第56話 屋敷の異変

「あ、そうでした。肝心なことをお聞きするのを忘れてました……」


 ジャンヌがふとそう言ったので、俺も思い出す。


「そうだったな……。師匠と伯母様のどちらでも構わないのですが、魔術についてお聞きしたいことがあるのです」


「ん? 何かな」


「何でも聞くといい」


 ジールとロザリーがそう言って俺に質問を促したので、朝、ジャンヌとの間でした会話や経緯を話し、魔力の自覚や放出についての訪ねた。

 すると、二人は顔を合わせて頷き合い、それからジールが話し始めた。


「その辺りのことはしっかり話してなかったね。不安がらせたようですまなかった。一般的にはあまり気にする子供がいないし、アインにしてもジャンヌにしても、これほど早く魔力を扱えるようになるとは思ってなかったから遅くなってしまったよ。それで、質問の点についてだけど……」


 それから、ジールは俺がジャンヌに話したのと概ね同じ内容を説明した。

 つまり、魔力の自覚、放出、そして自在に動かすこと……これは魔力の支配、と昔は言っていたな……そのいずれが先に出来るようになるかは人により、そしてどれが初めに出来たからと言って問題があると言うものではないということだ。

 どれが早くできたかによって、どんな魔術に適性があるのか、などの資質を見る、ということはあるが、そのくらいの意味合いしかない。

 最終的には全部出来るようになるのが普通だ、とも。

 ジールとロザリーはそこで説明を止めたが、厳密に言うなら、魔力の自覚、放出、支配のいずれかが出来ない、という者も稀にいる。

 俺が前世において気を全く使えなかったように、魔力についても特殊な体質の者はいるということだな。

 しかしこれは滅多にないことだし、それを心配するのは問題が発見されてからでいい、という判断だろう。

 先に言ってしまうと不安をあおるだけだ、というのもある。

 その結果、本来は出来るようになるはずなのに、出来ない、という自己暗示をしてしまっていつまで経っても出来なくなる、なんてことも起こりうる。

 だから、もしも最終的に自分が魔力の自覚、放出、掌握が出来ない、なんていう事態になり、その事実をあとで知ることになって落ち込むことになる可能性があるとしても仕方がないことだ。

 ただ、ジャンヌについては魔力の放出については間違いなく出来ることははっきりしている。

 自覚と掌握について万が一できなかったとしてもある程度までの魔術は間違いなく使えるようになる。

 だから、そこまで心配する必要もない。

 これが、魔力の放出が出来ない、という場合になると魔術は結局使えない、なんてこともありうるのだが、その場合はその魔力を身体能力に転化する方向に進むのが昔は一般的だった。

 今はどうなんだか分からないが……まぁ、ジャンヌについてはそれは考えなくてもいいだろう。

 ジャンヌはジールたちの説明を聞いて安心したようで、


「それならこのまま頑張れば、魔力を感じられるようになりますのね!」


 と明るい表情で言う。

 ジールはそれに頷き、


「ああ、そういうことになるね。ただ、魔術の訓練というのは思っている以上に精神力を摩耗させる。特に放出については注意が必要だ。疲れたな、と思ったらすぐに休みなさい。そうしなければ、かえって習得が遅れてしまうからね」


「はい!」


 実際、ジャンヌはかなり根を詰めてやるというか、一度集中したらいつまでも取り組み続けることが出来るタイプだ。

 何かしら大成することが出来る人間には共通する美点でもあるが、しかし魔術の訓練においては危険と隣り合わせである。

 まぁ、無理したところで気絶するくらいで済むのだが、貴族のご令嬢が訓練しすぎて気絶というのもよくないだろう。

 あんまりおかしな転び方をして大怪我、なんてこともありうるしな。

 もちろん、普段から侍女が周りにいるから、そのような場合には即座に抱きかかえてもらえるだろうが、自ら気を付けてもらうに越したことはない。

 

「さて。魔術についてはそんなところでいいかな。今日はしっかりと剣の方の訓練をしよう。魔術にばっかり一生懸命になって、剣術を疎かにされると、僕としては少し寂しいんだよ」


