第91話 勧誘

「これはこれは、ケルドルン侯爵閣下、それにジャンヌ姫様。ご機嫌麗しゅう……それと、アインさん、ロザリーさん! 先日ぶりですね」


 息を切らせてここまでやってきて、セシルがそんなことを言った。

 しっかりと自分が住む街の領主の顔とその娘の顔は知っている、ということだろう。

 この間も、ロザリーの名前を聞いた時点で、色々と分かっていたのかも知れないな。

 特に隠していたわけでもないし、ケルドルン侯爵家にロザリー・ハイドフェルドが訪ねている、というのは少し調べれば分かることだ。

 俺については一緒についてきた小姓みたいな扱いだろうから、調べても分からないかも知れないが、ロザリーの名前がわかり、かつ貴族だとはっきりすれば、ということだろう。

 今日ここに来れたのも、その辺りに理由があると思われた。

 実際、


「よくここが分かったな。ファミリーネームまでは名乗っていなかったのだが」


 ロザリーがそう言えば、セシルは、


「タイムラースでロザリーさんの名前はそれなりに知られていましたからね。それで、今ここラインバックに滞在されている、という話も小耳に挟んでいましたから」


「それなのに黙ってくれていたわけか?」


「お忍びで依頼を受けられているのですから、あまり突っ込むのも、と思いまして。でも今日はどうしてもここに来なければと思ったもので……申し訳なく存じます」


「いや、かまわないが……しかし、一体どうしたのだ? 名前は分かっているわけだし、何か言いたいことがあるのなら手紙でも送ってくれてもよかったのに。セシルからの手紙なら読むぞ」


 領主の館には毎日のようにたくさんの手紙が届く。

 それを選別し、読む読まないが決められるわけで、怪しげな身元の者とか、誰からのものかよくわからないものとかは領主やロザリーは読まなかったりすることもある。

 しかしセシルが送ってきたものなら読む、と言っているわけだ。

 これにセシルは意外そうな顔で、


「え? 本当ですか? だったらそうすればよかったですね……でも、来てしまいましたし」


 そういった。


「まぁ、いい。それで? 本題の方は……」


「あぁ、そうでした! あの、私、先日アイン君の話を聞いて……学院に戻ることにしたんです」


「何? しかし、一年前に辞めたと……」


「そうなんですよ。臨時雇いの講師として数年、そろそろ臨時がはずれる、という段階で色々とありまして。イヤになって辞めたんです。でも、半年ほど前から学院長から戻るようにとの手紙が届くようになって……どうしようか悩んでいたんです」


「なるほど、それで、その要請に応えようと言うわけだな。しかし学院長自ら求められるほどとは。貴女は優秀な学者なのだな?」


「いやいやいや! そんなことは……ただ、私は学院長の教え子ですから。色々と気を遣っていただけたのだと思います」


「ほう……そうなのか。しかしそれだけでは半年も要請し続けたりはすまい。やはり、貴女の実力だろう」


「いえいえ……そんなことは。ともかく、それで、まず、その学院に戻る決心をするきっかけをくれたお二人に感謝をしたくて参りました」


 そういって、セシルは改めて頭を下げる。


「私は何もしていないから……アインの方だな。ほら、アイン」


 と、背中を前に押されるが、


「それこそ俺も何もしてないんだけどね……でも、よかったですね、セシルさん」


「いいえ。私は本当に感謝してるんですよ、アイン君。それでですね、お話はそれだけではなくて……」


「……?」


「実はアイン君にお願いがあるんですよ」


「なんでしょう?」


 首を傾げた俺に、次の瞬間セシルの口から放たれた言葉は、意外なものだった。


「……王立学院に入ってくれませんか?」


 王立学院。

 それはつまり、タイムラース王立学院。

 俺の父であるテオと叔母のロザリーが通った、総合的教育機関である。

 そこに入れと……。

 俺としてはそうできたらありがたい。

 色々な情報が得られるだろうし、現代の様々な技術レベルに加え、歴史や地理についても学べるだろうからだ。

 しかし、入るには問題がある。


「入ってくれと言われて簡単に入れるものでは……。入学にあたっては試験があるのでしょう? それに年齢も今の僕では……学費だって……」


 と、山積である。

 しかしこれにまずロザリーが、


「……ふむ。そういうことなら、学費は我が家で持つから気にしなくていい。どうしてもそれがイヤだというのなら、それこそ雑用依頼などをこなして貯めるというのもある。狩猟人として働く……のは流石に厳しいかもしれんが、将来的にそうするというのなら我が家から貸与するでも構わんしな」


 と解決策を述べる。

 さらにセシルが、


「試験については、書籍の分類法にまであそこまで詳しいのですから、他の教養もかなりあるのでは? と思ったのですが……。ただ、別に今すぐに、と言っているわけではないのです。一応、学院の入学年齢には目安がありますが、絶対というわけでもありませんし、そうですね……五年。五年後に来てくだされば……。それまでにしっかりと勉強をしておけば、アイン君なら大丈夫だと思いますよ」


 と言った。

 どんな試験があるのだか分からないが……学院の入学年齢は平均して十二くらいだった覚えがある。

 だとすれば、それくらいの年齢の子供が受ける試験なのだから、大人の判断力と子供の記憶力を持ち合わせる俺が五年勉強すれば、おそらく普通に受かるだろう、とは思う。

 五年後になれば、年齢的にも問題ないだろうし……。

 なるほど、いいかもしれない。

 金は借りる方向でやって……。

 そんな風に行くつもりで色々考えていることがセシルには分かったのだろう。


「……乗り気のようでよかったです! では、五年後に待ってます。私、そのときまでに教授になってますから!」


 と豪語する。


「王立学院の教授と言えばその世界でも一流の人間しかなれないものだが……軽く言うものだな」


「軽くはないですよ。教授になったら、アイン君にあらゆる便宜を図って何が何でも受からせることも出来るじゃないですか。そのためにです」


 セシルは怖いことを言う。

 

「そういう裏口みたいなのは遠慮しますよ……正々堂々と受験しようと思いますから、むしろ何もしないでください。教授になっているのは楽しみにしていますから」


「分かりました! では、そういうことで!」


 そういったセシルにうなずき、それからしばらく雑談をして、俺たちは馬車に乗る。

 ゆっくりと馬車が動き出し、後ろを振り返るとケルドルン侯爵やジャンヌ、それにジールとセシルが手を振っていたので、俺も振り返したのだった。

 こうして、俺のラインバックでの日々は一端終わった。

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