第95話 リュヌのために

「……さて。少し休んで体も解れたところで……お前の体でも作るか。今更な話かも知れないがいつまでもそのままじゃ、色々と不便だろう?」


 俺は浮かぶ不穏なオーラを帯びた死霊にそう話しかける。

 彼には以前、それを約束した。

 しかし、色々と忙しく、また彼自身にもある程度、身につけてもらわなければならない技術もあったので結局延び延びになってしまっていたのだ。

 けれど今なら、それをやっても問題ない。

 俺の荷物はしっかりと馬車から自分で運んで来た。

 ハイドフェルド家から出たときは、馬車に使用人たちがわざわざ運んでくれたが、このレーヴェの村では俺たち一家は自分たちのことは自分たちでしなければならない。

 それが普通なのだから。

 

『おっ!? 本当か!? やるやる! ぜひやってほしいぜ! 楽しみにしてたんだ……いや、この体もこの体で悪くはねぇんだけどよ。なんつーか、ものに触れても体があったときみたいな感触がしねぇのは、寂しいもんが……』


「その気持ちは分かるな。霊体でものに触れても冷たいというか、何をさわっても無機物に触れているような感覚がある」


『……ん? あんたも死霊になったことが?』


 俺の台詞は、そうでなければ論理的に成立しない話だ、と思ったのだろう。

 しかし、これは微妙に違う。


「俺は死霊になったことはない。が、生霊になったことはある……というか、やろうと思えば出来る。ほら」


 そういって、俺は自らの体からすっと抜け出して見せた。

 霊体だけで、だ。

 しかし、上半身部分だけ抜けて、すぐに元通り、体に戻る。

 

『そんなことが出来んのか……』


 リュヌは当然ながらやったことがないようで、唖然としていた。

 これは簡単なようでいて、意外と高度な技術だからな。

 彼にも死霊術師を名乗る知り合いはいたようだが、それでも出来る者はいなかったのだろう。

 やってみせなかっただけかもしれないが。

 

「短時間ならな。あまり長くやると悪影響がある」


『悪影響? どんなだよ』


「たとえば、体自体が死ぬ、とかな」


『いきなりおっかねぇぞ』


「死霊術というのはそういうものだからな。まぁ、抜け出して、何日も体をそのまま放置していたら、という話だからそこまで心配する必要もない。それなりに準備してやれば一月二月は抜けていられる」


『それを聞いて少し安心したぜ……他にも悪影響って奴はあるのか?』


「そうだな。そこらの死霊に襲いかかられたりするし、それこそ神聖魔術なんかを撃たれたら消滅する危険も生まれる。霊体はそれほどに無防備だ……というのはお前もよく知っているだろう?」


『あぁ。だが、あんたならそれは避けられるんだよな?』


 それはもちろんだ。

 だからこそその方法を、リュヌにも伝授できた。

 俺はうなずいて続ける。


「そうだな。しかし、だからといって油断もできん」


『なぜだ? あんたほどの力があれば別に油断しても……』


「いや……」


 そうでもないのだ。

 そしてそれには明確な理由があるのだが……今のところは伏せておくか。

 あんまり次から次へとリュヌに説明しても入りきらないだろうしな。

 それに、いずれその機会はあると思われる。

 実際にその目で確認してからの方がわかりやすい。

 俺はリュヌに対して首を横に振り、


「たとえどんな力を持っていようと、少しの油断で簡単に命を落とすのが生き物の常だ。そうだろう、リュヌ」


『それを言われるとな……だが、別に俺は油断したわけじゃねぇ。相手が強かった。それだけだ』


「確かに」


 ジールほどの使い手ででなければあの毒……つまりはゾンビ・パウダーを食らってあれほどに見事な剣技を振るうことなど不可能だ。

 リュヌは相手が悪すぎたというのは事実である。


「ま、それはそれとしてだ……本題の方だな。家でやるのはちょっと問題だろうし、出るぞ」


 リュヌの体づくりのことだ。

 ここで出来ないわけではないが、やってる最中に両親が帰ってきたらどんないいわけをしたらいいのかわからない。


 ーーちょっと死霊術を使ってたんだよ!

 ーーあらそう、微笑ましいわねぇ。


 なんてことにはなりようがないことだけは、はっきりと分かる。

 つまり、可能な限り誰にも見つからないところでやるべきだ。


『さっき家についたばっかりだってのに、忙しい主だな……』


「他の荷物を置くためと、必要な素材を取りに来るために来たんだよ……」


 死霊術用の素材などについては中々手に入りにくいものが多いが、それでもこのレーヴェの村周辺で集められるものについては粗方集めてストックを作ってある。

 しっかりと保存も利くように手間暇もかけてだ。

 流石にそれをハイドフェルド家にまで持って行くわけにもいかなかったので、手持ちはないのである。

 だから取りに戻ってきた、というのもあるということだ。

 自分の部屋に入り、棚やチェストから色々と取り出し、袋に詰める。

 それと、この旅路の間、ずっと共に動いてきた袋も一緒だ。

 これには俺が、"俺”を作ったときの疑似骨一式が入っている。

 これがないとどうにもならない……。


「よし、準備は完了だ。行くぞ」


『へいへい……』


 そうして俺たちは家を後にする。

 両親に伝言を残して置かなくていいのか、という感じもするが、村で元々俺は結構無断で留守にしていた。

 俺が礼儀知らずとかいうわけではなく、村の子供というのはだいたいそんなものだからな。

 外で遊んでいたとしても誰かが必ず見ているということもあり、それほど心配されない。

 子供の行くようなところは村の大人たちが完全に把握しているわけだ。

 だが、俺についてはそのような事情は成り立たない。

 本当に誰にも見つからない隠れ家を、レーヴェの村周辺にいくつかこしらえているからな。

 あまり規模の大きなものではないので、そろそろ本格的に拠点作りに力を入れてもいいかもしれないとは思っているくらいだ。

 そのためにはもう一人くらい、手伝ってくれる奴がいた方が楽だな、とも思っていたので、リュヌが来てくれたのはありがたい限りである。

 つまり、俺の事情からしてもリュヌにはさっさと肉体を持たせたいわけだな。

 リュヌが住む場所、という意味でもまともな人間が生活できるくらいの家屋はあるべきでもある。


「……こっちだ」


『おう』


 そうして、俺たちは村人たちの目を盗み、村を抜け出して、森の奥へと歩き出したのだった。

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