第136話 浄化能力と祓魔師

 次の日……。


「……これは……確かに、以前存在していた重苦しさ、のようなものが一切ありませんね……」


 ボリスがそう言って屋敷を見回っている。

 この館を呪っていたエスクド一家が俺と契約したために、この屋敷の空気は昨日までとは打って変わって清浄である。

 といっても、昨日までもここにいて重苦しさを強く感じていたか、と言われるとそんなこともないのだが、昨日までのここと、今日のこことを比較してみるとかなりはっきりと違うのが分かる。

 魔物が出現しても何らおかしくないような雰囲気だったのが、今なら部屋干しでも服が乾きそうな感じに変わった、というか。

 昨日まではかなりジメジメとしていたんだなと俺も思うくらいだ。

 ちなみにエスクドたちはレーヴェの村の俺たちの隠れ家に移動してもらっている。

 というのも、彼らの体をとりあえず作ってやるまではこの屋敷にいるのは問題だからだ。

 なぜなら……。


「……確かに、しっかりと浄化されておるようです。私の目から見ても問題ありませぬ」


 今日、ここに来たのはボリスだけでなかった。

 ポルトファルゼの《夜明けの教会》の聖堂から派遣されてきた祓魔師エクソシストであるノルメ・ゼイムという壮年の男だ。

 厳めしい佇まいの男であり、思った以上にしっかりとした実力を感じる。

 これでエスクドたちを祓えなかったとは思えないのだが……。

 そう思っていると、ボリスが言う。


「そうですか、それは良かった。もしも浄化されていなかった場合、ゼイム殿にお願いする予定でしたが、その必要はなさそうですね」


「私もそのつもりでしたので、意外でした。ポルトファルゼの司祭殿からお聞きするに、この館に取り付いた悪霊はかなり強力なものだった様子。司祭殿ですら祓えなかったと……だからこそ王都ルークファイネから参ったのですが、これほど見事に浄化されているとは。誰がやったのかは知りませぬが、これほどの手腕をお持ちでしたらぜひ《夜明けの教会》にスカウトして同僚として働きたいものです」


 どうやら、このノルメ、という人物はポルトファルゼに常駐している人間ではないようだ。

 《夜明けの教会》に所属する浄化専門の職人のようなもので、王都から呼ばれてやってきた、という感じかな。

 あとで詳しくリュヌに聞くとするか……。

 ちなみにリュヌは今、この場にはいない。

 というのも、《夜明けの教会》の祓魔師エクソシストという存在の実力が俺にはよく分からなかったからな。

 昔の教会にも祓魔師エクソシストというのはいたが、その実力はピンキリであり、どれだけ擬態していても一目で死霊を見抜く者もいれば、反対に弱い動物霊ですら浄化出来ない偽物もいた。

 ノルメはどちらかというと、前者に近い感じがする。

 リュヌはここいなくてよかっただろうな。

 彼にもこういう、浄化技術を持つ相手に対する擬態技術というのは教え込んでいるし、俺特製の肉体に宿っている時点でかなり高度な擬態が自動的に付加されているのだが、それでも絶対と言うことはない。

 用心しておくに超したことはないわけだ。

 実力を測るのにその辺の動物霊を確保して小さな肉体を作りけしかけてみる、とかやってみてもいいかもしれないが、今日それをするとまだ浄化されていないみたいな話になってしまいかねないからな。

 また別の機会に、である。


「ほう、そこまで……。ちなみにネージュ様、アイン様。この館の浄化はどのように……? 差し支えなければ教えていただいても……?」


 ボリスがノルメの言葉に頷きつつ、俺たちにそう尋ねた。

 ネージュはどう答えるべきか悩んだようで、俺の方を見る。

 俺としても迷うところだが、あまり嘘を言っても仕方がないし、このノルメ、という人物と知己を得ておくのも悪くはないかと思って正直に言うことにした。

 これから、呪われた人々の解呪もしなければならないし、それを考えても言っておく必要があるだろうしな。


「……浄化については、僕がやりました」


「なんと……! 見るに、五歳前後のようだが、そんな年齢で浄化の奥義を会得していると……!?」


 ノルメが眼を見開いてそう尋ねる。

 実際はどうかと言えば、死霊術によって問題を解決したのだが、浄化が出来ないわけではない。

 浄化、というのは神聖魔術系統の技術であり、俺はこれを身につけている。

 つまり普通に使えるので、これについては間違いではない。

 俺は頷いて答える。


「はい……小さな頃から、どうしてか出来て……」


 そういうことにしておいた方がいいだろう、と思っての答えだ。

 これは無理のある話ではなく、神聖魔術系統の浄化や、治癒術については子供の頃から極端に大きな才を有する者、というのがたまにいる。

 それはこれらの魔術が理論を超えたところで作用することが間々あり、子供の純粋な願いからは大きな力を発揮することが少なくないからだ。

 ノルメもそれを経験則で知っているらしく、納得したように深く頷き、


「なるほど……。《光の愛し子》というわけですな。であれば、この結果も納得というもの」


 その言葉にボリスが首を傾げ、


「……《光の愛し子》とは……?」


「ああ、済みませぬ。我々、祓魔師エクソシストの間でのみ通じる言葉でしてな。このアイン殿のように、物心ついたときから高い浄化能力や治癒能力を持つ者がごく稀におるのです。そういう人々のことを、我らはそのように呼んでおります」


「アイン殿が、そうだと……?」


「ええ、浄化も治癒も、才があれば真剣に学ぶことで数年で身につけられる技術ではありますが……それでも五歳となると、流石に学んで出来るようなことではありませぬ……。にもかかわらず、それらの技術を使える者がいるというのも事実。これは、光より愛され、祝福を受けた者であるに違いないと……そういう話でしてな」


 実際にはそういうわけではないだろう、と思う。

 ただ、現代の人の……特に教会の人間からするとそういう風にしか思えないか、そういう扱いの方が都合が良い、ということなのだろうな。

 

「確かにそうでもなければこれくらいの年齢で浄化など使えることはない、ですか……。しかしアイン殿は錬金術も学ばれておられるようですし、学んで、ということもありそうですが……」


「なんと、そのような才もおありですか。ふむ……でしたら神童なのかもしれませんな。しかし、それで浄化に関しては《光の愛し子》の故でしょうな。錬金術とは異なり、一般に流布していない技術ですし、先ほどのアイン殿の発言から考えてもそうでしょう」


「ああ、昔からどうしてか使えたと……納得しました」

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