第48話 剣の答え

「二人とも、どうだったかな?」


 ジールが俺とジャンヌに改めてそう尋ねた。

 ジールとロザリーは今は木剣を置き、地べたに直接座っている。

 俺たちも同様だ。

 座学というか、今の模擬戦の講評と言えばいいのか、大体そんな時間だな。

 そのために二人もああいった戦いを見せたのだから当然だろう。

 そうでなければ、この二人が模擬戦をするのであれば《気》を使わないということはありえない。

 ジールについていえば、さらに神聖剣特有の神術、聖術、神聖魔術、という魔術もある。

 それらを一切使わずにただ剣術のみで戦って見せた、というのが修行の一環だと言うことがよくわかる。

 ジールからの質問に俺が答えてもよかった、俺は剣術については一応、それなりに知っているわけで、まずはああいった模擬戦を見て、新鮮な感動を感じているであろうジャンヌにこそ答えさせるべきであろう、と黙っていた。

 するとジャンヌが少し考えてから、口を開く。


「すごくかっこよかったですわ! わたくしも、ああいう風に戦ってみたいです!」


 と、至極分かりやすい、子供らしい感想をまず、述べた。

 これにジールは苦笑しつつも、頭を下げ、


「……ありがとう、ジャンヌ。そう言ってもらえると師匠冥利に尽きる。だけど、今聞きたいのはそういう事ではないんだよ。あの戦いから……そうだね、剣士として、どんなことを思ったのか。それを聞きたいんだ。どうかな……?」


 そう言った。

 これにジャンヌはうーん、と悩みだしたので、俺が例になった方がいいかな、と思い、口を開くことにする。


「二人の戦い方が色々と違っていて、見ていて面白かったですね」


「うん、どんな風だった?」


「……伯母様の方は、正統流の中でも攻めの強い戦い方をいつも通りされていらっしゃいましたが、あの猛攻をジール殿はじっくりと耐えていた。そのことに驚きました。私だったらとてもではないですが、途中で根を上げてしまう所です」


 言葉遣いはとりあえず丁寧にしておく。

 ロザリーのこともロザリーと呼ぶわけにもいくまい。

 とりあえずあ、伯母様、くらいがちょうどいいだろう。

 ジールは俺の答えに満足したように頷くが、ロザリーは鼻を鳴らして、


「お前は根を上げる前に何か策を練ってきそうだから安心できんな……」


 と、ぼそりと呟く。

 それから、ジャンヌも俺の台詞に触発されたらしく、何を言えばいいのかなんとなく分かったようで、彼女なりに思ったことを言い始める。


「私も同じことを思いましたわ! 最初の方はずっとロザリーさまの剣を受けていらっしゃいましたけど、後の方になると攻撃もされている中でもやはり、剣を受けたり弾いたりしていて……すごいなって思いました」


 この答えにはジールも満足のようだ。

 頷いて言う。


「そう、君たちの指摘は非常に正しい。私の技量についてはともかく、私の使う剣術流派、神聖剣とは、守りの剣なんだ。だから、これを学ぶ者は皆、盾の使い方に習熟している。盾の形は問わない。ラウンドシールドも、バックラーも、タワーシールドも。ありとあらゆる盾について修練する。そして、どんな攻撃からも身を守れる剣士へと成長していくんだ。私はその途上だが、それでもあれくらいのことは、出来る」


「そうなのですか? でも、わたくし、まだ盾の使い方は教えてもらっていませんけど……」


 ジャンヌが不安そうにそう言う。

 自分は、神聖剣を学ぶに値しない、そんな風に見られているのではないか、と思ったのだろう。

 しかし、そんな彼女の不安はジールがすぐに拭い去る。


「いや、盾はとりあえず剣をある程度触れるようになってから出ないと教えられないから、先に剣を教えているだけだよ。盾を持ちながら戦うのが主要な戦法なんだ。剣を取り落としたときとか、どうしても攻撃するわけにはいかないときには、盾だけを持って戦うために、そういう技法も神聖剣の中にはあるのだけど、それは後の方に学ぶことだ。まずは、剣、次に剣と盾を持って、最後に盾だけの戦い方を。修行はそんな順番になるね」


「そうだったんですの! 良かったです」


 この話にロザリーが、


「盾だけで戦う技法か。確かに、戦場でそういう神聖騎士を見たな。もちろん、剣を取り落としたのだろうが、それでも幾人か倒していたのを見た。あれは見ものだったな……」


「そうですね。習熟すれば盾だけでも剣を持った剣士を屠ることも出来るようになります。ただ、それはかなりの実力者でなければ……」


「貴殿は出来るのだろう?」


「……どうでしょうね」


 ロザリーの言葉に意味深に笑うジール。

 間違いなくできるな、これは。

 

「まぁ、それはいいのです。ともあれ、二人とも神聖剣についてはなんとなく、イメージは湧いたでしょう?」


「はい。守る剣なのですね!」


 ジャンヌが答えたので、俺も続けて、


「守りつつ、相手の隙を狙う剣でもあるな、と感じました」


 そう答えると、ジールは頷く。


「そういう側面もあるかな。特にロザリー殿と戦ったので、余計に如実になった感じもあるけど……」


「私も守らないわけではないぞ。ただ、攻撃した方が相手の手を出させずに済むから、結果的にただ守るよりも防御も兼ねられることが多い、というだけだ」


「豪快な解決法ですが、それもまた真実です」


 二人の会話にジャンヌが首を傾げ、


「……どちらが正しいのですか?」


 と尋ねる。

 これにジールは、


「神聖剣が正しい……と言いたいところだけど、そういうわけでもない。どちらも正しく、どちらも間違っているのだよ」


「……?」


「私にとってはこの戦い方がベストだ。けれどロザリー殿にとっては違う。それは分かるね?」


「はい」


「つまり、人によって最終的な正解は異なるんだ。そこが、剣術の面白いところでもある。もちろん、その正解を見つけるのは簡単ではなく、私も、今の私にとってはこれが正解であると思っている、というのが正確なところだが……」


「私も同様だな」


 ロザリーがジールに同意した。


「そういうことだね。だからジャンヌ、そしてアイン。君たちもいずれ正解を見つける日は来るかもしれない。ただ、そのためには、世の中にどういう剣があるのか、それを学び、知っておかなければならない。中途半端に身に付けても、それは分からないからね。私の教えることをしっかりと身に付けて、いつか、自分の剣を見つけてほしい。そう思っているよ」

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