第100話 転移について

「……これで準備は整った。これからはガンガン働いてもらう。いいな?」


 俺がそう言うと、リュヌは頷きつつも、


「って言ってもよぉ。何するんだ? こんなど田舎の村じゃ、何もやることねぇだろ。あんたも普通の子供として過ごしているわけだし、どっかに行くってわけにも行かねぇんじゃねぇのか?」


 ……こいつ。

 暗殺者だったくせに随分と常識的なこと言うじゃないか。

 なんて。

 俺よりもなんだかんだかなり常識的なタイプであることはこれまでで分かっている。

 暗殺者としてそういうことを分かっていなければそもそも標的に近づくような演技など出来るわけがないだろうしな。

 当然といえば当然だろう。

 俺はそんなリュヌに、これからの展望について語る。


「もちろん、お前の言うことは正しい。だから、どっかに行けるようにする、わけだ」


 リュヌの言葉を借りてそう言った俺に、リュヌは首を大きく傾げた。


「……どうやってだよ。あんたが村からいなくなったら一日もたたずにあんたの両親が探し回って心配するぜ。このレーヴェの村から隣村まで、まぁ、半日かからずに行くことは出来るのはフラウカークからの帰路で分かったが、行って帰ってくるだけでも一日がつぶれるぞ。その上、何かしにいくってなったら……もう無理だ。泊まりがけじゃねぇとどうしようもねぇ」


 全く持って正論である。

 まぁ、死ぬ気でがんばれば早朝に出て、夕方くらいに到着する、程度のことは不可能ではないだろう。

 しかし隣村なんかに行って帰ってきて一体何が楽しいというのだ……そこまでいうのは言い過ぎかもしれないが、レーヴェの村と大して代わり映えのないところである。

 わざわざ行く意味はない。

 だから俺はリュヌの言葉に頷いて答える。


「それも正しい……だから、作るんだよ」


「……何をだよ?」


「転移装置だ」


「はぁ!?」

 

 俺の言葉に目を見開いたリュヌだった。


 ******


「いや……転移装置って。無理なんじゃなかったか? あのもらった本、一つは転移についての奴だったが、無理だって言ってただろうが」


 確かに言った。

 しかし、厳密に言うと正しくない。

 俺はそのリュヌの勘違いをただす。


「俺は、個人が、個人の魔力でだけで発動させることの出来る転移魔術は実現できていない、と言ったんだ。つまり……」


「……装置にすれば、魔道具を作れば出来るって?」


「その通り……」


 前世においてもしっかりとした設備を作ればそれは可能だった。

 全世界に設置されていたし、それらを使って俺たち魔族は世界中を行き来したのだ。

 とはいえ、そんな事実は普人族ヒューマンには伝えはしなかった。

 そんなことをすれば設備が破壊されるからな。

 設備それ自体も、すべて隠匿し、こっそりと使っていた。

 転移装置といっても、大規模な人員を転移させるのは魔力的にも原理的にも難しく、せいぜい、数人の者が魔力豊富な者と一緒に転移できるくらいだったからな。

 大規模転移が可能になっていたら、やはり俺たち魔族は戦争に負けてはいなかっただろう。

 治癒魔道具についてもそうだが、普人族ヒューマンは本当にぎりぎりのところで勝利を拾ったのだ。

 それを天運と呼べばそれだけの話だが……思い出すと非常に悔しいな。

 まぁ、過去の話だ。仕方がない。


「あんた……とんでもねぇな。そんな技術、どんな国や組織だろうと喉から手が出るほど欲しがるぞ」


「そうだろうとも。だから秘密だぞ。言ったところで信じる奴がいるとは思えないがな」


「……確かに。しかし、どうやって作るんだ? どこに作る? それに入り口はともかく出口は?」


 リュヌも作れる、と言われたら俄然気になってきたらしい。

 俺はその疑問に一つずつ答える。


「まずどうやって、というのは一言では説明しがたいが……設計図を作るから、その通りにだよ。お前にも手伝ってもらう必要がある。魔道具作りに興味があるんなら、まず基礎は叩き込むところから始めるぞ」


「俺もか!? いいのか?」


 それはいろんな意味が込められているだろう。

 自分にそれを教えていいのか、とか、だとしてもそんな魔道具作りに関わってもいいのか、とか。

 しかしどちらも構わない、というかそうしなければものすごく時間がかかってしまう。


「もちろん、いいさ。おおむね、三月ほどで完成させる予定だからな。お前に基礎を叩き込むのもそれくらいの時間を予定してる。死ぬ気で覚えろよ。じゃないと、転移装置に不具合が出て、どことも分からない場所にとばされる可能性があるからな」


「……おっかねぇな。あんた関係の話は全部おっかねぇところから始まる……」


「死霊術師との契約者なんてそんなもんだぞ。まぁ、死霊術師自身もリスクありまくりだが」


「命がいくつあっても足りねぇ……」


「だからこそ命の大切さに気づける。すばらしいな!」


「……まぁ、あんたがそれでいいってんならもう何も言わねぇよ……」


 呆れた様子のリュヌに、俺は頷いて続ける。


「で、どこに作るかだが、ここに作るぞ。大きな施設と言っても一軒家ほどでかいわけでもないからな。少し大きな小屋くらいで済むはずだ。色々改良案もあるしな……」


 昔の転移装置は戦争終盤にはほとんど手を入れることが出来なくなっていた。

 なんだか分からないが魔族の装置はぶっこわしておけ、という感じで人類が次々に破壊していったからな。

 暇なときに出来る研究であって、流石にせっぱ詰まった状況だと難しくなっていたのだ。

 だが、理論や方法についてはそれでも考え続けていた。

 いまならそれを反映させた性能がよく小型化させた転移装置が作れるはずだ。


「そうなのか……じゃあ、出口は? 入り口はいいだろう。ここに作るってんならそれで。だが出口は……そこに一回行ってからじゃねぇと作れねぇだろ?」


 これもまさに正論である。

 しかし、ここで先ほど俺が話した、昔、転移装置は各地に存在していた、という話に繋がってくるのだ。


「転移装置は……細かいことは端折るが、遙か昔に作られていた。多くは破壊されたが……頑丈な設備だ。まだ残っているものがあると思う。それらを再利用する」


「……は?」


「まず、しっかり稼働する受け入れ側の転移装置がいくつ、そしてどこにあるのかを調べなきゃならないが……魔力波を発受信する魔道具は、お前の教育中に俺の方で作るからそれについては心配する必要ない。いやぁこれから忙しくなるぞ。楽しみだな!」


「えっ、お、おい……」


 困惑するリュヌだったが、俺としてはこれからが本当に楽しみで仕方がなかった。

 転移装置さえ出来れば、世界中の様々なところにいける。

 そうなれば……きっと、どこかに魔族の痕跡も見つかるだろう。

 そのときのことを思って、俺はうれしくなったのだった。

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