第217話 真相の推測

『死霊……ですって!? あの鎧騎士が……死霊?』


 信じられないらしいロサに、俺は言う。


「困惑するのは理解できる。死霊の気配くらい、精霊であるあんたにはわかるはずだ、とか、死霊如きがあんなに強いのはおかしい、とかな」


『その通りです……死霊には、独特の気配があります。この世界にあるべきではない、邪精霊にも似た、どこか淀んだ気配が。人間には分からずとも、私たちにははっきりと分かるのです。それに……死霊があそこまでの力を振るうというのは……。死霊は、生きていた時の力の多くを失うことが普通です。霊と魂にそれぞれ力が宿っているが故に、どちらかを失えばその力は最低でも半減する。そして……記憶や思考能力すらも……。それなのに、あの死霊は……もし、本当に死霊だというのであれば、生前の力をそのまま有しているように思えました。ですが、そんなことは……』


「普通なら、ないだろうな。だが、あんたも例外くらいは知っているだろう?」


 俺の言葉に少し考えてから、ロサは言った。


『死霊術師、でしょうか……? ですが、彼らには実際、そこまでのことはできないはずです。死霊をこの世につなぎとめ、使役することは確かにできるでしょう。しかしあれほどの力を持たせ、またこの森に住う精霊の総力を結集した結界に、一部とはいえ穴を開けるほどのことができるとは……』


 正直、これは俺にとって意外な話だった。

 死霊術師の力、その多くをこの精霊の女王は知らないらしい。

 少なくとも俺の生きたあの時代に存在していたのなら知っているはずのことを。

 つまり、この精霊はその後に生まれたのだろう。

 そして、現代においては死霊術師の力というのはさほどでもない、というのが彼女の評価らしかった。

 このファジュル大森林に篭る彼女のような精霊の意見がどの程度、世間一般の常識に従っているのかは疑問だが、大きく外れているということもないだろう。

 だとすれば、今回のこの事件が、彼女の予想外だったことも納得できる。

 これほどのことができる死霊術師、というのは想像の埒外の存在なのだということだからだ。


「……あんたの常識は理解した。だが、俺の常識は違う」


 俺の言葉にロサは首を傾げ、


『と、言いますと?』


「まず、死霊術師の死霊に対する影響力だが……やりようによっては、生前の力のほとんど全てを継承させることは十分に可能だ」


 実際、俺の使役する死霊、ジールやリュヌは、生前と何ひとつ変わらない……それどころか、死者であるが故のメリットも加えられた、生前より強力な能力を持って存在し続けている。

 かつての死霊術師の最高峰に俺が学んだが故、それを可能としている、というところも勿論あるが、当時の死霊術師であれば、一生をかければ一体くらいなら、生前の力をそのまま維持した死霊を使役するくらいのことは不可能ではなかった。

 

『にわかには信じられませんが……しかし、実際にあの鎧騎士は現れたのです。信じるしかないのでしょう……』


「無理にとは言わないが、とりあえず心の隅にでも置いておいてくれ。加えて、死霊術師は界を繋げる者だ」


『界を……?』


「そう、生者の生きるこの世界と、死者の存在する冥界をな。それを理解していない死霊術師は二流、三流であって、死者の本質に触れることは出来ない……」


 これは少なくとも俺が学んだ死霊術において、師匠方に口を酸っぱくして幾度となく言われたことであって、基本のひとつだ。

 これが分かっていなければ、死霊を正しく扱うことは難しい。

 それなのに、ロサは言う。


『そのような話は初めて聞きました。死霊術師といえば、死者を弄ぶことを至上とする、外法の使い手、というのが一般的ではないかと……』


「何……?」


 それは、遥か昔において、人間が主張していた思想だ。

 もっと言うなら、《教会》が主導して広げていた考えである。

 だからこそ、俺は神の領域を冒す者、と呼ばれるようになった。

 初めはただ神を汚す存在として《涜神の輩》と言われていたのだが、それは多くの死霊術師がそう呼ばれていたからな。

 俺だけを特定するために、《教会》は俺個人のみを指す、《冒神の死霊術師》と言う言い方を思いついたわけだ。

 今も昔も人の権力者というのは他人の悪口を考えつき広めるのが上手いということだな……。

 まぁ、それはいい。

 ともあれ、そんな思想が今の精霊にまで広まっているのは……なぜだろうな。

 あの時代と、今の精霊とに断絶があるのだろうか。

 そう考えると、今の時代に、魔族に関する情報がほとんど残っていないことにも納得がいくが……。

 しかしそうだとすると、これから魔族について情報を集めるのが大変そうで気が滅入る。

 とりあえず今はそれについては考えないようにして、話を進めることにした。


「……あんたの死霊術師に対するイメージは理解したが、そうではない死霊術師もいるんだ。界を繋げる……つまり、境界を扱う技術が死霊術師には必須だ。そのため、結界術についてもかなり研究する必要がある。そしてそれがある程度の段階に至ると……多くの結界に対する支配力を得られる」


『支配力……?』


「他人の結界に対して干渉する力が得られる、ということだな。精霊の張った結界についても同様のことが出来るようになる。どこまで出来るかはその者の力次第だが……どの程度だったかは、先ほど説明したな。まとめると、つまり、今回、結界を抜かれたのは、相手が死霊術師だったからだ、と予想されるわけだ」


『死霊術師が結界を抜き、死霊を結界内に入れた、と?』


「その通りだ。転移魔術は現代において実用化されていない。あくまでも理論段階だが、それは物質的なものについてだ。非物質……精神体や魔力そのものなんかは、限定的に転移させることも可能になっている。死霊のみならず、やりようによっては邪精霊も送れたんだろうな」


 この辺りについては、以前もらった本に書いてあった話だ。

 まぁ、それを実用化してるかどうかは書いてなかったが、理論的に可能だということは、やってる奴がいてもおかしくないということでもある。

 ロサはここまでの話に驚きつつも、現実と照らし合わせて納得できる話だ、というのは理解したようだった。


『そんな力を持つ者が、ここに目をつけていたのですね……』


「まぁ、どれも俺の推測でしかないけどな」


 実際、間違っている可能性もそれなりにある。

 ただ、俺の知識や経験、それに今回見た色々な状況からしてもっともありそうな話だ、というだけだ。

 ロサはこれに、


『いえ、他に説明が思いつきませんので、そうだと思っておいた方がいいでしょう。そして、対策もしていかなければ……そのための協力は、していただけるのでしたね? 本当にお願いできますか?』


「それについてはもちろんだ。俺はこの世界を滅ぼしたくないからな」


 そこでやっとほっとしたらしいロサは、ふっと微笑んだった。

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