第146話 山の状況

「まぁ、雪晶は比較的簡単に採取できそうなことが分かった。これなら、俺たちからボリスに売る感じでも問題ないだろう」


 とりあえずの結論を俺が述べる。

 

「ああ、それでいいだろう。変に与えすぎて居丈高になられても困るからな。ボリスに限ってはそういうこともなさそうにも思えなくもねぇが……人に絶対なんかねぇし、そもそも商人って奴は利益のためなら何でもするのがむしろ普通だからな。手綱はこっちで取れる方が良い」


 世知辛い意見を続けて述べたリュヌである。

 彼は教会の暗部で仕事をしていたわけだから、そういう人間の闇というものをよく知っているのだろう。

 実感のこもった台詞だった。

 俺は俺で、人の生き死にに大きく携わる死霊術師だ。

 リュヌの言うことはよく分かる。

 まぁ、そんな俺もボリスは大丈夫だとは思うが……何かあったら引き上げられるようにしておくのは悪い考えではないだろう。

 あんまり恨みを買うようなことも問題なので、その辺りのさじ加減はしっかりと考えていきたいところだが。


「じゃあ、雪晶自体についてはそれで問題ないの?」


 ネージュが聞いてきたので俺は頷く。


「ああ、そうだな……あとは、こいつの入手先の説明のための、氷狼ひょうろうに挨拶しないと。どこにいるんだ?」


「私も山のどこにいるか細かくは知らないの。大体はこの辺って言うのは分かるけど……まず探さないとならないの」


「そうなのか……ちなみにそれってどのくらいの範囲だ?」


「ええとね……このくらいなの」


 そう言ってネージュが地面に簡単なグースカダー山周辺の地図を描き、氷狼がいそうな範囲を丸で囲んだ。

 それを見た俺とリュヌは顔を顰める。

 というのも……。


「思った以上に広いな……」


「これ、何日かかかるんじゃねぇか……?」


 そういうわけだ。

 

「探すコツを知っていればもう少し短く済むの。たとえば、氷狼は縄張りを持っているの。それは大体、雪豚鬼スノウ・オークの巣や集落の周りにあるから……雪豚鬼スノウ・オークを見つけたらその周りを探すと早いかもしれないの」


「へぇ、それはまた何でだ? 共生してるのか?」


 魔物とて、そういう関係はある。

 それをリュヌも知っているようで、ネージュにそう尋ねた。

 ちなみに広い意味ではネージュという雪竜スノウ・ドラゴンとこのグースカダー山に住む数多の魔物は共生関係にあると言える。

 雪豚鬼スノウ・オークやら氷狼なんかは結局のところ、雪竜によって築かれたこの環境のもとで快適に過ごしているわけだからな。

 雪竜がいなければここが一年中雪に包まれていることなんてないだろう。

 まぁ、山頂付近くらいなら絶対にないとは言えないが、麓にいたるまでのかなり長い範囲にわたって雪と氷の世界なのだ、ここは。

 それは雪竜がいなければ成り立たない環境である。

 ネージュはリュヌの質問に首を横に振って答える。


「違うの。氷狼は雪豚鬼スノウ・オークを餌にしているからその集落の周りに良くいるの」


「……あぁ、なるほど。そういうことか……なんだか雪豚鬼スノウ・オークが気の毒になる話だな……」


 リュヌが少し可哀想な表情でそう言った。

 しかしネージュはこれにも首を振って、


雪豚鬼スノウ・オークもただではやられないの。それどころか氷狼に勝って、食べてしまうこともあるの」


 そう言った。


「なんだか、人間と普通の狼との関係に近いな」


 俺がそう言うと、ネージュは頷いて、


「そうなの。強い雪豚鬼スノウ・オークはよく氷狼の毛皮を被っているの。そういうのを見たら二人とも気をつけるの」


 そう言った。

 強さの象徴として毛皮を身につけると言うことだな。

 

「ちなみにどれくらい強いんだ? 気になるぜ」


 リュヌが好奇心からそう尋ねると、ネージュは少し悩んでから答えた。


「もちろん、時と場合によるけど……一番強かった奴は私も苦戦したの。三十年くらい前に一騎打ちしに来たの」


 つまり例の試合という奴だ。

 それにしてもネージュ……真竜である彼女が苦戦するほど強い豚鬼オークとは。

 まぁ、それでもあり得ない話ではないが。

 どんな魔物であろうとも、極めていけばいずれ世界最強の一角にまで至れる個体というのは生まれうるからだ。

 豚鬼オーク系では珍しいが、しかし俺の前世において魔王軍に与している豚鬼オークの中には一騎当千の者も存在した。

 ゴブリンの中にもそういう者はいたくらいだし、一見して弱い種の魔物だからと言って油断すると恐ろしい目に遭うものだ。

 この山においてもその法則は当てはまる、ということだろう。

 氷狼の毛皮を被った雪豚鬼スノウ・オークにはしっかり気をつけることにしなければならない……。


「ちなみに聞くが、そのときの雪豚鬼スノウ・オークはどうなったんだ?」


 やはり倒してその腹に収めてしまったのか、と思っての質問だったが、これにネージュは意外な答えを返す。


「話してみたら面白い奴だったから、群れに帰したの。今もこの山で生活してるの。たまに試合しにここにやってくるの」


 これを聞いたリュヌは怯えた表情で、


「……相当やべぇ魔物がこの山にはいると思った方が良さそうだな……」


 と呟いた。

 その雪豚鬼スノウ・オークだけでも中々に危険そうだが、この調子でネージュが鍛え上げた魔物が他にもいる可能性がある、と思ったからこその台詞だろう。

 実際、俺が、


「……ネージュ。その雪豚鬼スノウ・オークと同じくらい強い魔物がこの山にはいたりするのか?」


 と尋ねると、ネージュは頷いて、


「……氷狼に人化を覚えた子がいるの。結構強くて、普通の竜くらいなら倒せるの。あとは……あぁ、スノウゴブリンにも一匹面白い奴がいたの。ゴブリンなのに魔術がとっても上手で、私が古い魔術をいくつか教えたの」


 と恐ろしいことを言った。

 

「おい、アイン……この山、マジでヤバくねぇか?」


「……聖地になっているのはその辺りにも理由があるのかもしれないな……まぁ、遭遇しても俺たちなら大丈夫だろう。多分」


「あんたは平気かも知れねぇが、俺は自信がないぞ」


「お前はいざとなったら死霊になって俺のところに戻ってくればいいだろ。体くらい何度でも作ってやる……まぁ、同じ性能のものを望むなら、一ヶ月くらい時間はもらうがな」

 

「今となっちゃ一月も死霊のまま浮かんでるのは辛いぜ……気をつけることにしよう」


「そうしろ」


 俺とリュヌのそんなひそひそ話に首を傾げていたネージュだったが、ふと思いついたように、


「今度、アインたちにも紹介してあげるの!」


 と更に恐ろしいことを言った。

 これについては断ることも出来そうだったが、ただ、気になるのは間違いない。

 しぶしぶ、というか好奇心に勝つことが出来なかった俺は、


「……頼む」


 とネージュに言ったのだった。

 リュヌは慌てていたが、彼も当然道連れだ。

 まぁ、死にはしないだろうし、いいだろうさ……。

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