第96話 隠れ家

「……大いなる風の素よ、我が命に従いその身を破断する刃と成せ……”風刃ラミナ・デ・ヴェント”」


 俺が唱えると同時に、周囲の空気が収束する感覚がし、そして淡い緑色を帯びた俺の背丈ほどの風の刃が飛んでいく。

 そしてそれは俺の目の前にいた存在……ゴブリンに命中し、その体を縦に両断した。

 

「……出来が悪いな」


 敵がいなくなり、しんとした空間に戻った森の中、俺がそう呟くと、


『基本魔術はありとあらゆる魔術の中で最も洗練されてると言われてるんだぜ……それをあんたは……』


 あきれた声でリュヌが俺にそう言う。


「どうしても"俺"の魔術と比べてしまうからな。……"風刃リアーフ・シフラ"」


 改めて別の詠唱、構成で同じ類型の魔術を唱え、放つと、今度は先ほどよりもシャープで、かつ巨大な風の刃が出現し、先ほどの風の刃の数倍の速度で飛んで、数本の樹木を切り倒した。

 かなり手加減したのだが、まだ足りなかったようだ。

 先に効率の悪い魔術を使ったから感覚が引っ張られてしまったな……。


『基本魔術の威力じゃねぇよ……』


「そうだな。もっと強くできる。しかし最初に使った方は……まぁ、やりようによっては出来るが、魔力の無駄だな……」


『そういう話じゃねぇんだけどな……そもそもあれは世界的に普通に使われてるもんだぜ。本にもそう書いてあっただろう』


 そう、本だ。

 最初に使った《風刃ラミナ・デ・ヴェント》の魔術は、ついこの間、ラインバックにいた学者、セシルから仕入れた《現代魔術概論》に記載してあった基本魔術の一つである。

 同一著者の書いた《魔術とは何か》には詠唱は一切記載していなかったが、《現代魔術概論》には様々な詠唱が記載してあった。

 本の記述によれば、概ね中級程度の魔術までが記載されており、もしそれ以上を学びたければ学院で師につくべきだということも書いてあった。

 流石、学院長の書いた書物だけあり、学院の宣伝がうまい……なんて思わないでもなかったが、そういう側面が一応あるにしても、本当の理由はもっと実際的なものだろう。

 つまり、魔術というのは高度なものになればなるほど、危険が増すと言うことだ。

 十分な実力を持つ師がいない状況で、高度な魔術の修練を行えばそれこそ本人が爆散する可能性すらある、といえばわかるだろうか。

 中級程度の魔術くらいまでなら、自分が大けが、家が火事に、くらいですむかもしれないが、それよりも上となると被害の規模は跳ね上がるだろう。

 そういう事態を招かないためにしっかりとした師について学ぶように、と言っているというわけだ。

 ただ、俺に関してはその理屈は当てはまらないが……。

 普通に詠唱と構成さえ教えてくれれば、使えるようになるのは間違いないからな。

 今使った風刃ラミナ・デ・ヴェントだって、先ほど使ったのが初めてなのだから。

 まぁこれは基本魔術であり、各属性魔術の攻撃系の中でも最も基本に位置するものの一つ、ということであるからどんな魔術師であっても魔術師である以上、発動させることは容易だろうとは思うが。

 なぜそんな魔術を使っていたのか、と言えば、現代の魔術がどんなものか実際に使って確認しておきたかったからだ。

 それに、人前であまり古い魔術を使うのは避けたいので、普通に学んでおきたいというのも大きい。

 まさか俺が古代の魔術師の生まれ変わりだ、なんて俺が自ら口にしない限り気づきようがないと思うが、それでも目の前で俺が昔の魔術を使えば、古い魔術を使っていると気づく者はいるだろう。

 それだけならまだいいが、魔術師というのは自らの利益のためなら何でもするようなところがある者も少なくない職業だ。

 古く強力な術式を得るために、俺に対して危害を加えようとすることも考えられる。

 別にそうなったところですべて蹴散らせばいいのだろうが、余計な手間をかける必要はないし、物事に絶対などあり得ない。

 俺自身が無事でも家族が、とか知り合いが、なんて可能性もある。

 可能な限り、そういう危険は排除する方向で生きていくべきだろう。

 もちろん、何の危険も踏まない人生なんて楽しくないから、その辺りはバランスだとは思うがな。

 

「強力な魔術はやはり秘匿されているということかな。基本的な魔術についてのコツも……」


『まぁ、強力な魔術師はあまり自分の手の内をさらしたりしねぇのは事実だろうが……あんたが考えている感じとは少しずれてる気がするぜ……』


「そうか? まぁ、おいおい理解していけばいいだろう。人生は長い……」


『五歳のガキの台詞じゃねぇ……お? 見えてきたな。あれか?』


 魔物が出現し、襲いかかってくるほどの森の深層に足を踏み入れている俺たちである。

 その目的は俺の隠れ家だ。

 リュヌはそれに気づいたのだな。

 彼の視線の方向を見ると、そこには森の木々に囲まれて入り口の見えにくくなっている洞窟があった。

 普通の人間なら見逃すだろうという感じで、それを気に入って隠れ家の一つにしているのだが、リュヌは流石である。

 もともと、暗闇から人を襲うことをその職業としていた男なのだから当然かも知れないが、それでも腕の善し悪しはあるからな。

 リュヌは間違いなく一流である。


「そうだな……あぁ、ちょっと待て。まだお前は近づくなよ……《解呪タブディド》」


 そう唱えてから、俺は再度、リュヌに言う。


「もういいぞ」


『……今のは?』


「いくつか簡単な結界を張ってたんだ。それを解いた」


『……へぇ、どんな?』


「あんまり大層なものじゃないぞ。認識阻害とか、弱い死霊なんかが近づいてこれないようにするための反霊結界とかだからな。どちらもお前くらいになるとほとんど効果がない」


『ほとんど?』


「認識阻害は、お前、普通にここを見つけただろう。反霊結界は触れたら痺れるくらいだな。気持ちいい感触じゃないだろうが、消滅はしない」


 リュヌの死霊としての実力が上がっているから、というのもあるが、俺がそうしたくないから弱めのものを張っていた。

 死霊は別にすべてが有害、というわけでもないからな。

 普通にその辺を浮遊してるだけの無害なものも数多い。というか、大半がそうだ。

 彼らが人に牙を剥くとき、多くは人の方が悪い。

 生きている人間からすればそんなことは知ったことではないのだろうけどな。


『安心すりゃいいのか、怖がればいいのか微妙な話だぜ……』


「お前が変なことをしたらそういう牢屋でも作っていれてやるから楽しみにしてるといい……じゃあ、行くぞ」


 そういって俺が洞窟の中に進むと、リュヌは、


『おいおい、勘弁してくれよ……待てって。置いてくなよ』


 そんなことを言いながら着いてきた。

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