第53話 ひらめき

 ケルドルン侯爵家に戻ると、ジャンヌは早速、修行すべく絵筆を持って部屋に籠もることにしたようだった。

 

「早く絵を描けるようにならなければ、マオは私の手元には来ませんもの!」


 そう言っていたので、かなり根気よく頑張ることだろう。

 魔術の修行はあんまり根を詰め過ぎると精神的疲労がひどく溜まるので適度に息を抜きつつやるのがお勧めだが、せっかくのやる気を初めから削ぐこともないか、と思ったので、


「……頑張れよ」


 とだけ、言っておくことにした。

 俺の方はと言えば、ジャンヌ同様に手に入れた魔道具と工具の確認をしている。

 ロザリーは今はいない。

 俺とジャンヌを屋敷まで送ると、騎士団の訓練を見たいと言って出て行ってしまった。

 ただの興味から、というわけではなく、彼女はこのケルドルン侯爵家に滞在する間にラインバックの重要施設や市井の様子などをよくよく見ておいて、ハイドフェルド領に還元できるものを探すという目的もあるらしい。

 俺の付き添いだけで来た、というわけではなかったということだな。

 時間を有効に活用しているようで彼女らしくはある。

 俺としてもありがたいのは、こうやって一人で魔道具をいじる時間が得られたことだろう。

 空猫(スカイキャット)の魔道具の方はともかく、もう片方……手のひら大より少しだけ小さめの楕円形の石の魔道具の方。

 こちらについていじっているときに周りに誰かいるとまずいからな。

 なにせ、遥か昔の魔道具だ。

 おそらく、用途も修理方法も俺しか知らないものである。

 しかも、一から作ることは俺にも出来ない貴重品だ。

 可能な限り、一人で慎重に扱いたかった。

 

「さて、問題はこれがどっちか・・・・だが……」


 一人そんなことをつぶやきつつ、石の間に工具を差し入れる。

 すると、そこから僅かに隙間が出来、そしてぱかり、と二つに割れた。

 外側から見ると、ただの茶色い楕円形の突起がごつごつといくつかある石、でしかないそれだが、中を開いてみるとかなり複雑な構造をしているのが見て取れる。

 魔力を通すためのラインがいくつも通っているし、基盤や機構などがいくつもある。

 そのいずれもが細かな計算の下に配置されており、美しくすら見えた。

 ただ、魔道具屋の店員が言った通り、ところどころ途切れているところや壊れているところも散見される。

 これが作られてからどのくらいの月日が経ったのか分からないが、相当昔であることは間違いなく、数百、数千の年月を乗り越えたことを考えれば、これだけしっかりと原型を保っていることの方がむしろ驚愕であった。

 それから、俺はその内部機構を細かく見ていったのだが……。


「……完成させていたのか。俺が死ぬ前か……もしくは、死んだ後か。目途は立っている、という話しだったが……本当だったんだな」


 驚きと共に、俺はそう呟いていた。

 この石にしか見えない魔道具。

 これは、かつて俺の同僚が作り上げた品である。

 しかし、俺が知っているものは試作品でしかなく、まだまだ色々な意味で完成には遠いものだった。

 いずれこれが出来上がり、魔族の多くに持たせることが出来れば、人間たちに俺たちが敗北することなどなかっただろう。

 それほどの品物である。

 これを作り出した同僚は、《剛力無双のアーデベルク》《狡猾なる魔手ゲゼリング・ダッツ》《冒神の死霊術師アインベルク・ツヴァイン》に並ぶ、四天王最後の一人、《虐殺の聖女マリア・ノスタルジア》であった。

 かつて、人は彼女の容姿を聖女と見紛うほどの美しさであると評しその名をつけていたわけだが、しかし、同時に彼女を目にすることは死を意味するとも噂していた。

 彼女にひとたび戦場で遭えば、よほど運が味方をしない限りはどれほど屈強な英雄でもその命を落とすのだと。

 それほどに彼女は個人的戦闘能力が高かった。

 おそらくだが、四天王の中でも屈指だったように思う。

 もちろん、それぞれの四天王がそれぞれと戦って、誰が絶対に勝つ、ということもなかったのだが、純粋に個人で、となると彼女こそが一番だったかもしれない。

 しかし、そんな部分に彼女の価値の最も重要なところがあるのではない。

 彼女が優れていたのは、魔道具製作技術の中でも特に、治癒系の魔道具についてであった。

 彼女が聖女、と言われたのは容姿の事だけではなく、どのような傷ですらも治すその治癒術の高い能力のことも含まれており、そしてその力を魔道具に落とし込むことに熱心に取り組んでいた。

 このことは人間は知らなかっただろうが、俺たち四天王は良く知っていたし、魔族の部下たちも基本的な治癒系の魔道具の製作者が誰なのかは知っていた。

 そんな彼女であるが、最後にして最高の魔道具を造ることを目標にしていたことは魔族の間でもほとんど知られていなかった。

 聞いたのはたぶん、俺だけだろう。

 マリアは言っていた。


 ありとあらゆる傷を治し、ありとあらゆる病を癒す。

 そんな魔道具を造れれば……私たちは永遠に負けることはないわ、と。

 敵は貴方の死霊術で次々に味方となり、そして私たち魔族はどんな傷を負おうとも一瞬で治癒するの。

 最強の軍が、それで出来上がるわ。

 面白そうだと思わない?


 そんなことを。

 確かに俺たちからすれば面白い話だったが、実現していれば人間にとっては悪夢だっただろうな。

 実現する前に俺は死んでしまったし、おそらくマリアも殺されただろうから今更な話かも知れないが……。

 しかし、ここにそのマリアが作ろうとしていた最後にして最高の魔道具、その完成品があるのだ。

 驚くのも当然だった。

 試作品については中身を見せてもらっていたので、その機構や仕組みについては概ね知っている。

 その試作品より、ここにあるこれは、かなり洗練された作りになっている。

 当時、問題がある、と言っていた部分も見る限りすべて改善されているようだった。

 つまり、これは完成品だと判断できるのだ……。

 問題は、これがかなり壊れているということだが、俺ならば修理くらいは出来る。

 幸い、俺にはどうにも出来なそうな部分については壊れている様子はない。

 おそらく、最も重要な部分だからこそ、耐久性もかなり高くしてあるのだろう。

 断線しているところや、部品が欠けているところは交換が容易なところばかりだからな……。

 ただ、その交換部品がここにはないのだが……どうしたものかな。

 そう思ったところで、俺はふと、マオが目に入った。


 ……分解して部品をもらえば……。

 

 そう思うも、しかしそうなるとジャンヌに申し訳がない。

 しかし、どうしても直したい……。

 そんな葛藤をしばらくしてから、俺はあっ、と閃く。


 この魔道具をマオに組み込んでしまえばいいのではないだろうか?


 そんなことを。

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