第200話 訪問者

「では……フリーダ、ということにしようか。それでいいか?」


 俺がそう尋ねると、人形は頷きつつ、尋ねる。


「もちろん、それで構わぬが……なぜその名に?」


 あくまでも作られた存在であり、自然な生命とは異なるが、魂を持った人形である。

 自分の名前の由来を知りたいというのは当然の欲求なのかもしれなかった。

 俺は答える。


「お前には……当たり前だが、親、と呼べる者がいない」


「それはそうじゃな。あくまでもわしは人形じゃし」


「だが、製作したのはゲゼリング・ダッツと、お前が協力者、と言っている、フラン・エンドローグだ。普人族ヒューマンは昔から、自らの子供に自分の名前の一部を与える習慣を持っている。であれば、その二人の名前を一部、拝借するのも一興かと思ってな。気に入らないのなら別のにしても構わんが」


 正直、ゼロから考えるのも面倒だ、という現実的な理由もある。

 二人の名前の一部をもらった、と行ってもゲゼリング老からは一文字、フランからは二文字でしかないし、こじつけに近い。

 ただ、人形はどうやら俺の説明を気に入ったらしい。


「なるほどのう。確かに、その二人はわしの親と言って差し支えない存在じゃ。普人族の習慣も知っておる。ふむ、フリーダ、か……気に入ったぞ。今日からわしはフリーダじゃ!」


 老成した深い瞳を持っているとは言え、若い女性が老人口調でそう言っている姿はどこか不思議なものを感じないでもないが、フランの面影のあるその容姿なのも相まって全く似合っていないということもなかった。

 あの人も、美しい人だったが話方は男性的だったからな。

 

「気に入ったようで何よりだよ。さて、とりあえず今日のところは遅いから家に戻るとするかな……」


 色々あって、大分長時間ここにいたらしい。

 少しばかり遠くなった浮遊島の端に沈む太陽の姿が見える。

 一応、村の近くで俺とリュヌの分身に遊ばせているが、あまり遅くなりすぎて気づかれても問題だ。

 ネージュについては分身も作っていないからな。

 両親や村の者が分身に何か尋ねた場合、うまいこと誤魔化すようには言い聞かせてあるが、失敗した場合にはネージュを探す捜索団が組まれたりしかねない。

 だから、せめて日が落ちる頃には村に戻った方がいい。

 俺の言葉にフリーダは少しばかり残念そうに、


「む、そうか……。これから《装置》の機能を説明しようかと思っていたのだが、そういうことなら後日の方が良いだろうな」


「あぁ、俺も気にはなってるから早く聞きたいんだけどな。別に拠点を持っているんだが、こっちに移した方が色々と便利そうだし」


 この場合の拠点、とはポルトファルゼにある方ではなく、村の近くの森の中にある、洞窟拠点の方だ。

 かなり執念を燃やして隠匿しているから滅多なことでは見つからない自信があるとは言え、ゴブリンたちも活動させるようになって最近、バレやすくなってきている。

 ゴブリンたちはこっちに連れてきてしまった方がいい。

 《転移装置》はここに来るための手段だから移転するわけにはいかないため、あの洞窟にも拠点としての機能はある程度残しておく必要があるが、主要な実験設備や素材なんかは全てこちら側に持ってきたいと考えている。

 せいぜい向こうに残すのは、転移設備と、その整備のための道具、それに隠匿・迎撃設備なんかに限ることにする。

 もし見つかった場合は自壊するようにすることも忘れないようにしよう。

 《転移装置》はそこそこ時間がかかるとは言え、一度壊れたら二度と作れないような者ではないのだから、惜しくはない。

 

「ふむ、拠点か。もっと《装置》に魔力を注いでいけば、資材などが取れる鉱山なども創造されるのじゃが……今くらいの規模じゃと、それも難しいのう。せいぜい、木材が取れる程度か」


「資材はやっぱり自分で確保する必要があるか……まぁ、その辺りも含めて、一度家に帰ってから考えてみることにするさ。明日ここに来られるかどうかはわからないが、近いうちにまた来る。そのときは頼むぞ」


「分かった……おっと、帰る時はあのお嬢ちゃんも忘れずに連れて……む? あのお嬢ちゃん、何をしておるのじゃ……?」


 ネージュが浮遊島の端の方に立って空を眺めているのを見て、フリーダが首を傾げた。

 ただ景色を眺めているだけでは?

 と一瞬思ったのだが、それにしては魔力の動きがおかしい。

 それに、よく見てみるとネージュはただ空を見つめているだけではなく、誰かと会話していうるようだった。

 不思議に思って俺とフリーダが近づいてみると、


「……ここに入りたいの? うーん、でもここ、私の持ち物じゃないの……」


 などと、言っているのが聞こえた。

 

「ネージュ。何かいるのか?」


「あ、アイン! あのね、森精霊が来ているの!」


「何……?」


 俺は慌てて眼に魔眼構造を作る。

 通常、純粋な精霊の姿を見ることは難しい。

 氷狼やドワーフなど、その末裔と言われるような存在となると別だが、完全な精霊は通常、精霊界と言われる人の世界とは異なる世界に住み、滅多に人前に姿を現さないからだ。

 ただ、それを見られる者というのもいて、それは精霊眼と言われる魔眼を持つ者である。

 他には純粋な子供や、死期の近い者なども見えることがあるのは、死霊と近いな。

 ネージュは真竜であるから、その瞳は人の目よりもずっと多くの者を捉えられるのだろう。

 俺の場合は魔術で無理やり魔眼構造を作ってみるしか方法は無い。

 それか、精霊それ自体が自らの意思で姿を見せてくれるか。

 

 ともあれ、俺が精霊眼の構造を眼に作ると、ネージュの目の前に確かに精霊が浮いているのが見えた。

 浮遊島の端、その少し先あたりだ。

 緑を基調とする服を身に纏っていて、植物が絡みつくようなデザインになっている。

 パッと見では、人間の子供のような姿でもあるが、しかしその身に宿る力は通常の人間とは比べものにならないほど大きい。

 浮遊島の中に入ってこないのは、内部への立ち入りを阻害する結界があるからだ。

 ただ単純に島を不可視にしているわけではないようだな。

 しかし……。


「どうしてこんなところに森精霊が? ここには自然とも呼べないようなものしかないんだが」


 森精霊は豊かな森を好んで住まいにする精霊である。

 こんな何もないようなところに一体なぜ、というのが正直なところだった。

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