第135話 言葉遣い
次女プリムラが適度に場を和ませてくれたのでその後はスムーズにそれぞれが自己紹介することが出来た。
エスクド一家はもちろん、俺たちの出自……というか正体に非常に驚いていたが、そもそも死霊術師という非常に特殊な存在である俺と一番最初に会っているため、嘘をついている、とかそういう反応もなかった。
まぁ、わざわざ嘘をつく意味もないし、ネージュに至っては先ほど変身を見せているからな。
加えてリュヌが暗殺者だ、という事実についてはむしろ至極普通に聞いてくれた感じだった。
流石に三歳であるプリムラの教育に良くないので、裏稼業の者、というぼかしかたをしたが、大体察してくれた。
ちなみに死霊であり、ある意味エスクド一家の先輩である、という話をしたら、彼らはリュヌにも敬語を使い出した。
俺にもネージュにも敬語であるので、彼らは俺たち三人全員に対して敬語、ということになる。
「別に気にしなくて良いんだけどな……」
と俺が言えば、エスクドは、
「いえ、契約主と、館の所有者、それに死霊としての先輩ということですから……こればかりは」
そう言う。
まぁ論理的には正しい気がするが、俺たちが別に良いと言っているのに少し頭が硬すぎるような……。
エスクドの妻ローズも続けて、
「それにお三方がこの屋敷に住まわれる方々なのでしょう? 私たちは使用人としてこの館で働かせて頂く立場ですから、そういう意味でも言葉遣いについては敬語で統一すべきです。ただ……そのプリムラにつきましては、もう少しものが分かるまで、お許しいただけると……」
そう言った。
プリムラは俺たち全員に対してタメ口であるため、そう言ったのだろう。
しかし、これについては全く問題ない。
「俺やリュヌは言葉遣いなんて気にしないし、ネージュはむしろ嬉しそうだからな。プリムラはずっとそのままで構わないぞ。娘二人の中でプリムラだけそう、というのもあれだし……シトロンも敬語は使わずともいいし……」
そう言ってみたが、当の長女、シトロンは首を横にぶんぶん振って、
「い、いえ! 私も敬語を使わせていただきますので……」
と断られてしまった。
なんだか妙に恐れられているような気がするが、死霊術師と暗殺者と真竜では仕方がないか……。エスクドとローズが頑ななのもそれが理由だろうな。まぁ、そのうち慣れるだろうし、敬語を外すかどうかについてはそのときにまた提案してみれば良いか。
今のところは普通に話してくれて、かつ、この家の管理をしてくれるだけでよしとしよう。
「……まぁ、とりあえずは分かった。ともあれ、これでこの館の……浄化、と言って良いのか分からないが、問題は概ね解決したな」
浄化と言えば狭義では死霊の完全消滅を指すわけだが、俺たちは死霊を仲間に加えてしまった。
しかし、俺とボリスの間で合意した浄化、というのは、この館を呪う存在を消滅させることであり、たとえ仲間にした、ということでもその意味では浄化されたと言える。
そのため契約に反することはない。
後々、ボリスがここを確認して問題ない、と判断すればそれで館を購入することは出来るだろう。
そしてそのためには、一つやっておかなければならないことがある。
「そういえば、前にこのお屋敷を持ってて、呪われている人たちってそのままでいいの?」
ネージュがそう尋ねてきた。
まさにそれである。
「あぁ、解呪してやるべきだろうな。ただ、エスクド一家がこうして俺と契約したからには、俺が解呪してやることは可能だ」
「へぇ、そんなもんなのか。便利だな」
リュヌが感心したように言う。
彼も死霊術を学んではいるが、死霊として十分に行動するために必要な技能をまずは身につけている段階なので、知らないことも多い。
「契約せずに消滅させた場合でも無理ではないんだが……そのときは呪いが強力になったりすることもあるからな。引っぺがすのにこっちも力を使うし、加えて呪われている人物が弱っていると解呪の衝撃で死んでしまうこともありうる。そうならずにすんで良かったよ……」
「……おっかねぇな。あんたがいなきゃ、今回呪われてる奴らは命も危うかったってことか……」
「教会の人間でも実力があれば浄化出来るとは思うんだが……どうもエスクド一家を祓えなかったところを見るに、そこまでの力を持つ人間はこの街にはいないようだ。人を呼ぶか、出向くかしなければ無理だったかもな」
「あんまり教会連中とは関わりたくねぇし、実力者がいないのはありがたいな」
「そのうち嫌でも関わることになりそうな予感もするが……」
「おい、不吉なことを言うなよ」
「別にそこまで気にしなくても大丈夫だろう……多分な」
「……多分をつけるから不安になるんだろうが……」
リュヌとそんな軽口を飛ばし合うが、実際にはおそらく問題はないだろう。
ジールのこともあるし、関わり合いにならない、という選択肢は選べないだろうが、心の準備をする時間くらいはあるだろうからな。
それまでにリュヌをある程度まで鍛えておけばいいだけだ。
どんな神聖魔術を放たれようが平然としていられるくらいにはしておきたい……。
「教会と何かあるの?」
ネージュがふと尋ねてきたので俺は答える。
「まぁ、色々とな。今は何もないんだが……いずれ戦うことになるかも知れない」
ジール関係で。
それに対してネージュは、
「何かあったら私を呼ぶの。一緒に戦うの」
とありがたいことを言ってくれる。
俺たちだけでもやれるところまでやるつもりだが、真竜が加わってくれるなら百人力だ。
なんだか昔の戦争を思い出すな……。
戦争なんてない方がいいが、俺も魔族だったということだろうか。
戦っている最中には結構、高揚したものだ。
そのときの気持ちが少し蘇った。
「助かるよ。まぁ、それでも戦いなんてない方がいいんだけどな……」
そう言うと、ネージュは首を傾げて、
「そうなの? 生きてるって言うのは毎日が戦いなの」
となんだか哲学的なことを言った。
まぁ、それはそれで間違いではあるまい。
「確かにな。ただ、当面俺たちはこの街での生活力を確保する戦いの方に本腰を入れないとな。ネージュも人間の常識をしっかり覚えていこうな」
「分かったの!」
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