 ジールは肩を竦めてそう言った。

 彼の本質は剣士であり、魔術は補助的なものである、ということだな。

 といっても、神聖剣というもの自体が魔法剣士の性質の強い流派であるから、魔術はそこそこで、というわけでもないだろうが、主軸はもちろん剣術の方だ。

 それから、俺とジャンヌは木剣をとって、修行を始める。

 今日の修行は一段と気合が入っていて、いつも以上に大変に感じられたのは、本当にジールが寂しがっていたから、というわけでもない……と思う。


 *****


 次の日。

 朝は、ジールたちと共にする修業とは別に、ロザリーと正統流の訓練をしているのが、そこに向かう途中、屋敷の中が少し慌ただしかったので不思議に感じた。

 ロザリーに訓練の最中そのことについて聞いてみると、


「あぁ、今日は侯爵とジャンヌ殿がお出かけをされるということだからな。なんでも、王都から教会の大司教猊下がいらっしゃるということだ。このラインバックの教会には司教猊下がいらっしゃるが、その監督にな」


「教会……」


 俺がまだ、よく把握できていないところである。

 昔にも教会は存在したが、今の教会と同じなのかどうかがそもそも分からない。

 あの頃から続いているものと同一だと言うのなら、あまり好むところではないのだが……。

 

「あぁ、アインはまだ行ったことがなかったか。七歳になったら洗礼をするのがカイナス王国の貴族の習いだが……テオはどうするつもりなのかな」


 七歳か。

 昔は三歳くらいで、だった覚えがある。

 もちろん、俺は魔族だったのでそんなもの受けておらず、ただ敵方の情報として知っているだけだ。

 まぁ、三歳でやってもそのあとどれだけ生き残るかわからないが、七つにもなればおそらくはそのまま成長していくだろう年頃だ。

 貴族は自らの子供を、色々な意味で大切にするもので、遅めの方がいいのは分かる。

 ただ、教会としては出来る限り早めに洗礼して信者として取り込みたいというのもあるだろう。

 大人になってからだと、もういい、となりがちだからな。

 その辺りのバランスで七歳くらいになっているのかもしれない。

 

 しかし、洗礼か。

 俺も一応、貴族と言えば貴族の一員ではある。 

 それが習いだ、というのならやらざるを得ない。

 ただ、あまりそう言った話はテオからもアレクシアからもされていないな。

 そもそも……ロザリーとか神を信じるっていうタイプにも見えない。

 そのあたりどうなのだろう。


「ロザリーは神様がいると思っているの?」


「……ふむ? どうかな。戦いの場では祈る時もある。かといって熱心な信徒かと言われるとな……おっと、これは人に言ってはならないぞ」


 ……どうも、そこまでというわけでもなさそうだな。

 だからだろうか。

 大司教がここラインバックに来ると言うのなら、ロザリーも挨拶に行ってもよさそうなのに行かないのは。

 その辺りについて聞いてみると、ロザリーは答えた。


「本来、礼儀としてご挨拶に行くべきだろうが、どうも急に決まったようでな。私が行くと言うのは向こうにも余計な手間をかけさせるだろうと遠慮したのだ。その代り、ケルドルン侯爵にはことづけを頼んである。ご挨拶に行きたく思ったが、ご迷惑をおかけすると考え遠慮させていただく、とな」


 急に決まった、か。

 教会も組織であるから、きっと内部では色々あるのだろう。

 俺には伺い知れないことだが……。

 まぁ、話を聞く限り、俺にはあんまり関係なさそうだな。


 そう思って、俺はロザリーと訓練を再開する。

 今日も模擬戦を最後にしてみたが、俺が《気》を使い始めたのでロザリーも少しずつ使い始めると、簡単に負けた。

 やっぱり年季の差がすごい。

 魔力を使えばもっと戦えるのだが、そういうわけにもいかないしな……。

 剣の道はやはり、遠いな、と思った俺だった。

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