第98話 魔法陣
「……よし。とりあえずはこんなところかな」
ことり、と工具類を置いて額に浮かんだ汗を拭うと、
『お、やっとか。よしよし。これで俺の体作りだな!』
とリュヌがうれしそうに寝転がり体勢から起きあがって笑う。
「お前……まぁ、いいか。確かに退屈だったろうしな」
一瞬呆れたが、仕方がないと言えば仕方がないことだ。
人間、興味がわかないものにはとことん無関心になってしまうものだ。
『そうそう。そういうことだぜ』
そんなことを言うリュヌに、俺はとりあえず棚や木箱から必要な材料を取り出す。
基本的には家から持ってきた疑似骨がベースだが、これだけで出来るのは"俺"の人形だけだ。
リュヌの体を作るためには他にも材料を使う。
その材料を選別しながら、俺はリュヌに話しかける。
「……そういえば、見た目のことなんだが」
『……ん? なんだ? 見た目?』
「あぁ。好きな容姿がを選べるぞ。なりたいなら女の体にすることも出来る……」
とまで言い掛けたところで、リュヌから、
『やめてくれよ……男の体でいいって』
と怯えられる。
「……ふっ。さすがに冗談だ。やろうと思えば出来るのは本当だけどな」
『ビビらせんなよ……というか黙ってやるなよ!? 絶対だぞ!?』
「やらない……というか、そんなに心配する必要もないぞ。別にそうしたとしても、あとでどうにでも出来るからな。あくまで初期設定を聞いているだけだ」
『あ?』
「一番最初はどんな見た目にしとくかって話をしてるだけってことだ。あとで自分で自由に変えられるから、そんなに気にしなくていいんだよ。ちなみに年齢も自由に変えられるぞ。あぁ、それと人としての生理機能は……あった方がいいか? 睡眠欲とか食欲とか……」
『そんなことまで選べるのかよ……』
「まぁ、これで結構な積み重ねのある術だからな。これを作り上げた先人たちがすごいんだ」
つまり、俺の師匠とそのまた師匠だ。
俺など足下にも及ばない偉人たちである。
『……まぁ、うまいもんは食いたいし、眠れないってのはつらそうだからな。出来るならそういうのはつけておいてくれ。見た目は……そうだな。これからあんたと行動を共にするわけだろ? だったらとりあえずあんたと同じくらいにしといた方が色々といいわけが利くんじゃねぇか?』
リュヌにそう提案され、なるほどと思う。
別に俺としては村に来てほしい、とまでは考えておらず、とりあえずここを拠点に、何かあるまでは自由にしてもらって構わない、くらいの感覚だったからだ。
しかし、リュヌは結構、俺と時間を共にしてくれるつもりがあるらしい。
意外と義理堅いというか、仲間意識をもってくれるタイプなのかもしれない。
本人がそう言うのなら、そうしてくれて構わないし、しっかりと同じくらいの目線で会話できる友人が近くにいる、というのは今の俺にとってありがたい話だ。
だから乗ることにした。
「お前がいやじゃないなら、そうしようか。そうなると……そのうち村の人間とも会うことも予定に入るだろうが、大丈夫か?」
素性とかについての話だ。
俺くらいの年齢の子供が唐突に現れたら両親はどこだ、そして一体どこからやってきた、という話になるのは当然である。
そこの辺りをどうするのか、という話だった。
しかしこれにリュヌは、
『……おいおい。あんた、俺が元々どんな職業なのか忘れたのか? そういう《設定》はそれこそ俺の領分だぜ。いくらでもでっち上げてやらぁ』
と嘯く。
……確かに、もとは暗殺者だ。
暗殺、と一言でいっても、ジールのときのようにほとんど真正面からやる場合など滅多になく、通常は物陰に潜み、殺す、というものだろう。
そしてそういうことを行うのに必要な技能は、人々の生活に知らぬ間に入り込み、素知らぬ顔で標的に近づき、そして誰にも気づかれずに仕事をやり遂げること……つまりは演技力である。
