第97話 拠点

『……おぉ、こいつは中々だな』


 洞窟の中に入ってまずそう声をあげたリュヌである。

 その理由は、洞窟の中が入り口の大きさと比べてかなり広いからだろうな。


「隠れ家としては結構いいだろう。もとはもっと狭かったんだが……魔術で広げた。土木系統の魔術も結構得意だからな」


 土木系統の魔術とは、掘削ペルフォラシオンとか固定化コンソリダーとかだな。

 他にも色々あるが、前世、魔王軍が進行するにあたって拠点を作るためにはそのような魔術が重宝されたためだ。

 といっても、俺自身がそれを行うことはかなり少なかったが、上に立つ者としてそれくらいは出来ないと格好がつかないからな。

 それに、どういうことが出来るか知っておけば戦略や戦術を考える際にも役に立つ。

 当時は、こんな形で役に立つことがあるとは想像もしていなかったが……身につけておいてよかったな、と心底思う魔術だ。

 使ってみると分かるがかなり便利だからな。

 その気になれば一人で城を建てることも不可能ではない。

 建物の……というか、構造上、確実に壊れるだろう、というような形であっても魔力押しでどうにか出来てしまうからだ。

 魔術など使わず真っ当に一から作り上げる建築士からしてみるとふざけるな、というような魔術かもしれないが、誰でも使えるというものでもないし、通常建築の方が魔術師が必要ない分、コストが低いことを考えれば棲み分けは可能である。

 魔術師は高いのだ。特殊な技術を身につけていればいるだけ。それが現代でも変わらないことを、俺はフラウカークやラインバックで理解している。


『……あんた、本当に魔術ならなんでも出来るのな……お、棚がある。というか、色々あるな』


 リュヌがそう言いながら、改めて洞窟の中を観察する。

 洞窟の内部は横幅も縦幅もかなりのもので、通常の家屋なら二、三軒は入るだろう、というくらいのものだ。

 そんな空間の真ん中に俺が集めた様々なものが整理しておいてある。

 といっても、まだかなり寂しいものだが。

 木造の小さな棚が三台あり、その棚の上にガラス瓶や木の箱などが雑多においてある。

 その中には俺がこの辺りで収集した素材が詰めてあるのだ。

 たとえば、魔石や鉱石、乾燥させた植物やそこから抽出した液体、魔物の骨や皮などもあるし、そういったものを材料に作った簡易的な魔道具なんかもある。

 さながら小さな魔道具工房、という感じだろうか。

 ここに、ロザリーから買ってもらった高級工具類を使いやすいように設置すると、大分格好がついたような感じがした。


『そいつは……ブリュードク製の工具じゃねぇか。流石、いいもん持ってんな』


 リュヌがめざとくその工具を見て、そんなことを呟く。


「ブリュードク?」


『なんだ、知らねぇのか。ネス大陸にあるカルヴノ魔導帝国、そこで最も高名な魔道具工房のことだぜ。工具類も作ってて、あんたが持っているものはその中でも最高級品だ』


「へぇ……これがねぇ。確かに中々いい出来ではある」


 といっても、俺からすれば色々と足りていない部分も多いのはもちろんだ。

 ただ、ラインバックで見た他の工具類と比べるとこれが一番いいものだったのは間違いない。 

 それでもこれについてはもう、このまま使うことはないけどな……。


「……それじゃあ、分解するか……」


 洞窟の中に設えられた俺お手製のイスと机につくと、早速、そのブリュードク製の工具類を分解し始めた。

 それを見て、リュヌがあわてて、


『お、おい! あんたなにやってんだよ!』


 と叫ぶ。

 たった今、その貴重さを説明したばかりだというのに、それを分解し始めたのだからその気持ちも分かる。

 けれどこれは必要な作業なのだ。

 今日はここで、リュヌの体作りと、ちょっとした魔道具作りをする予定である。

 前者にこの工具類は必要ないが、後者にはどうしても必要だからな。

 何かを作るときは一気に作り上げたいタイプなので、まず最初に事前準備はしっかりやっておきたい。


「なにって、俺用に調整するんだよ。たとえば、この魔導バーナー。方式が魔石式だろ? 魔力が切れたらいちいち付け替えないといけないわけだが、俺はあんまり好みじゃないんだよ……火力だって調整しにくいしな。何台も持ってるならそれでいいだろうが、俺はこれ一台で全部賄いたいから、その辺りを改造するんだ」


『……どんな風にだよ?』


「まず、魔石式じゃなくて直接に術者から魔力を供給する供給式にする。これで俺の魔力が尽きない限りはいつまででも使い続けられる。それと、この火力のリミッター部分をはずしてもっと高い温度が出るようにする……んだが、それだけだとこのバーナー自体が溶けるからな。火口に耐火イグニファーゴをかける……」


 そんな感じでいくつもの工具の改造についてリュヌに説明すると最後には、


『なるほど、分かった。あんたが相当な常識はずれだってことをな……好きにするといいぜ……』


 とあきれたような顔で匙を投げ、器用にも空中でごろん、という感じでひじをついて寝転がった。

 なんだよ、しっかり説明してやったって言うのに……。

 と思ったが、技術的な話というのは興味ない人間にとってはつまらないことだというのは分かっている。

 仕方のないことだ。

 ただ、そういう意味ではリュヌにとっても利のある話は出来るから、そっちの方がいいかなと思って声をかける。


「魔道具関係の工具類については興味ないだろうが、お前も体を持ったら自分の武具の手入れくらい自分でしたいだろ? ヤスリとか砥石とか……もっとやるなら鍛冶用の工具類も揃えるつもりなんだがどうだ?」


 そう言うと、空中で寝転がっていたリュヌは途端に起きあがり、顔を輝かせ、


『おっ! いいねぇ! ぜひ作ってくれ。なぁ、俺が意見を言ったら採用してくれんのか? 神聖国の組織でもそういう設備はあったんだけどよ、いまいち使いにくいところもあったんだ。直してくれっつっても他の奴らとの兼ね合いで出来なかったりよぉ……』


 話の内容からするに、共用の設備だったんだろうな。

 そうなると、自分が一番使いやすいようにしてくれ、といってもだめだと言われるのもわかる。

 しかしここでなら彼の好きなように作って問題ない。

 制作は俺が行うのだから。

 俺はうなずいて答える。


「あぁ。材料とかがあるから今すぐにってわけにはいかないが、いろいろ揃えてそのうち作るときはしっかり意見を聞いてやる。だから、お前もこの拠点を充実させるために働くんだぞ。いいな?」


 するとリュヌは笑顔で、


『もちろんだぜ』


 そう言ったのだった。

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