第120話 商会

「さてさて……どうしたもんかな」


 アインとネージュの二人と別れてから、リュヌは少し考えた。

 もちろん、家を購入するに当たってどのように行動すべきかをである。

 以前であれば、《夜明けの教会》の伝手を使っていくらでもやりようがあったが、今のリュヌにはそんなものはない。

 一応、個人的な伝手もそれなりにあるが、五才の見た目で一体それをどうやって使えと言うのか……。


 と、そこまで考えて、


「……あぁ、別にこのまんま探す必要もねぇのか」


 と思いついた。

 リュヌはいそいそと街中の喧騒を抜け、路地裏に入る。

 人の気配の全くない区画に行き、家主に家捨てられて今にも崩れそうな一つの家屋に入って、そこで術を発動させた。

 それは、アインに学んだ死霊術の一端。

 アインに与えられた《体》を自由自在に操る術である。


 リュヌが念じ、魔力を操ると彼の体を影のような靄が包み込んだ。

 ボコボコと不気味にその靄は動き出し、大きさを変えていく。

 はじめは小さかったそれは徐々に大きくなっていき、そして最後には成人男性が一人入るほどのサイズへと変化した。

 それから、靄がゆっくりと霧散していく。

 するとそこに立っていたのは、先ほどまでそこにいた五歳の少年ではなく、二十歳をいくつか越えたほどと思しき青年だった。 

 くすんだ灰色の髪に、黄金に輝く瞳を持ったその青年は、自らの手足をゆっくりと動かし、確認する。


「……当たり前だが、問題なく動くな。しっかし、アインの奴の死霊術ってのは反則だぜ。見た目の年齢も自由自在かよ……」


 自分でやっておきながら、実際に体験してみるとその反則具合がよく理解できるリュヌであった。

 レーヴェの村の外れのアジトでも何度か練習したので初体験、というわけではないが、何度味わってもやはりズルい、と思えた。

 リュヌは暗殺者として、それなりに変装術には長けていた。

 化粧や被り物などを使い見た目を変え、動きや仕草を根本から違うものにすることによって別人となる手法は暗殺者の必須技能だった。

 リュヌほどの使い手となると、それだけでも十分に人目を避けられるし、目の前にいたとしても別人だとまで思わせることが出来た。

 ただ、同業者や観察力の鋭い者には見抜かれることもあった。

 それは、どれだけ変装しようと本来の体型や顔立ちまで変えることは出来ないからだ。

 変装によってどれだけ変化が生じるのかを初めから理解していれば、それを見破ることはたやすいとまでは言わないまでも不可能ではないのはそれが理由である。

 しかし、である。

 アインのこの技術はそんな前提条件のすべてをひっくり返すものだ。

 見た目も年齢も完全に変えられる、となればどんな人間にも見抜くことは出来ない。

 それは当然の話だ。

 そんな技術をこれほどまでに簡単に実現するアインは、恐るべき術者と言えた。

 それこそ、何度となく本人に行っているが、暗殺者をしているときアインが同僚にいたらどんな仕事も完璧にこなすことが出来ただろうと思う。

 存在そのものが反則。

 それがアインだ。


 けれど……。

 そんなアインにも欠けているものはある。

 常識とか、小手先の交渉術とか、そういうものだ。

 そこを補ってやることこそ、自分の役目だろうとリュヌは思う。

 

「……さて、そんじゃお仕事と行きますか」


 仕事、と言っても以前のような物騒な内容ではない。

 むしろ至極クリーンなものだ。

 アインとネージュのために、家を探す。

 実に平穏な響きである。

 誰かのために誰かの命を奪ってきた自分がする仕事にしてはいささか穏やか過ぎる気もするが、新たな人生はそういう風に生きるのもいいだろう。

 

 とりあえずは、聞き込みからだろうと、リュヌは路地裏から再度、表通りへと戻る。


 ******


「……家? そうだねぇ、マディーク商会とバハット商会は評判がいいよ。うちの店はバハット商会から買ったしね」


「ブラーゴ商会がいいんじゃねぇか? あそこは今、海運で相当儲けてるからな。いいところの建物でも割り引いて売ってくれると思うぜ」


 市場でちょっとした買い物をしながら、ついでにと話を次々と聞いていくリュヌ。

 その結果分かったのは、マディーク商会、バハット商会、ブラーゴ商会の三つがおすすめらしい、ということだった。

 そのいずれについてもリュヌは知っている商会であり、利用したことがある。

 以前と来た時からそれなりに時間が経っているのでそれらの商会についても評価をし直す必要があるかと思っていたが、概ね以前と変わっていなさそうだ、ということが分かった。

 しかし、一つだけ、以前はよく聞いたのに誰からも名前が出ない商会があることにリュヌは気づく。

 リュヌは、その商会について、ものを売り買いしている中年女性にそれとなく尋ねてみた。

 すると、


「あぁ、ナヴァド商会かい? あそこはねぇ……一年前までは結構うまくやってたんだけどね。今となっちゃ、風前の灯火だよ」


 意外な話だった。

 なぜといって、女性の言う通り、その頃のナヴァド商会は大きな店を持ち、商売の規模も大きく、また経営に問題があるようにも思えなかったからだ。

 少なくとも、一年やそこらでダメになりそうな感じではなかった。

 だからリュヌは尋ねる。


「そりゃまたなんで?」


「……ほら、グースカダー山の雪竜様が五十年ほど前に代替わりされただろう? まだお若いからかね……《雪の洞窟》に《雪晶》を溜めておられないみたいで……ナヴァド商会はあれの独占的な発掘と売却で利益を得ていたから、全て掘りつくして終わったのさ。それが、半年くらい前のことになるね」

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