第83話 訪問
「どうやらここのようだな……」
石造りの、頑丈そうだがだいぶ古びた家の扉の前に俺とロザリーは立っていた。
雑用依頼に記載してあった、依頼主であるらしいセシル・ライラック。 その住む家がここらしいからだ。
このような家屋はラインバックでは珍しくなく、海沿いの街であるからからどれも非常に頑丈そうに作られている。
きっと嵐にもびくともしないだろう。
反対にすぐに建て直しが利くように、と市場なんかは簡素な小屋というか建物でやっていることが多い。
そのあたりのバランス感覚は、長年ここで住んできた住民たちの経験によって養われてきたものなのだろう。
ハイドフェルド伯爵家の領地のノフェル領は平野部に作られているので建物自体の作りはそこそこであり、しかし魔物から身を守るために外壁が恐ろしく厚く堅く作られている。
同じ国にあっても、地域によって色々と事情は異なる、というわけだ。
ラインバックの城壁も頑強なのは間違いないだろうが、海の方から魔物が来ることもあるためにノフェル領の都市とはまた違ったりとかな。
まぁ、それはいいか。
「特に訪ねる時間とかは書いてなかったから、扉を叩けばいい?」
その辺りの指定が細かい依頼も掲示板には張ってあったが、セシルのそれには特になかった。
だからこそこうしていきなり訪ねているわけだが、もしかしたら場合によっては失礼にあたるのかもしれない、と思っての質問だった。
何も書いていないときはこの時間帯に行くべきだ、みたいな暗黙の了解もあるかもしれないしな。
これにロザリーは縦に首を振って、
「それで構わないぞ。初めての依頼だ。お前が主体になってやってみろ」
と五歳児に対してはかなり厳しめの要求をする。
というか、俺がよくても依頼主側の方が困惑しそうだな。
せっかく依頼を出したというのに五歳の子供が「ぼくがいらいをうけました!よろしくおねがいします!」と言われても……。
それはそれでかわいい気はするが、ガチのマジで猫の手も借りたい、というときにそんなのが来たら額にぴきりと来る可能性もなきにしもあらずであるのは間違いない。
……その辺りはしっかりと見分けて、やばそうならそうそうにロザリーに主導権を渡すことにしよう。そうしよう。
ただ、とりあえずはやってみるだけやってみる。
俺はロザリーに返答する。
「分かった。がんばるよ……」
それから、扉を二度、ノックすると……。
『あっ、はーい……』
という声が扉の向こうから響いた、と思ったら、
『……わっ、うわっ、あ、きゃああああ!!!』
という叫び声が続いて聞こえ、さらにその後に、ドンガラガッシャーン!という轟音が鳴り響いた。
まだ開いていない扉の隙間から、ほこりが少し漏れていることから、きっとやらかしたのだろう、ということが分かる。
「……ロザリー、これ、開けちゃっても良いかな?」
「非常事態だろうと言うことで許してもらおう。もし問題になっても謝ればいいさ」
そういったので、俺は扉を開く。
すると、もくもくと煙のようなほこりがあがってきたので、とりあえず手で仰いで軽くとばしながら進んでいく。
本当なら魔術で吹き飛ばしたいところなのだが、ロザリーが後ろにいる。
流石にこの距離で無詠唱で魔術をつかっても、彼女であれば気づくだろう。
二流、三流どころならごまかせないこともないと思うのだが、ロザリーはそんなぼんくらとは違う。
魔力なんかを隠匿しても、小さな違和感から色々と疑問を抱く可能性が高い……まぁ、そんなことを言ったらすでに俺は彼女からすでにかなりの疑問を抱かれているのだろうがな。
さっさと言えることは全部言ってしまった方が早いのかもしれないな、と思うことも多いが、せめてもう少し成長してからにしよう、と思っている。
それで、しばらく進むと、
「……あだっ!」
という声が足下から聞こえてきた。
ふと下を見ると、何者かがうつ伏せになっているのが見えた。
俺が踏んでしまったかな?
と思うも、俺の足の裏には特に感触はない。
よく見れば、彼女の背中に本が積み重なっていた。
たぶん、色々と崩れたときに落ちて、残りがまた今落ちた、というところだろう。
大掃除なんてしているとたまにあることだな。
普段からこつこつ掃除して整理整頓をしておけばこんなことにはならないのに、気が向いたときに、唐突に全部整理しよう、なんて思うからこんな事態になるのだ……。
俺も人のことは言えないが。
前世は俺も似たようなことを何度かやった。
本を大量に部屋の中に置き、読み、重ねていく……という生活を続けていると気づいたときには自分の背丈より高い本の塔がいくつもできあがっていたりする。
それで、整理しなければ、と思ってやり始めると、これと同じような事態に陥るわけだ。
魔術でぱぱっと片づける、ということもできないわけではないのだが、魔術書の類はそれ自体に繊細かつ高度な魔術がかかっていることも少なくなく、変に他の魔術で干渉するとせっかくの術式を破壊してしまうことにもなりかねず、手作業で片づけざるを得なかった。
はじめからそういった魔術書はこっち、通常の本はこっち、と整理しておけば、そういう手間もかなり減ったに違いないが、それそれもしない不精者だった俺……実に人のことは言えない。
今、床に倒れ伏している人物にひどく親近感を感じ、俺はほこりのせいなのか今、過去を思い出したからなのか理由の分からない涙を拭いつつ、言った。
「……大丈夫ですか? 立てますか?」
「うぅ……た、立てっ……背中が重い……です……」
自力で立とうとして、その背に積みあがった本の量に圧死しそうな声を出すその人物。
俺とロザリーは目配せして、とりあえずその書物の山をどかす作業から始めることにした。
*****
「……はぁ、やっと立てたぁ……あ、あれ? 貴方たちは……?」
立ち上がったその人物は、汚れたローブを身にまとった妙齢の女性だった。
ほこりと煤で顔が汚れて判別が困難だが、若いのは間違いないだろう。
瞳には知性の輝きを感じるし、俺の目から見ると、中々の魔力を持っていることも分かる。
「あぁ、名乗り遅れました。僕たちは
俺は頭を下げつつ、そう言った。
一人称が僕、なのは私だと少々堅苦しすぎるし、子供らしさが全くなくなってしまうからな。
体に由来する舌足らずさでごまかせる部分もあるが、やはり年齢相応の一人称選びは大事である。
貴族相手となると失礼にならないように私、を基本としていくつもりではあるが。
俺に続いてロザリーも頭を下げ、
「ロザリーです。よろしくお願いします」
という。
ファミリーネームを名乗らないのは、そこを名乗ると貴族だと明らかになってしまうからだな。
こういう雑用依頼ではその辺りは必ずしもしっかり名乗る、というわけでもないから問題ないだろう、とはロザリーの話だ。
実際、目の前の女性は特に不審な目は向けずに、
「あぁ! 受けていただけたのですか! よかったぁ……このままでは私もこの家の藻屑と消え去るところでしたから……。本当によかった……」
と安心した声を出した。
……なんだか、俺たちの方が不安になってきたが、大丈夫かな?
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