第99話 新たなる肉体

 まずは魔力を魔法陣に通す。

 量はかなり多いな。

 一般的なの普人族ヒューマンの魔術師だとまず賄えない量だ。

 俺はどうなのか、と言えば小さな頃から魔力を練って訓練しているため、五歳である今の段階で結構な量の魔力を持っている。

 そもそも、生まれた段階で、前世が前世であったからかかなり多い魔力量を保持していた。

 それに加えて魔力を増加させるためのあらゆる方策を続けてきているのだから、多くなっても当然である。

 それでも前世のときの魔力量と比べると微々たるものだし、強力な普人族ヒューマンの魔術師よりもぜんぜん少ないくらいだけどな。

 ただこれについては焦っても仕方がない。

 基本的には少しずつ増やしていく以外に方法はないからだ。

 では例外があるのか、という話になってくる。実のところ、あるにはあるのだが危険すぎるから……。

 何か理由があるならともかく、今の段階で邪法や外法に頼る意味はない……。

 そんなことを考えているうちに、魔力が十分に魔法陣に行き渡ったようだ。

 白いチョークで描かれた魔法陣は今や、光を帯びて輝いている。


『お、おい、これ……』


「心配するな。大丈夫だ。今から魔術を完成させる……少し痛いかもしれんが、我慢することだな」


『えっ……?』


「……我が手により作られた虚ろなる器よ、今、新たなる道を選択した死せる魂のため、その身に今一度生命の息吹を吹き込みたまえーー《くびきなる肉体ヨークキエルグフ》」


 そう唱えると同時に、困惑するリュヌの周囲の魔法陣は光を強める。

 そして、魔法陣は描かれた地面から剥がれ、リュヌの下に安置されている疑似骨に向かって飛び込んでいく。

 周囲に撒いた様々な素材も一緒にである。

 そして、徐々に真ん中の方へと進んでいき、最後に残ったのはリュヌの霊体だけになった。

 彼の下には、すでに外見上はほとんど普通の人間と区別の付かない《体》が形成されていた。

 区別のつく部分は、その心臓である。

 胸部分は切り開かれたようになっていて、そこからどくり、どくりと鼓動を打つ心臓を直接に見ることが出来る。

 その心臓には、普通の人間のものには存在しない、複雑な文様が描かれて光り輝いているのだ。

 あれこそが、俺の描いた魔法陣が圧縮され、取り込まれたもの。

 俺が魔力を注がずとも、永続してリュヌの体を動かしてくれる仕組み。

 

 あとは、最後の仕上げをするだけだ……。

 俺はリュヌに向かって手のひらを掲げ、魔力を注ぐ。

 リュヌは、下に安置された体に向かって引かれていき……そして、


『……うおぉぉぉぉ!!』


 と叫びながら中へと吸い込まれていった。

 まるで渦潮に飲み込まれるような感じだが、別に死んだりすることはない。

 すでに死んでいるわけだし、今更というのもあるが……存在が消滅したりはしない、ということだ。

 リュヌがその胸に吸い込まれた直後、その体に開いていた穴は閉じ、すっと傷跡も消えていく。

 周囲に存在していた魔法陣、素材、すべてを飲み込んだ《体》は、しばらくの間、静寂の中に横たわっていた。

 そして……。


 それは、普通の人のように、眼をぱちりと開き、ふぅ、と息を吐く。

 ぎゅ、ぎゅ、と手のひらを開いたり閉じたりし、おっかなびっくり、といった仕草でゆっくりと上半身を起きあがらせた。

 服は着ていないから裸だが、五歳の少年の姿である。

 見苦しくはない。

 ただ、服はちゃんと用意しているのですぐに着せるつもりである。


「……リュヌ。問題はないか?」


 起きあがったそれ。

 つまりはリュヌにそう尋ねると、彼は不思議そうな顔で自分の体を見、それから、にやりとした表情になって、


「……少し体が重いぜ」


 と言った。

 それは、霊体だったときと比べての話だろう。

 

「ほとんど質量のない体と比べればそうだろうよ。以前の体と比べたらどうだ?」


「む……確かにそうだな。そんときと比べると……大分軽いな? まぁ、こっちの体の方が小さいんだから当然かもしれねぇが……」


 リュヌはそんなことをいいながら、様々な動きをしながらその性能を試している。

 体を伸ばしたり、シャドーボクシングをしたり、宙返りをしたりなどなど。

 さすが腕利きの暗殺者だっただけあって、その動きは五歳の子供のそれであっても洗練されており、綺麗で隙がない。

 

「……とりあえず、服だ。これを着ろ」


 俺が家から持ってきた服を投げると、リュヌは、はしっ、と受け取り、そしてすぐに身にまとった。

 着替えの速さも暗殺者らしい、のかな。

 あんまり関係ないか。

 サイズはぴったりである。

 だいたい俺と同じくらいの背格好だからな。

 あぁ、それと……。


「鏡があるが、顔を見ておくか?」


 俺がそう尋ねると、リュヌは、


「おぉ、見る見る!」


 と言ったので、俺は棚から鏡を取り出して、リュヌの前に差し出した。

 リュヌはそれをのぞき込み、微妙な表情でつぶやく。


「……ガキの頃の俺の顔だな」


「いいじゃないか。混乱しないで済む。それともその顔は嫌いなのか?」


「いや、そういうわけじゃねぇが、《夜明けの教会》の奴にはこの顔を知ってる奴もいるからな。そのうち困るときも来るんじゃねぇかと思ってよ」


「そう言う場合は、顔を変えることも出来る……方法は……」


 普通に頭で考えるだけ、では出来ない。

 やるには魔力の操作が必要で、そこまで簡単ではないからだ。

 体のサイズや性別の変化も同様である。

 ただ、慣れれば一瞬で出来る。

 俺もこの《くびきなる肉体》は使ったことがあるからな。

 まず、自らの体から霊体を出し、それからすでに作ってある《くびきなる肉体》に宿ればいいのだ。

 そうすると、どんなものにも変装することが出来るというわけだな。

 ただ、リスクもあって、それは本来の肉体の死亡とか、《くびきなる肉体》自体が滅ぼされると霊体だけの無防備に置かれてしまうとかだ。

 どんな術でもメリットデメリットは存在するので、仕方のない話であるが。

 しばらくリュヌに説明すると、やり方はなんとなく分かったようだ。

 色々と挑戦してみて、とりあえず顔の一部だけを変える、というくらいのことは出来るようになった。

 全く十分ではないが、それだけでも印象はかなり変わる。

 変えた顔を見て、リュヌの子供時代のそれだ、と思う者はいないだろう。

 こうして、リュヌは新たな肉体を手に入れ、そして俺は労働力を手に入れた。

 みんな喜び万々歳……である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る