第55話 魔力放出のお披露目

「凄いですわ! わたくしなんて、まだまだぜんぜんですのに……」


 これは若干失敗したか。

 俺がすでにできている、ということで余計に落ち込んでしまったようだ。

 しかし、俺はジャンヌを励ますためにやっている。

 ただ技能を見せびらかして終わり、というわけにはいかない。

 俺は言う。


「……ジャンヌ。俺は確かに少し早く出来たかもしれないけど、分かってほしいのはそこじゃないんだ」


「では、どうして……?」


「ジャンヌは、魔力を感じ取ることはまだ出来ていないかもしれないが、放出することは出来たから、そうやって絵筆にインクをにじませることが出来た。ここまではいいな?」


「……はい」


「だけど、それでも魔力が感じ取れない。だから落ち込んでいるみたいだが……それは心配することじゃないよ。俺もそうだった」


「え?」


 俺の台詞に、かくり、と首を傾げるジャンヌ。

 俺は続ける。


「俺も、出来たのは放出が先だった。けど、魔力を感じ取れるようになったのは、それからしばらくしてからだったんだ。だから、放出することが出来たら、感じ取ることもそのうち出来るようになるものなんだと思う。だから、心配することはないんだよ」


 実のところ、これは、嘘ではない。

 俺の主観だともう二百年近く前の話になるが、一番最初に魔術を覚えたときはまさにその順番だった

 と言っても、魔族の魔力量はちょっとあれだからな。

 魔道具を使ってやったわけでもなく、かなりの被害を出した記憶がある。

 師匠がお前は悪くない、としきりに慰めてくれたわけだが……まぁ、魔族は丈夫だ。

 魔力の暴走によって、誰かを殺してしまった、なんてことは幸いなかった。

 そう、俺の魔力の放出とは、つまり魔力を暴走させてしまったということだ。

 あれも放出には違いない。

 それから師匠について徐々に魔力を理解し、扱えるようになっていったわけだ……。

 ジャンヌとは色々と大幅に違う気もするが、構造は同じだ。

 放出から覚えて、次に魔力自体を感じ取れるようになる、という順番は。


「アインも……そうなんですの」


「もちろん、絶対そうだとは言えないけど……ま、そこのところはジールかロザリーにでも聞いてみれば分かるだろうさ。早速聞いてみるか? 今日も修行だしな」


「ええ、そうしますわ」


 *****


「……驚いたな。もう魔力を……」


 ケルドルン侯爵家の中庭で、ロザリーが驚愕の表情で空を背中につけた羽でぱたぱたと跳んでいる空猫スカイキャットの魔道具を見つめている。

 ジールも似たような顔であり、


「……剣術の型もすぐに覚えてしまったしね。あまり弟子にこういう言い方はするべきではないと思うが……君は、天才なのかもしれないな」


 いやいや、そんなものじゃない。

 俺はむしろその反対で、積み重ねでしか何も身につけられなかった男だ。

 今回は初めから知っている、というズルがあるからなんでも簡単にできているように見えるだけの話である。

 神聖剣の型だって、長年の《幻剣》の修行によって剣の扱いや構え方についてはかなりの研鑽があるからこそ、すんなりと身に入っただけだ。

 

「師匠、わたくしは?」


 俺ばっかり褒められて少し嫉妬しているのか、ジャンヌがそう尋ねると、ジールはジャンヌの頭を撫で、


「君も相当なものだ。というか、ジャンヌ。君くらいの年でこれだけやれるのは間違いなく才覚がある。アインはね……なんというか、もっと正直に言うと、少し、おかしいんだよ」


 心外な話だが、ただ感覚としては間違っていないだろう。

 二度目の人生を生きている俺におかしさを感じるのは当然の話だ。

 ジャンヌもそこまでは分からないだろうが、しかしこれには納得らしい。


「たしかにアインはちょっと凄すぎますの。本も、この間までわたくした読んで差し上げてたのに、今は大人が読むような本も一人で読んでしまうのです。わたくしも少し目を通してみましたけれど、すぐに眠くなってしまいましたわ……」


 図書室通いも続いている。

 ジャンヌと一緒に行くことが多く、お互いに好きな本を選び、予定の時間までずっと読んでいることが多い。

 最初はジャンヌが朗読してくれていたが、申し訳ないが自分で読みたくなってきたのと、難しい本については朗読してもらうのは流石に無理だろうと思ったため、ジャンヌも好きな本を読んでくれて構わない、と誘導して、それぞれの読書の時間とすることで問題を解決した。

 俺が本を読んでいる間、ジャンヌも絵本や子供向けのものをたくさん読んでいる。

 少し難しいものにも手を出すようになってきており、この年にしてはかなりの勉強家になっていると思う。

 

「君はそんなことまで……。色々な子供を見て来たけど、君のような子供は初めてだよ、アイン」


 ジールが呆れたようにそう言うとロザリーも頷いた。


「だからこそ面白い奴ではあるのだがな……。しかし、一つ一つについては出来る子供もいないわけではない。これから先、お前がどうなるのかはこれからの努力にかかっている。子供の頃は神童と呼ばれていても、大人になってみると何か小粒になってしまったな、という者も少なくない」


「その通りです。なまじ才能があると、増長してしまうのか……アイン。君にはそんな風になってほしくない。剣の道も、魔術の道も、果てしなく遠いものだ。今に満足せず、努力を続けていかなければならないよ……って、少し、説教くさかったかもしれないね」


 ジールがそう言いながら、頭を掻くが、俺には彼が言いたいことはよくわかる。

 どちらの道も、遠かった。

 いや、未だに辿り着きたい場所には辿り着けていないのだ。

 どこかで慢心し、自分は誰にも負けないのだと思ったままだったなら、この程度の腕にすらなれなかった。

 もちろん、そういう瞬間は若いころにはあったが、その度に何かに鼻っ柱を叩き折られてきた。

 そのことは俺にとって大事な財産となっている。

 上には上がいるし、道はどこまでも続いていると。

 死すらも終わりではなかったのだ。

 俺はまだまだ、走っていく……。

 だから俺はジールに言う。


「もちろんです。説教くさくなど……。もしも私が、そんな風になってしまったら、そのときは遠慮せず、この鼻を叩き折ってください」


 すると、これに先に反応したのはロザリーだった。


「安心しろ。その役割は私が負ってやるからな」


 にやり、と笑いながら言う彼女に、この人は本当に物理的に鼻を叩き折りそうだな、と思った俺だった。

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