第82話 雑用依頼
「どうして?」
「暇な狩猟人、というのはたとえば……。普段数人でパーティーを組んで大きな依頼に挑んでいるような者たちがいるわけだが、彼らは毎日それをやるわけではない。体力的にも精神的にも、そういった大きな依頼というものは消耗する。休息を適宜挟まないと難しい。そういう休息時には、パーティーを崩してバラバラに活動したりすることもあるが、複数人ならともかく、一人で大きな依頼には挑めないわけだからな。酒代や宿代くらいは稼いでいきたい、と思ったときに、小さな依頼を受けるか、ということをまず考えることになる。しかし、せっかく休息しているわけだ。あまりドンパチやってしまうと意味がない。じゃあ、何か……と考えたとき、ちょうどいいのがこういった、雑用依頼なわけだ。その日の酒代や宿代くらいならなんとかなる場合も多いからな」
なるほど、分からないでもない話だ。
魔物と命を張って戦うより、町で雑用を片づけた方が気が楽なのは当然である。
本来なら何もしないのがいい、と考える者もいるだろうが、流石にそれでは手持ちぶさたすぎる、という者もいるだろう。
後者の感覚を持つ狩猟者が積極的に雑用依頼を受けるわけだ。
ロザリーは続ける。
「稼ぎの少ない狩猟人というのはそのままだな。駆け出しとか、腕が悪いとか……特殊な例としては、そもそもそんなにがんばって稼ぐ気がない、というやつもいる。そういう者にとっては、日銭を稼げる雑用依頼はありがたいものなのさ。こつこつこういうのを受け、金を貯め、良い武具を買ったり、武術や魔術の訓練を受けたりして、少しずつ実力を上げていく。そしていつかは強力な狩猟人になる……こともある」
夢半ばであきらめる者も少なくない、ということだな。
武術にしろ魔術にしろ、最終的には才能の有無で語られることも多い。
本当にそうなのか、と言えば必ずしもそうとは言えないと思うが、あきらめるときに一番、すんなりと思いを断ち切れる言葉が、《俺には才能がなかった》なのは事実だ。
才能がなくても他の誰よりも、本当の意味で努力した場合には頂点にたどり着ける場合もあるだろうし、才能があってもろくに修行もしないようでは、最底辺すら抜けられないこともある。
何をやるにしても、あまり才能の有無、というものに縛られすぎないことが大事なのだな。
もちろん、あきらめることも悪いことではない。
他の道の方が向いている者もいるだろうし、誰かのためにとか、現実と折り合いをつけようとか、様々な理由が人にはある。
そのために、自分の心を離れさせるために、何か言い訳を探して信じるのもいいだろう。
「狩猟人しか雑用依頼は受けないの?」
「そういうわけでもない。さっきも言ったが、これはここに間借りしてるだけだからな。他の場所にもある。
「内容は全部同じ?」
「いや、依頼主の方で好きなところに張る。全部に張りたいならそれも自由だが、紙だって墨だって無料ではない。紙ではなく木の板でも構わんのだが、それだって同じだ。だから、受けてくれそうな者のいるだろうどこか一つを選んで、というのが多いな。割と狩猟人は選ばず何でも受けることが多いから、ここに張られることが一番多い」
「そうなんだ……」
傭兵とか魔術師、というのは腕っ節や学問が必要なものを受けそうだな、という感じがするので、そういうことかな、と思う。
狩猟人は……そもそも誰でもなれるから、人材がごった煮のようになっているから、という感じだろうか。
面白いものだな。
にしても……。
「こんなのもありなんだ? 《依頼:大掃除 報酬:何か一冊、我が家から好みの本を進呈する。依頼主:セシル・ライラック……》」
それは、ふと見つけた依頼だった。
報酬は金銭で、というのが普通なのかと思ったが、これは物である。
しかも本か。
確かに、本は基本的に安くはないもので、売ればそれなりの金になると考えればいいのかもしれないが、この依頼の感じからするとちょっと考えてしまうな。
本にだって安いものはある。
それは、虫食いが酷いとか、装丁がなくなってるとか、そんなものだ。
あとはどこの国の本か分からないのでそもそも読めないとかな。
大掃除、と言うところから、どこか本が奥の方にあるのを見つけて、これなら人寄せができると思ってこういう依頼の出し方をしているのかもしれない。
だとすれば、結構割に合わないものの可能性もある……。
そんなことを考えながら依頼票を見ていると、ロザリーがふと、その依頼票に手を伸ばし、そして掲示板から取った。
「……何をしているの?」
「そんなに気になるのなら受けてみればいいではないか、と思ってな。なに。何事も経験だ。一度くらいこういうのを受けてみてもいいだろう」
「いや……」
そんなつもりじゃなかったのだが……。
ロザリーが受けたいというのなら、それでも別に構わないんだけどな。
それに、何事も経験、というのは事実だ。
俺はこの時代の、一般的な町の人間の生活というものにあまり触れていない。
レーヴェの村はど田舎だし、フラウカークはほとんどハイドフェルドの屋敷にいたわけだしな。
典型的なお上りさんの俺には、ちょうど良いというのは本当の話である。
「なんだ? 嫌なのか?」
ロザリーに心配げにそう尋ねられたので、俺は首を横に振って答える。
「そんなことないよ。ただ、本当にいいの? ロザリーは一応、貴族なんだし、こういうのは……」
「一応どころか貴族ど真ん中なのだが、それはとりあえず置いておいてだ。別に相手に言わなければそれでいいだろう。それに、昔は私も結構こういうものは受けたからな。タイムラースで学生をやっていた自分に小遣い稼ぎに」
タイムラースで学生を、というとテオが言っていた学院のことか。
ロザリーも行っていたのだな。
基本的には家庭教師だと思っていたが、それだけだと視野が狭くなると思って行かせた、というところだろうか。
総合的に優れた人間を育てるための教育機関ということだったし……。
それとも、この国の貴族はみんな必ず行かなければならないとかだろうか。
流石に強制かどうかまでは詰めて聞いたり調べたりしたことがないから微妙だが、だいたいはそんなところだろう。
しかし、ロザリーは以外と苦学生だったのかな?
「お金がなかったの?」
「有り体に言えばな。もちろん、学費や授業に必要なもの、食費などについては最低限送ってくれたが、それ以外にほしいなら自分でなんとかしろと……。我が父親ながら厳しく育ててくれたものだ。周りは私と同じような扱いか、潤沢な資金を持っている者の二通りに分かれていたな。といっても、前者の多くは、実家があまり裕福ではない者だったが。あえて、という場合はそれほど多くなかった」
確か、学院というのは貴族の他に裕福な商人の子供や、才能を認められた平民が一部いるという話だったか。
経済的にロザリーと似たような状況に置かれた者たちというのはそういう平民とか、貴族であっても爵位が下で稼ぎが少ない、という者たちなのだろうな。
「ま、学院の話はいいだろう。それより、この依頼、受けるということでいいな?」
「うん。ロザリーがいいなら」
「よし、では早速、ここに書いてある場所まで行こうか。この依頼主の家だな……」
そういって、ロザリーは早速歩き始めたので、俺もそれを追った。
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