第137話 招き
「……ともあれ、これでこの屋敷については浄化が完了した、と捉えて問題ありませんね?」
ボリスが念を押すようにノルメにそう尋ねると、ノルメは、
「ええ、勿論です。これだけの仕事は
そう言って太鼓判を押した。
実際にはそんな中心点など浄化したわけではないが、結果だけ見れば同じことだ。
浄化はコツがあるというか、範囲があるためにこういった屋敷全体を浄化するためには、死霊の居場所と呪いの中心を見極め、ピンポイントで浄化をかける必要がある。
そうしなければ、端の方にしばらく呪いのかけらが残り、そこから魔物が発生したり、長く留まるとやはり調子が悪くなるような空間が出来あがったりする。
死霊自体が消滅すればそれで徐々にそういう呪いの残り香のようなものは薄まっていくのだが、しかし数年単位で時間がかかるため、可能な限り呪いの中心を浄化すべし、と言われる。
呪いというのは植物の根、幹、枝、葉のようなもので、根元から消滅させないと残り続けると昔からよく言われたものだ。
今はどういうたとえ方をしているかは分からないが……最低限、経験則としてそのことは伝わっているようだと言うことはノルメの言葉から理解できた。
「それは良かった……これで、契約を完全に履行することが出来ます。といっても条件が満たされ、代金のお支払いと同時に自動的にこの屋敷の権利がネージュ様に移行されるだけですが……。ぶしつけながら、代金の方はいつ頃お支払いいただけますでしょうか?」
ボリスがそう言ったので、ネージュは頷き、
「今ここで払えるの! はい!」
と言って、大きな革袋に詰まった金貨をボリスに手渡す。
この館の代金全額が、その中に入っていた。
かなり安くなっているとはいえ、家一軒の代金である。
相当な金額であることは間違いなく、そんなものをこんな風に出してくるとは流石のボリスも予想外だったらしい。
「……は、本当でしょうか……? ……確かに。全額ございます。それでは、たった今、この時をもちまして、この屋敷および土地と付属する建物についての所有権はすべて、ネージュ様に移行いたしました。無事の取引の完了、お喜び申し上げます」
驚きつつも、金額を確認するとそう言って、頷いた。
ネージュはそれを聞いて微笑み、俺の方を振り向いて、
「私もこれで一軒家の主なの!」
と胸を張った。
これで決して全体的に平らではないネージュである。
そこそこに見応えがあるのだろうが、俺の年齢はまだ五歳……何もこみ上げるものがない。
むしろ微笑ましさしか感じない。
まぁ前世だとて、二百年以上を生き、最後の方はもう欲望全てについて稀薄なところがあった。
それを考えるとこれから肉体的に年を取っていっても感覚は変わらない可能性がある。
枯れすぎというのは生物として問題がある気が……。
これからはもっと欲望というものを重視していこうか。
とりあえずは、五歳でもそれなりに強く感じられそうな食欲と睡眠欲から。
まぁ、それはそれとして……。
「良かったな、ネージュ。後でどの部屋を使うか、相談しよう」
「うん。楽しみなのー」
「ただ、その前に俺は出かける必要があるから……リュヌと前相談でもしておいてくれ。あとで来るはずだから」
「分かったの」
と、俺がどこに出かけるかと言えば……。
俺は改めてボリスとノルメに向き直って言う。
「ところでお二人とも……僕のお願いを聞いていただけませんか?」
「はて?」
「……私もですかな?」
二人は俺の言葉に首を傾げた。
俺はそんな二人に頷いて言う。
「はい……以前、このお屋敷のオーナーだった方々がいらっしゃるのでしょう? その人たちは、呪いを受けて苦しんでいると聞きました……」
「あぁ、そのことですか。はい。ただ、それでしたら、ゼイム殿に浄化をお願いいたしまして……快く引き受けてくださいましたよ」
ボリスがそう答える。
これについてはある程度予想していた答えだ。
ノルメも頷き、
「……
寄付、について語ったときのノルメの表情は若干の嫌悪というか、腹立ちのようなものが感じられた。
たぶんだが、彼の感覚からすると、ボリスかそのオーナーがしたであろう寄付が課題だったのではないだろうか。
ノルメはかなり高潔な人柄をしているように感じられる。
その彼からすると、その過大な寄付をそのまま懐に入れた司祭に腹が立っている……そんなところのような感じを受ける。
ただ寄付など決まった額があるわけでもなし。
どれほど大きな額だろうと別にいいような気がするのだが、ノルメはその辺りについて潔癖なのだろうな。
俺としては信用できそうな宗教者だと思うが、組織の中では生きにくそうな性格だ。
そういえば、
司祭に殿を付けなければならない以上、それよりは下の階位なのだろうが……その司祭よりも強力な浄化能力を持っているのにそのような階位に甘んじなければならない、ということが彼の組織での立場を表しているような気もするな。
まぁ、そんな彼だからこそ、俺も言いやすいところはあるが。
「頼もしいことです。そういうわけですから、アイン殿がご心配されることはありませんよ」
ボリスがそう言ったが、俺はボリスとノルメに言う。
「心配はしていないのですが……あの、僕もその浄化についていってはいけないでしょうか?」
「それは……一体またどうして……?」
首を傾げるボリスに、俺は続けた。
「僕は、昔から、浄化が出来ます……でも、人がやっているところを見たことがなくて……出来れば、目の前で見てみたいんです。それに、僕にも出来るかも知れないですし……」
と、力を手に入れて、その先を見たい子供を演じて言ってみた。
すると、ノルメはそれ聞いて深く頷き、
「なるほど! アイン殿はそのお年でかなりの向学心をお持ちのようですな。構いませんとも」
「わぁ! ありがとうございます!」
「その代わり、と言っては何ですが……」
「え?」
続いた言葉に俺は驚く。
――いずれ、王都ルークファイネの聖堂に一度お招きしてもよろしいですかな?
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