第35話 介抱

 ロザリーの言葉に、俺は頷く。


「……そうみたいだね」


「そうみたい? まるで実感がない言葉だが……」


 ロザリーが不思議そうな表情で首を傾げたところで、俺はがくり、と膝をつく。

 急激に力が抜けて、立っているのも難しくなったためだった。


「アイン!? どうした!」


 ロザリーがそう叫びつつ近づいてきたので、俺は少しばかり冷汗をかきながら答えた。


「……いや、心配しなくても大丈夫だよ。今日、初めてこの力を使ったんだ。だからじゃないかな……」


 その答えにロザリーは納得したように深く頷き、言った。


「今日、初めて《気》を……。なるほどな。そういうことなら、仕方があるまい。あの威力にも納得がいく。おそらく、お前は先ほどの一撃でその身で今扱える最大量の《気》を使ってしまったのだ。だから、体から力が抜け、動けなくなっている……そういうことだろう」


 ロザリーが説明した内容は、俺にとっても理解できる話だった。

 なぜと言って、まず第一に、魔術でも似たようなことが起こるからだ。

 初めて魔術を使用した者は、その威力の調整が利かずに全ての魔力を解放してしまう者も少なくない。

 そしてその場合には、疲労困憊で全身から力が抜け、立つことも出来なくなる。

 そうならないためには師となる人物が注意深く魔術の使用の仕方を管理する必要がある。

 もしも一人で魔力を暴走させてしまった場合、それがただの水を出す魔術を放っただけ、とかなら良いが、森で火魔術を発動させ、周囲を火の海にした上で疲労困憊の状況に、なんてことになったらもうどうしようもないからだ。

 それに、魔力の枯渇は場合によっては死につながることもある。

 近くに魔術を使える人物がいれば対処のしようもあるのだが、そうでない場合にはその場でショック死してしまうこともありうるのだ。


 加えて、魔術の場合のみならず、《気》であっても、同じことが起こることを俺は前世から知っていた。

 実際に体験したことはもちろんなかったが、周囲の《気》を使える者たちが初めてその力に目覚めたときに気絶してしまって酷い目にあった、とかそういう話を聞いたことがあったからだ。

 だからこそ、俺は今日の今日まで、自らの見の奥から湧き出るような《気》の力の存在を感じながらも自ら使うことはなかった。

 ロザリーなどに話して、見てもらいながら使ってみる、という選択肢もないではなかったが、やっぱりせっかくであるからいきなり使って見せて驚かせたいという子供じみた考えもあった。

 いくつになっても新しい技能に目覚めた瞬間と言うのは心が躍るものだからな。

 その試みは成功したようで、ロザリーは続ける。


「しかし、驚いたぞ、アイン。初めて《気》を使って、あれほど効果的に攻撃を加えられる者はいないだろう。よくやったな」


 そう言って、俺の頭をわしわしと撫でる。

 女性らしくない乱暴な手つきだが、気分は悪くない。

 それにしても、ロザリーは美人だが、彼女に対して、俺は何も感じるところがないことを改めて不思議に思う。

 子供だからか、そう言った欲望がないのかと思ったこともあるが、道を歩く美人にはそれなりに思うところがあった。

 しかしロザリーや母であるアレクシアに対しては、いくら客観的に美人だ、と思ってもそれ以上に何か感じるところはない。

 やはり、血縁だから、ということなのだろうか。

 前世がどうであれ、血のつながりと言うのは確かに俺の中に存在しているのだと思い、何か嬉しくなる。

 今の俺にとって、本当に家族だと言える人たちがいるというのは本当に良かった。

 前世では魔族がそうだったが、今の世界にどれだけいるのか、どこにいるのかは分からない。

 それに、あれから年月が過ぎ、俺を知っている者がまだいるのかどうかも分からない。

 誰も血縁者がいなければ、俺はこの世界で一人ぼっちだったと思う。

 そうなれば、俺は何か危険な行動に手を染めていたかもしれないとも。

 もともと、死霊術などという倫理から外れている、と言われるような魔術を極めていた俺だ。

 タガが外れれば、どんなことでもしかねない部分が自分の深いところにあるのは自覚していた。

 ロザリーやアレクシアたち俺の家族は、俺のそういう部分のストッパーになってくれていると思う。


「でも、《気》を使った後に倒れてたんじゃ、使い物にならないね……」


 俺もこれで魔術師としては前世、得意だった方である。

 魔力と同じく不可視の力である《気》の力くらい、初めてでも制御し切って見せるくらいのつもりでいたのだ。

 しかし、実際にはこの通りだ。

 冷汗がだらだらと滴り落ち、自らの力ではまるで立つことも出来ない。

 少しずつ体に力が戻りつつはあるものの、体感的にあと一時間は無理だろう。

 もしかしたらもっとかもしれない。

 そのことに悔しがっている俺にロザリーは笑い、


「初めから自由自在に《気》の力を使える者などいてたまるか。その年齢で使えるようになるだけですでに驚異的なのだぞ。私でも使えるようになったのは七つのときだ。しかも、初めて使ったときは今のお前のように喋ることも出来なかった。なにせ、完全に意識を失ったのだからな」


 七つか。

 確かに俺より二つ遅いことになる。

 だが、確かマルクは八つのときに《気》を感じ取れるようなった、と言っていなかったか?

 だとすると、ロザリーも相当早い方だと言うことになる。

 俺の場合はただ年齢だけ見れば早いということになるだろうが、前世からの武人としての積み重ねがあるからな。

 全く参考にはならないだろう。

 おそらくだが、もともと、不可視の力については魔術で十分にイメージが出来ていたと言うのも大きいと思う。

 全くのまっさらな状態でとなると、七つというのは天才だろう。 


「そうなの?」


「あぁ。無様なものだったと思うが……マルクはそれでも褒めてくれたな。それに比べてお前は立派だよ、アイン」


 そう言って、ロザリーは改めて俺の頭をわしわしと撫でた。

 それから、一応、と言った様子で告げる。


「あぁ、だが、今日のところはもう剣はもたない方がいいだろう。無理に動かすと体に大きな負担がかかるだろうからな。それと……」


「それと?」


「今度からは《気》の訓練もしていこう。そうすれば、これからはお前ともっと面白い模擬戦が出来そうだからな……ふふ」


 その顔には強敵を見つけた武人の獰猛な笑顔がある。

 これは、まずいものを見せてしまったかもしれない……。

 俺はそう思ったのだった。

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