第201話 精霊の事情
『貴方さまがここの主さまでいらっしゃいますか? 大地から感じる魔力と同質の魔力をお持ちでいらっしゃるのでそうではないかと推察したのですが……』
直接伝わる音声ではない、念話による音声で森精霊が俺にそう言った。
人の形をしているため、別に喋れないというわけではない。
ただ、この浮遊島には結界があり、あれはある程度物理的な影響も遮断するものだ。
空気そのものは普通に通すが、音波については人為的なものは遮るのかもしれない。
しかし、それにしても俺に主とは……。
まぁ、確かにこの浮遊島の中心部たる魔導神殿を復元し、また島自体を広げたのも俺だ。
フリーダから所有権も譲られたことも考えれば、間違いではないのだろうが……。
「……一応、そう言って差し支えないかな。だが、それがどうかしたか? あぁ、もしかしてこの浮遊島があんたたちの邪魔にでもなってたりするのか? 気づかずに広げてしまったからな……」
森精霊は通常、森に住んでいるものだ。
こんな高空までやってくることなど、まず、ない。
ただ、先ほど俺が浮遊島を広げてしまったが故に、地上で日が当たっていた森なんかが日陰になってしまった、とかそういう可能性があるなと思い当たっての言葉だった。
だとすれば非常に申し訳なく、しかしどうすればいいのやら難しいところだ。
けれど、そんな風に悩みかけた俺に、森精霊は首を横に振って言う。
『いえいえ! 全くそんなことはないのです! そうではなく……ここに新たに豊かな大地が現れた気配を感じたものですから……」
「豊かな大地?」
それがこの浮遊島のことを指していることは俺でも察することが出来たが、改めて周囲を見回してみる。
そこには青い下草が一面に生えている平原が続き、少しだけ隆起した丘のようなところがあって、小さな泉とそこからチョロチョロと流れるミニチュアのような川があり、そして森というより小さな畑か何かと言った方がいいような規模の生えたてのまばらに密集した木々があった。
とてもではないが、豊かな大地とは言えないような気がする。
そう思った俺は森精霊に言う。
「……豊か、か? むしろかなり殺風景だと思うんだが……」
『それはまだここが生まれたての土地だからでありましょう。しかし私には見えるのです。今後、この大地は豊穣の地になるところが! それに多くの植物が生茂る森も形成されるでしょう……なんて素晴らしいことか!』
かなり興奮した様子でそんなことを言われた。
森精霊にそんなことを言ってもらえるのは非常に嬉しい話ではあるのだが、しかし困惑もある。
だからどうしたのだろう、という疑問だ。
俺は素直にそれを尋ねる。
「……まぁ、褒めてもらって嬉しいが……じゃあ挨拶にでも来てくれたのか? 精霊がそんな礼儀正しいとは思っても見なかったが……」
これは嫌味ではなく、一般的な精霊の性格のことを言っている。
彼らは自由だ。
寿命にも縛らられることもない。
だからこそ、ある意味で自分勝手だ。
人間のことも、他の生き物のことも、それほど興味を持つことはない。
しかし、森精霊は俺にいう。
『挨拶……そうですね。挨拶、と言って差し支えないかと……。実はお願いがありまして』
一応、用があってきたらしい、とここで分かった。
しかし精霊に頼まれるようなことなんて何も心当たりがなかった。
俺は首を傾げて、
「……なんだ?」
と尋ねると、精霊は言った。
『私の眷属を、この土地に住まわせてはもらえないかと……きっとお役に立ちますので! どうか……!」
******
「……つまり、この土地は森精霊的に将来有望だから、眷属を住まわせて豊かな土地に導きたい、と……」
詳しく話を聞くと、どうもそういうことらしかった。
『ええ、その通りです。私は現在、この浮遊島の直下にございます、ファジュル大森林を住処としているのですが、どうもここのところ、邪精霊たちが力を増しておりまして……徐々に魔境へと変わりつつあるのです。このままではいずれ、我々の住処も魔境へと変えられてしまう日も遠くなく、どこかに新天地を求めておりましたら……なんと! ちょうど空の上にこんな素晴らしい土地が!』
「渡りに船だった、というわけか。うーん。しかし邪精霊か……」
邪精霊とは、本来は純粋な精霊だったものが、何らかの理由によって邪気を取り込み、その存在を変異させてしまったものである。
一般的な精霊はこの世界の維持・管理の役目を担っているが、邪精霊はこの役目を果たすことなく、人や動物に害を及ぼす存在になる。
もっともわかりやすい害の及ぼし方が、魔境と呼ばれる一種の異界を作り出してしまうことだろう。
そこでは人も生き物も魔物も全てが魔力に狂いを生じ、とてもではないがまともにいられたようなものではなくなってしまう。
迷宮が出現したり、強力な魔物が増え、場合によっては大きな魔力災害が生じることもあって……。
可能な限り、邪精霊が魔境を作り出そうとしている場合には、そうそうに潰すことが推奨される。
ただ、彼らは邪気に堕とされた存在とはいえ、もともと精霊であり、そう簡単にどうにか出来るようなものでもない。
だから昔から、魔族、人間問わずその対応には苦慮してきた。
今もそれは変わらないらしい。
『私共も、ただでやられるつもりはありません。ただ、全滅だけは避けたく……私共の中でも年わかい者をいくらか、受け入れてもらえないかと」
「……なるほどな。まぁ、そういうことなら別に構わないぞ。連れてくるといい。ただ、明日以降にしてくれ。俺の本来の住処はここじゃなくてな。今日は一旦そちらに戻らないとならないんだ」
『邪精霊たちと争っているとはいえ、今日明日どうにかなるという話ではありませんので、全く問題ございません。では、後日、またお尋ねいたしますので、その時はどうぞよろしくお願い致します……』
そう言って、森精霊は去っていった。
「精霊にしては丁寧な人だったの」
ネージュが少し意外そうにそう言った。
その感覚は俺にもわかる。
ただ、似たような精霊にはかつてあった事があるから、その理由も想像がついていた。
「おそらく、かなり年経た古い精霊なのだろうな。人との関わりも、経験があるからその辺りの勝手が分かってるんだろうさ」
「なるほどー。じゃあ、ここにきてくれる精霊もあんな感じだといいの。仲良くできそうなの」
「……いや、それは期待しすぎない方がいいだろうな……」
ああいう精霊は珍しい。
もっと自分勝手な方が一般的なのだから。
ただ、それでも土地に精霊がいればかなりの恩恵があるのも事実だ。
ここを拠点として扱うのであれば、きてもらった方がいいのは間違いない。
ともあれ、
「……まぁ、今度こそ戻るか。流石に日が完全に落ちてからはヤバい」
「分かったの!」
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