第140話 商売の予定

「……いいのですか? 僕はノルメさまみたいに修行を積んだわけではないのですけど……」


 嘘だ。

 死ぬほど修行を積んだ。

 そして死んで生まれ変わってからも研鑽を続けている……ともあれ、まぁ、一応断っておくべきだろう。

 そうでなければどれだけ自信があるんだという話になってしまうし、高慢ちきな子供に見られてしまうからな。俺が。

 ノルメからそう思われたくはない。

 これにノルメは穏やかに答える。

 小さな子供に言い聞かせるように。


「我々祓魔師エクソシストにとって重要なのは、どれだけ修行を積んだか、ではなくどれだけのことが出来るか、それに尽きます。他の神官たちともなるとまた事情が異なるのですが……我々の場合は実力がなければそもそも生き残ることすらままなりませんからな。一にも二にも、力があるかないか。力があれば適切な仕事を回す。そういうものです。その点、アイン殿には少なくともあれだけの屋敷の悪霊を浄化する力があるのははっきりしている。悪霊による呪いの解呪に要求される能力は、基本的には浄化と同じものですからな……問題ないでしょう」


 その認識は正しいだろう。

 死霊による呪いは浄化によって消すことが出来る。

 しかし、別の原理に基づく呪いは必ずしも浄化で消せるとは限らない。

 呪いにも色々あるのだ。

 たとえば、魔術による認識阻害、あれも広い意味では呪いに分類されることもある。

 けれど浄化をかけたところで解くことは出来ない。

 そういう見極めが魔術師にとって重要なのだが……祓魔師エクソシストにとってはどうなのだろうな。

 これは尋ねてみたいところだが、ここで聞くのは不自然に過ぎるから無理だろう。

 ここでノルメに、認識阻害も広い意味では呪いですよね、あれは浄化では解けないのですか、などと聞いたら子供にしては魔術に対する理解が深すぎると思われてしまうだろう。

 今の俺は魔術はそこまで詳しく知らないが、なんとなくで高い効果を出せる子供として振る舞っているのだから、それに沿って話をしなければ……。

 

「でも、さっき覚えたばかりの詠唱で……大丈夫なのか不安です」


「そもそも詠唱は必ずしも一言一句同じでなければならない、というものではありませぬ。もちろん、先達達が一語一語丁寧に組み上げ、最適な詠唱を探してきたものですので、正確であれば正確であるほど高い効果が発せられるのは事実ですが……アイン殿の場合は、詠唱よりもより深く、浄化を願うことの方が大事です。詠唱にあまり気を取られてはなりませぬ。ただ、願うのです。浄化とは本来そのようなもの……」


 このノルメの考えは俺の知識に照らしても正しいだろう。

 純粋な子供の使える浄化は、その願いに基づく。

 詠唱は関係がない。

 ただ、そういった子供が徐々に大人になり、その思考に不純物が入り込むようになると詠唱は重要性を増していく。

 いわゆる普通の魔術師になってしまうのが普通だからだ。

 威力も低下するし、場合によっては使えなくなることもある。

 それは小さな頃に持っていたはずの純粋性を失うからだ。

 しかし、例外もいて……子供のときのまま、いつまでも同じように浄化や治癒を使い続けられる者もいる。

 そういった者は、古い時代には聖人、聖女として敬われた。

 今はどうなのだろうか……。

 分からない。


「……分かりました。ノルメさまがそうおっしゃるのなら……僕、頑張ってみます」


「その意気です。アイン殿」


 ノルメがそう言うと、


「……お話は纏まったようですね。では、そろそろ……」


 ボリスがそう口を挟んだ。

 俺とノルメが馬車から降りて、少しばかり立ち話する格好になってしまったためだ。

 浄化についての相談だったので、ボリスも中々口を挟みにくかったのだろう。


「お待たせしてしまったようで、申し訳ないですな、ボリス殿」


 ノルメがそう言って頭を下げると、ボリスは首を横に振って答えた。


「いえ、とんでもないことです。浄化についてお二人でご相談されていたのでしょう? それは大事なことでしょうから……」


「ええ、そうですな。ここの住人の浄化についてはアイン殿にやっていただくことになりました」


「は……? そ、それは大丈夫なのでしょうか……?」


 近くにいたが、聖職者との話について聞き耳を立てるのは流石に遠慮したらしい。

 詳細までは把握していなかったようで、ボリスはそれを聞き驚いたようだ。

 流石に小さな子供に呪いの解呪を任せると言われたらそれは驚くのが普通だろう。

 しかしノルメは言う。


「問題ありませぬ。あの屋敷の悪霊を浄化したアイン殿の技量は祓魔師エクソシストとして今すぐに働けるほどのもの。そして悪霊による呪いの解呪は悪霊自体の浄化と変わりませぬ。十分に対応できることでしょう。それに、もしも何か問題がありそうなら、私が手伝いますゆえ……ボリス殿にとってもこの街に高い浄化能力を持った者がいる、というのはいいことでしょう?」


 それを聞いて、俺は意外だな、と思った。

 というのは、ノルメがボリスに俺が浄化できる人間であるという価値について売り込みをかけるような発言をしたからだ。

 寄付については苦いものを感じているようだったので、あんまり金にがめつい人間は嫌っているのか、と思っていたが、必ずしもそういうわけではないようだ。

 商売なら問題ない、という感じなのかな?

 まぁ、実力主義などの現実的な思考を持つらしい祓魔師エクソシストらしいと言えばらしい話だ。

 ボリスはノルメの言葉を聞き、なるほど、と頷いて、


「もしもアイン様にそれがお出来になるのなら……もちろんその通りです。アイン様、いずれ何かありましたら、頼らせていただいても……?」


 これにはどう答えるべきか少し迷ったが、ノルメの考えに乗るのが良さそうだと思った。

 俺は言う。


「そうですね。僕もネージュお姉ちゃんみたいに何か商売が出来ればと考えていました。浄化がそういうものになるのなら、ぜひお願いしたいです!」


 できるだけ純粋そうに言うのがポイントだ。

 内容的にはボリスが頼む分には構わないが金は取るぞと言っているだけだが、ボリスにはただ姉の真似をしようと背伸びしているように聞こえていることだろう。

 少しボリスは顔を引きつらせたが、すぐに、


「もちろん、ただでお願いしようなどとは考えておりませんでしたとも……。その際には適正な金額をしっかり調べた上で、依頼することといたしましょう」


 そう言ったのだった。

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