第199話 変化

「どこかに情報があるかも知れない、か。手がかりなしと一緒だな……」


 確かにそういう可能性がある、というのは理解できる。

 ただ、何もヒントなしにそれを探すのはほぼ不可能だ。

 せめて、ここに何かあればよかったのだが人形の持っている情報もこれ以上はないらしい。

 伸びていた線が急に途切れたような感覚になってしまった。


「せっかく魔導神殿を復元してもらったのに、悪いのう。わしに出来るのは……せいぜい、この魔導神殿と浮遊島を好きに使ってもらうことくらいじゃ」


 人形がそう言ったので、少し落ち込んだ気分が復活する。


「いいのか? ずっと守ってきたからには、俺たちにはあまりいじられたくないんじゃないかと思ってたんだが」


「別に構わぬよ。わしが本体に与えられた命令は、《装置》に魔導神殿を復元できる程度に魔力を注げる者がここに来るまで、ここを守り、その者に譲ること、じゃからな。お主はその条件を満たした。わしの役目も終わりじゃ」


「なるほどな……でも、そういうことなら、これからお前はどうするんだ? 好きにしていいわけだろう? 一般的には、お前のような人形は主人から与えられた命令をこなした後、自壊してしまうことも多いが……そういったおかしな厳密さはなさそうだし」


 主人がいなくなった人形が自分の存在意義を失い、崩壊することが少なくなかった。

 特に機械的に作られた人形ほどそういう傾向が強かった。

 しかし、この人形は、俺の師匠方の力を借りたがゆえだろう。

 生命の持つ一種のファジーさをも持っているように思える。

 悪く言えば適当というか……。

 俺の言葉に人形は、


「特には。ここにい続けてもいいのであれば、そうさせて欲しい、というくらいかの」


「別に俺の島じゃないんだ。許可なんて要らないだろう」


「さっきも言ったが、わしの役目は魔導神殿を復元できる者に譲ること、じゃ。譲った以上、この島の持ち主はお主じゃ。許可は必要じゃろ」


「……無意味なところで人形らしさを出すな、お前……。まぁ、別にそういうことなら好きにすればいいさ。俺もこの島を好きに利用する。それでいいな?」


「構わんとも。ついでじゃが、わしはそこそこ役に立つぞ。《装置》の機能については全て把握しておるし、戦闘能力もそれなりにある。竜程度であれば近づいた時点で打ち落とせるくらいにのう」


「……まぁ、いくら空にあるとは言え、竜ならば近くに来ることもあるか。それに飛空船なんかもあることを考えれば……見つかっててもおかしくはないだろうが……」


 世界には浮遊島はそれなりにある。

 広い陸地を持ち、拠点にできるような有用なものもあれば、先ほどまでのこの島のように、狭くて使えないものもある。

 ここを見つけた者がいるとしても、有用性を見つけられなかったがゆえに放って置かれたのだろうな、と俺は思った。

 しかし人形は言う。


「いや、この島は外からは見えんよ。それも《装置》の機能じゃな。流石に大陸と見紛うほどにまで巨大ともなれば、存在を隠しきることは不可能じゃが……今くらいの大きさであれば、問題なく外部から認識されないように出来る。実際に、昔からずっとそうしてきたのだしのう。ただ、魔物の類、特に竜には単純な視覚以外で物体を捕捉しておるものもそれなりにいる。じゃから、稀にじゃが、見つかってしまってのう……いずれも返り討ちにしてやったがな」


「これほどの大きさのものを、完全に隠し切る、か……。やはり、創造神の技術ともなればそれくらいのことは可能にしてしまうのか……」


 とてもではないが、俺には出来ない。

 せいぜい、真竜状態のネージュ大のものが限界だろう。

 魔力を大量に注ぎ込んで力づくで頑張ればもっと大きくてもいけるだろうが、その場合は魔力がだだ漏れになるからそれなりの魔術師には見れば気づかれるようになってしまう可能性が高い。

 しかし、この浮遊島からはそのような魔力の放出もない。

 これで外側から一切見えていない、というのだから、恐ろしいものだ。

 

「他にも色々と機能はある。あとで教えてやろう」


 人形の言葉に俺は頷いて、


「あぁ、頼む。しかし……お前は本当にそれでいいのか? せっかく命令から解き放たれたんだ。どこへ行っても自由だというのに。やりたいことがあるなら俺も協力するぞ」


 この人形は、俺のかつての同僚と師匠の合作だ。

 子供、とまでは言わないまでも、そういう感覚が少しある。

 できることはしてやりたかった。

 そんな俺に人形は言う。


「その自由な状態でわしがしたいことが、ここにいることなのだから、いいのじゃよ。あぁ……もしわしの頼みを聞いてくれるというのなら、一つだけ、あるのじゃが……」


「なんだ?」


「わしに、名前をつけてくれんか?」


「……そんなことでいいのか? というか、なかったのか」


「わしの名を呼ぶ者など、ここにはおらんかったからのう」


「そうか……もちろん、ゲゼリング・ダッツ、というわけにはいかないよな?」


「それじゃと本体がおるからややこしいじゃろう。まぁ、それを言ったらこの見た目も本体のそれじゃからややこしいか……よし、変えるかの」


 突然そう言って、人形の体が崩れ出した。

 そして、グニャグニャと動き出し、もう一度人の体に組み上がる。

 ただ、そこにあったのは先ほどまでの魔術師然とした容姿の老人ではなく、その面影が残る、若い女性の姿だった。

 それに、知り合いの面影もある。

 まるでその人と、ゲゼリング老の両方の特徴をとったような感じだ。

 長い黒髪に、真っ白な肌、鮮血のような瞳……。

 

「お前……」


「ん? 気に入らんか? 新たな名前をもらうのじゃ。見た目も別のものにした方がいいと思ったのじゃが……」


「いや、別に構わないが……なんで女性に?」


 男でもよかっただろうに、というか、先ほどまで男だったのだからその方が自然だと思った。

 けれど人形は言う。


「わしの容姿はいくつか設定されておるが、そのうちの一つがこれなのじゃよ。ゲゼリング・ダッツが設定したのが、自らの姿じゃったのじゃが……協力者の方が設定したのがこれじゃ。別に他のものにもできなくはないが、最も楽になれるのでな」


「協力者……つまりは、あの人の趣味か。全く、らしいと言えばらしいが……」


 つまりは、俺の師匠の茶目っ気というわけだろう。

 自分とゲゼリング老が作った人形なのだから、その容姿はその子供のようであった方が面白い、とかそんなことを言っている姿が頭に思い浮かぶ。

 ゲゼリング老の方は、見た目などどうでも良いと言って自分の姿そのままにした、と。

 

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