなことを考えるのはちょっとお馬鹿なの、っていう意味なの」


 確かに概ね同じだろう。

 ただ、意味合い的にずれる部分もあるが……こっちの方が愚か者をたしなめる感が強いな。

 俺とネージュの話を聞いていたリュヌがさらに言う。


「……《顔の見えぬ教皇の祝福は与えられぬ》だな……これは皮肉が強すぎるが」


「やっぱり同じ意味か?」


「あぁ。教皇の顔なんて大抵の奴は知らねぇが、庶民は考えるからな。いつかあの方の祝福が自分にも与えられて、出世して……とか夢想するもんだ。だが現実にはな……」


 確かに似た諺だろう。

 だがこれはネージュの言うものよりも更に皮肉が強い。

 教会に対しての批判も入っているようでちょっとそういう意味でも怖いな。

 

「それは庶民が使ってる諺なのか?」


 俺が気になって尋ねると、リュヌは笑って言う。


「……こっそりとな。もちろん、あんまり大声で言うと場合によっては捕まるぜ。教会騎士とかにな」


 リュヌによれば教会騎士は神聖騎士よりも位階の低い教会所属の騎士のことを言うらしい。 数が多く、教会に批判的な言動をした者を引っ張っていくのは主に彼らだという話だ。

 

「一度目の前で言ってみたいものだが……流石にそれは冒険過ぎるか」


「まぁな。だが、あんたなら完全な別人に変装してやるって手もあるぜ」


 物騒な提案をしてくるリュヌだった。

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