村人とか商人、場合によっては貴族なんかのふりをして、色々なところに入り込む。
それくらいのことが出来なければ暗殺者などやっていられない。
……いや、やったとしてもすぐに捕まって尋問にかけられて終わる。
そういう修羅場を何度と無く乗り越えて生き残ってきたのが、リュヌのはずだ。
だとすれば、こんな辺境の村の牧歌的な村人たちをだまくらかすことなど、余裕か……。
「なるほど、確かにな。ではその辺りは期待しておくことにしよう……じゃ、お待ちかねの体作りだ。こっちに来い」
俺はそう言って、洞窟の中の少し奥まった位置まで歩く。
そこには何もモノを置いておらず、がらんとした空間があるだけだ。
しかし、地面は平らにならしてある。
そこに俺は主に石灰岩と魔石を材料にして作り出したチョークを使い、魔法陣を描き上げていく。
魔力でも描けないわけではないのだが、この魔法陣は最終的にリュヌの新たな体に取り込まれ、その心臓部分として稼働することになるものだ。
魔力だけで描くと、安定性が悪いことは過去の研究で明らかになっている。
しっかりと物質で描いておくと、たとえば魔力が完全にない空間に入り込んだとしても問題なく活動できるのだな。
魔力だけだと停止するか、最悪の場合消滅することもあり得る。
霊体はそれでも消えないだろうが、いきなり無防備な状態に置かれることになるわけだから、危険だ。
わざわざそんな危険を踏むこともない。
時間もたっぷりあるし、手間暇はかける。
『……こんな複雑な魔法陣、見たことがないぜ』
リュヌはそう言うが、そこまで大したものでもない。
「重層魔法陣とかがあるだろう?」
セシルにもらった本にも書いてあった。
しかしリュヌは、
『あれはまだまだ研究中の分野だろう。あんたのもらった本に書いてあった奴だって、実証されている奴なんてほとんどなかったはずだ』
フラウカークや、そこからここまで帰ってくる途中の馬車の中でなど、暇なときはずっとあれらの本を読んでいた俺である。
それを隣からのぞき込み、読んでいたリュヌはそれなりにそういうことにも詳しくなっていた。
元々、腕利きの暗殺者としてかなりの知識を持っていたのだろうが、それに加えて最先端の理論も理解し始めている。
現代、まだ実証されていないものでも、俺は正しいのかどうか知っているものが大半で、詳しい理屈を答えられるわけで、余計に理解が早いのだな。
もしかしたら、現代においてリュヌはかなりの学識を有することになっているのかもしれない。
「……お前、かなり勉強熱心だよな」
『あんたの解説ありきだと面白いからな。魔道具関連だって興味がない訳じゃねぇんだぜ』
「そうなのか?」
その割には聞いてなかったような。
しかしリュヌはそれについてこう言った。
『今は自分で魔道具をいじくれねぇだろう。聞いちまったらやりたくなるからな……魔術はあんたのおかげでこの状態でも少しは発動させられるようになっただろ。だからだよ』
なるほど、後での楽しみにとっておいているわけだ。
不勉強な奴扱いして悪かった、と思うと同時に、さっさと体を作ってやらねば、と思う。
「……よし。では、魔法陣を描き上がったぞ。疑似骨にその他諸々を配置して……と」
その上に魔石や加工した樹木、森の素材で作った魔薬などを色々と配置していく。
すべて終わったところで、
「リュヌ。お前は真ん中に」
そう言うと、
『おう……』
と少し緊張した様子でふよふよと飛んでいった。
「じゃあ、やるぞ。覚悟はいいな?」
俺の言葉にリュヌは、少し深呼吸をしたふりをする。
空気など必要ないだろうが、体を持っていたときの癖は抜けにくい。
息を吐いたふりをして、リュヌは、
『よし。ひと思いにやってくれや』
そう言ったのだった。
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