第84話 受注
「……改めまして、依頼を受けてくださり、ありがとうございます。私が依頼主のセシル・ライラックです」
目の前にいる黒髪の女性はそう名乗り、頭を下げた。
俺たちもつられて頭を下げる……つられたのは俺だけか。
ロザリーは普段そんなことはしない身分なので、おそらく意識的にだろう。
「いえ……。あの依頼はかなり簡素だったのに加えて、報酬が目に留まりまして……」
本を一冊進呈する、という奴だな。
ああいうのもいいのだな、と思ったのが一番だが、そもそも俺は本が好きだ。
死霊術師なんてそうじゃなければやってられないほどに本を読まされるものだからな。
古今東西様々な知識を身につけろと……ってそれは俺の師匠がそういう人だっただけかもしれないが。
セシルは俺の言葉に、ぱんっ、と手をたたく。
「あぁ! あれですね! もちろん本当ですよ。ただ、選ぶからには当然、どこにどんな本があるのか把握したいでしょうが……こんな有様ですからね。選ぶのは全部掃除が終わってからと言うことになりますが……」
見たくないものを見るような表情で自分の家の中を横目で見るセシルである。
かなり間抜けな行動というか、こんだけ汚したのはあんただろうと言いたくなる。
が、せっかくの依頼主にそんなことは言えない。
それから俺は、
「それはもちろんでしょう。では、掃除が終わり次第、報酬をいただけるということで……」
「はい、それで構いませんよ。ええと、ところでお二人は親子と言うことでよろしいでしょうか? お母様の方が依頼を受注されて、息子さんの方も手伝ってくれるという感じで……?」
セシルが俺とロザリーを見てそうつぶやく。
いや、全然違う……とも言えないか。
ロザリーには子供がいるし、その子供は俺と同じ年齢なのだ。
加えて俺とロザリーには血のつながりもあるので、若干似ていると言えば似ている部分もある。
ただ髪の色は俺だけ一族の中で黒なので、まず人はそこに目を留めて、似ていない、と思ってしまうだろうな。
ロザリーの髪は美しい金髪だからだ。
貴族として最上の色とされる。
黒は正反対である。
とはいえ、あからさまにどうこう言われることは滅多にないが。
そういえば、目の前の女性も黒髪である。
もしかしたらそういうことを言われたことがあって、その辺りには相当理解があってそんな台詞が出てきたのかもしれない。
そんなセシルの言葉にロザリーは笑って、
「なるほど、貴女には私とアインが親子に見えるのだな……うれしい限りだ。しかし、違う。血のつながりのある親戚ではあるが……叔母と甥なのだ」
「あぁ! そうでしたか。これは失礼を……」
「いや、構わない……ついでに言っておくと、依頼を受けた主体は私ではなくこちらのアインだ。したがって、私の方が付き添いとか手伝いになるだろうな」
「えぇっ!?」
ロザリーの台詞にセシルは大げさに驚いて後ずさった。
なんだか少しばかり動きが大きい人だが、不快ではない。
素直な人に思えるからだ。
その感じて言うと、ロザリーの言葉遣いも依頼主に対してするものではないだろうが、尊大には聞こえないのはやはり見下すような気持ちでつかっている言葉遣いではないからだろうな。
騎士や軍人としての心から、簡潔な言葉遣いを好んでいるだけだ。
「ええと……あの……こちらのお子さまが、依頼を受けたと?」
「そうだな……なぁ、アイン。間違っていないよな?」
困惑するセシルと、なぜか自信ありげなロザリーに俺は言う。
「ええ、そうですね……。始めに申し上げておきますが、僕で不十分だ、というのであれば先におっしゃってください。この依頼票は掲示板に戻しておきますので」
そういうこともできる、ということはロザリーに聞いた。
というかあそこに依頼票を張るのは無料なのだという。
掲示板自体の保存・修繕に関しては置いてある場所の管理団体がするらしい。
つまり、
なのに金を取らなくていいのか、と思うが、その辺りはボランティア的な精神に基づくという。
正直に言うなら、街の人々の悩みの解決に寄与し、自らの団体の有用性や親近感を高め、知らしめようと言う打算らしいが。
「え? いえいえ。問題ないですよ。ロザリーさんも手伝ってくれるのですよね? それでしたら……」
セシルは俺の言葉にそう返答した。
つまりはあまり俺は戦力として期待されていない、ということだがこれは仕方あるまい。
誰がなんと言おうと俺は五歳児だからな。
大掃除にどれだけ役に立つかと言われても、おそらく立たない、と誰もが言うであろう。
それにセシルの家の中を観察してみるに、どこもかしこも本の山だ。
これを掃除する、というのであれば、本の分類ができる必要がある。
本のタイトルを読み下し、大まかでもいいからジャンル分けできるくらいの教養が必要だ。
普通、五歳児に、それはない。
だが俺にはできる。
だから別にその意味でも問題ないはずなのだが、それをあえて今、セシルに言うこともないだろう。
俺がぷんすか怒りながら僕にだってできます、とか言ったところで、はいはい、良かったね坊や、で終わりである。
実際に作業に移ってから、能力を見せればそれでいいだろう。
とりあえず今のところは……。
「それなら、良かったです。僕たちが依頼を受けても構わないということですよね?」
「ええ……それにしても、アインくんはなんだか賢そうですね? その年にしては言葉遣いがしっかりしています。このくらいですと、家庭教師のついている貴族の子供でも、敬語の類はあまり上手ではないのが普通ですが……」
おっと。
やりすぎたかな。
少し調整しなければ、と思っていると、セシルの言葉に反応したのはロザリーだった。
「おや? そのような子供と接したことが?」
確かに、そういった貴族の子供と接触することは普通の平民にはあまりないことではある。
しかしセシルは実際にそれを知っているような口振りだった。
どういうことかな、と思ってセシルの返答を待っていると、彼女は特に隠すことなく言った。
「あぁ、以前、私も教える側として働いていたことがあるのですよ。その縁で、たまにそういった子供と接することがありまして。タイムラース王立学院をご存じですか? 一年前まで、私、あそこで働いていまして……」
と意外なことを。
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