第54話 ご褒美

 マリアの作った魔道具をマオに組み込む。

 それはどういうことかと言えば、そのままの意味だ。

 マリアの魔道具……治癒全般に効果があるから、完全治癒器とでも呼ぼうか。

 これは非常に高度な魔道具で、その設計思想は、これを使用した場合、対象者の不調を読み取り、適切な治癒魔術をかける、というものだ。

 手順としては極めて単純に思えるが、その実、対象者の不調を読み取る、というところに高度な判断が必要だ。

 人の体は不思議なもので、様々な部分が相互に連関して動いている。

 どういう事かと言えば、足を怪我した人の足を治癒魔術でもって直すと、なぜかしばらくして他の部分の調子が悪くなった、なんてことも起こる。

 場合にもよるが、未熟な治癒魔術をかけたがゆえに、その辺りの皮が突っ張って、結果として引っ張られた部分が痛くなったとか、治癒したはいいが体内に病の種が残ったまま直した結果、それが外に出て行かずに重篤になってしまったとか、そういうことも起こる。

 魔力が関わる病になるとさらにこれが複雑になっていき……と、治すといってもそう簡単な話ではないのだ。

 ただ、人が人に治癒魔術をかける場合には相手の反応や魔術がどうかかっていっているかを肌で感じながらかけられるので、治癒術に習熟した治癒術師の手によればそうそう問題は起きないのだが、マリアの魔道具はそう言ったことをすべて、魔道具に代行させるという設計思想で作られている。

 つまり、人のような高度な判断力が魔道具自体に必要になってくるわけだ。

 だからこそ、これは使える。

 何に、というかというと、マオの知能に、である。

 実は、完全治癒器のその部分は、俺もかなり協力していると言うか、俺の専門といえるところだったので、ほとんど俺が担当した。

 マリアが主に行っていたのは、治癒魔術の魔道具による再現の方だな。

 そういうわけであるから、その《判断を行う部分》については俺はいじくれる。

 なぜ、これが俺の専門家と言えば、それは死霊術に必要な知識だからだ。

 なぜ、人がものを考えるか、何をどう判断するのか、そう言ったことは遥か昔から死霊術師が積み上げ、考え続けたことで、だからこそ、魔道具にし、疑似的にだが同じ働きをさせることが出来る。

 もちろん、生き物や死霊のそれと全く同じかと言われるとまだまだ分からないのだが……。

 それでも、疑似的な知能として使うことはできる。

 実際、死霊術において、死霊それ自身が極度に摩耗しすぎてあくまで死体の存在を維持するための核としてしか使えず、物事の判断や思考については魔術によって構築した機構に代用させる、ということはよくある。

