第34話 目覚め

 ほとんど同じ速度で振るわれた木剣が、カンッ、と一瞬高い音を立ててぶつかり合う。

 しかし、俺はその音が鳴るか鳴らないか、という瞬間に木剣を引き、可能な限り力を受け流した。

 なぜかと言えば、ロザリーの振るっているそれは木剣ではあるが、中に鉄芯が通っている。

 まともに受ければ俺の木剣が折れるのは明らかだからだ。

 その意味で、ハンデをもらっているのはロザリーの方にも思えるが、ロザリーは今の一撃で何かを察したように後に下がる。

 俺も同じだけ後ろに下がり、再度、俺たちの間には距離が出来た。

 けれど、構えを崩すことはなく、お互いの一挙手一投足を注意深く見つめたままだ。

 試合中である。

 当然の話だった。


「……なるほど、また振りが速くなったか?」


 ロザリーが俺に向かってそう言う。

 

「ロザリーと前に試合をしてからも、素振りは欠かさなかったからね。少しは速くなったんじゃないかな」


 ここ、ラインバックに来る途中も、それを欠かしたことはない。

 そうしなければどんどん実力が落ちるのは分かっているからだ。

 加えて、この新しい体に生まれ変わって、元々鍛えていた体を失っている。

 少しでも早く強くなるために、修行は欠かすわけにはいかなかった。

 それに、人間の体と言うのは思いのほか面白いとも思っている。

 魔族だった時、特に晩年は魔力の方はともかく、身体的な成長はかなり緩やかになってしまっていたが、今のこの体はまさに伸び盛りだ。

 毎日、やればやるほど自分の力が増していくのが感覚的に分かる。 

 その事実は、修行のモチベーションを保つことに大きく寄与してくれていた。


「……少しか? 全く、お前の成長速度には目を瞠るものがある……が、まだ負けてはやれん、ぞっ!」


 そう言いながら、ロザリーは俺との距離を詰めて来た。

 容易に回避が出来ないように、横薙ぎである。

 ただし、それは後ろに下がることによって対処できる……と、そう行動するところまでロザリーは読んでいたようだ。

 俺が下がろうとしたところを確認し、片手で持っていた剣にもう片方の手を添え、そしてそのまま急に突きへと移行した。

 最も命中しやすい腹部を狙った、確実な一撃である。

 当たれば当然のこと、俺の敗北だ。

 さらにはこの五歳の体では内臓にまで傷がつき、死ぬ可能性まである……が、まさかそこまでするつもりはないだろう。

 寸止めで終わるだろうし、色々考えるとここで負けておいた方がさっぱり終わる、とは思う。

 色々と追及されても面倒くさい話になってしまうからな。

 ただ、別に俺が自分が生まれ変わりであることを言わないのは隠している、というよりも説明が面倒くさいのと、せっかく俺をこの世に誕生させてくれた両親に申し訳がないから、というのが大きい。

 その辺りをクリアできるのなら別に言ってもいいことなのだ。

 ロザリーについては、正直なところそういった点について、色々と配慮してくれそうな気がする存在であるように思えてきている。

 貴婦人ではあるが、武人らしくはっきりとした性格で、俺の両親のことも良くしてくれる人だ。

 真実を語っても、いいかもしれないと……。

 しかし、いきなり全部言う、という判断は出来なくて、とりあえず色々なところから小出しにし、最後に実は、というような明かし方をしようかなと思っているのだ。

 そのため、ロザリーにはちょっとずつ、持っている手札を見せていっている。

 今日も、その一つを、と思っている。

 だからここですんなり負けてやるわけにはいかない。


 俺はロザリーの突きの方向を確認し、体を半身にすることで回避する。

 ザッ、と木剣と俺の服が擦れる音がし、


「……何っ!?」


 とロザリーの驚きの声が聞こえて来た。

 ……というか、寸止めする気なかったのか。

 危ない叔母さんだな……。

 いや、そもそも初めからあまり当たる気がしていなかったのかもしれない。

 ロザリーの勘は論理的な部分もあるが、そのほとんどが野性的なもので占められている。

 俺がどんな存在なのか、論理的には分かっていなくても、なんとなく、勘の部分で察し始めているのかもしれなかった。


 ロザリーの横薙ぎからの突きは素晴らしく鋭く、また避けにくい良い攻撃だった。

 しかしながら、全く完全無欠な攻撃だった、と言う訳でもない。

 相手の方に深く踏み込み過ぎるゆえに、完璧に外した今回のような場合、その隙はかなり大きくなってしまっていた。

 

 もちろん、そのことはロザリーも認識しており、野生動物染みた反応速度で伸びきった腕を引き、剣を戻そうとしていたが、そんな隙を、俺は見逃すつもりはない。

 ただ、そうはいっても今から普通に剣を振っても、ロザリーが剣を引く速度の方が早く、俺の剣は防がれることは確実だった。

 俺とロザリーの差は、それだけ大きい。

 しかし、俺には、その差を縮めることが出来る手段に心当りがあった。

 一つは、魔力。

 けれどこれについては使うつもりがない。

 いつでも使えるし、いきなり使いだすのは怪しすぎる力だからだ。

 今から俺が使うのは、もう一つの方……つまりは。


 体の奥底に、魔力とは異なる、暖かな力があるのを感じる。

 これは、生命力そのものとも、肉体に宿る意志の力とも言われる力だ。

 前世の俺にはついぞ身に着けることが出来なかった力だ。

 それを今、俺は全身に駆け巡らせる。

 体に大きな力が漲るのを感じた。

 まるで、前世、大人だったときに戻ったかのような、軽い全能感……。

 今なら、と思った。

 今なら、俺はこの剣を、自在に触れるだろう、と。


 そして、俺は感じるままに、剣を振るう。

 ロザリーの木剣に向かって、である。

 極限の集中が見せる、酷く引き伸ばされたい時間の中で、俺は自分の剣の振り方が、《正統流》のものではなく、かつて魔族だった頃に使っていた流派、《幻剣》のそれを行っていることに気づく。

 昔のような力を手にしたような軽い興奮で、無意識にそれを選択してしまったようだ。

 しまったな、とは思ったものの、一撃くらいならいいか、と思って、俺はモーションを続けた。


 剣はロザリーの剣に届き、そして彼女の持っている剣とぶつかり合う。

 俺の持つ木剣は普通の木製のもの。

 ロザリーのそれは、鉄芯入りのもの。

 真っ向からぶつかり合って、どちらが勝つかなど、分かり切っている。


 そのはずだった。

 しかし……。


 ……カァン!!


 と、ここまで鳴ったどんなつばぜり合いの音よりも高く大きな音が中庭に鳴り響き、俺とロザリーは動きを止める。

 それから、お互いの剣を見た。

 俺の剣は、原形を保ったまま、そこにあった。


 けれど、ロザリーの方は……。


「……ふ。まさか、これを破壊するとは、な」


 ロザリーの木剣は、そその刀身が元のそれの半分ほどになっていた。

 しかも、中ほどから、何か鋭利なものに切り落とされたかのように、綺麗な直線形になっている。

 けれどロザリーは不思議そうではなく、たった今、何が起こったのかを正確に把握し、言及した。


「……何をやる気なのかと思っていたが、《気》に目覚めたようだな? アイン」

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