 それを魔道具方向に洗練させたもの、ということだな。

 ただ、そもそも生き物の動きや思考をなぞらせるものとして作ったわけではないので、その辺りは改造が必要だが……出来ない相談でもない。

 さすがに一日二日じゃどうにもならないが……こつこつやっていくことにしよう。

 とりあえず、今日は分解して、大まかな計画を立てて終わりにしようか……片付けだけはしっかりとしておこう。

 ロザリーに見られて色々勘繰られたくないしな……。


 *****


「……アイン! アイン!」


 マオ改造計画が始動してから、一週間ほどが経過した。

 その間、ジールやロザリー、そしてジャンヌと剣術の修行も二回ほど行った。

 と言っても、大したことはしていない。

 俺の場合、神聖剣の基本を知らないから基本形と型を教わったくらいだ。

 ジャンヌの方も、基本を忘れないための訓練と、それに正統流も一応齧っておこうか、ということでロザリーから基本形や型を学び始めた。

 一応、恋敵ということで仲が悪くなりそうにも思えるが、全くそんなことはない。

 両者とも、ある意味でさっぱりした人たちだからなのだろう。

 そもそも、ジャンヌの恋心は最近、薄まっている気がする。

 イグナーツの名前があんまり出て来なくなってきたのだよな……その代わり、マオの話が増えたが。

 魔力を早く感じ取れるようになり、絵を描いてマオを手にしたいらしい。

 修行のあと、へとへとだろうに一心不乱に絵筆に食らいついているからな。

 傍から見ると睨んでいるだけだが、俺には分かった。

 魔力が確かに動き始めていることが。

 しっかりと集中できているらしく、ジャンヌも結構な天才なのかもしれない。

 羨ましい限りだ。

 俺はいっぱしの死霊術師になるのに百年はかかったからな。

 普人族ヒューマンに生まれてたら死んでも中途半端な腕で終わっていただろう。

 まぁ、魔族は早熟な奴と大器晩成の奴でかなり極端に分かれるから、俺は後者だったんだ、と思うことも出来るが……やっぱり早熟な方に憧れるよな。

 ジャンヌはどっちだろうか。

 今はまだ、分からない。

 色々早いのは早いが、ここから物凄く長い間伸びていくかもしれないからな。

 そうなると大器晩成型に……まぁ、いい。

 

 そんなジャンヌが、今俺に呼びかけてきたのだが、それには理由がある。

 彼女が俺の目の前に示している絵筆、その先を見れば一目瞭然だ。


「……ジャンヌ。やったな。少し……青いか?」


 そう。

 ジャンヌが差し出した、魔道具の絵筆、その先には少しだけ、青いインクが滲んでいた。

 もともと真っ白な筆先だから見間違いようがない。

 この魔道具にインクをにじませるには、魔力を注がなければならないため、こうなっているということはジャンヌにそれが出来た、ということに他ならなかった。


「そうなんですの! でも……」


 喜びの表情で頷いたジャンヌだったが、その後にはなぜかがっくりとした顔になる。


「どうしたんだ?」


 俺が首を傾げると、ジャンヌは先を続けた。


「魔力を感じ取れたわけではないんですの……むーっ!とやったら、出来ただけで……」


 あぁ、なるほど。

 目的は魔力を感じ取り、ある程度、自在に動かせるようになることだが、まだそれが出来ていないということだな。

 それでも魔力を放出できた、ということでもあるが、それはよくあることだ。

 魔力を感じる、放出する、動かす、これらの技能はいずれから出来るようになるかは人による。

 そして、どれが最初にできるようになるかで何か問題があるわけでもない。

 どれかが出来るようになったら、しばらくすれば他のも出来るようになるのだ。

 安心していい……のだが、そんなことはジャンヌには分からない。

 不安なのだろう。

 だから俺は言う。


「うーん。でも、それが出来たなら、すぐに魔力も感じ取れるようになるんじゃないか?」


「……そうなのでしょうか?」


「俺も魔術の知識はジャンヌと変わらないから、はっきりとは言えないけど……そうだな、じゃあ、ご褒美ってわけじゃないけど、これを見てみてくれ」


 そう言って、俺は俺に与えられた魔道具……つまりは、マオを手に取る。

 棚におすわりの形で置いてあったそれを持ってきて、それから、念じる。

 魔力を込め……本当ならこのあとしっかりとした指示をすべきなのだが、こいつにはもうそれが必要ない。

 しかしあんまり自由に振る舞うと問題なので、とりあえずはそれらしい動きをしばらくするように、ということは事前に叩き込んではある。

 なので大丈夫だろう……。

 そして、マオは動き出す。


「……にゃっ!」


 ぴょん、と俺のひざ元から跳ねて、それからジャンヌの頭の上に着地し、ぺしぺしとその額を覗き込みつつ叩く。

 まさに猫だ。

 しかも悪戯好きの、かつ偉そうなタイプの。

 ……俺は控えめにしろと命令しておいたんだがな。

 ダメだこりゃ。


「こ、ここここれはっ! アイン! 魔力が……!?」


 あぁ、それもあった。

 これについては素直に言ってもいいだろう。


「そうだな。感じ取って、魔道具に込める、くらいのことは出来るようになったよ」


 もともとできるんだけどな。

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