第198話 欠片

 魔導神殿の外に出てみて、俺は驚く。


「……これは。まさか……!?」

 

 そこには来たときと同じように浮遊島の陸地が広がっていることは間違いなかった。

 ただし、その広さが大きく変わっている。

 ほんの少し先には、地上が望める空が広がっていたはずなのに、今やその島の端が遠い。

 しかも、よく見てみれば、平坦な陸地が一面に続いているだけだったはずなのに、不自然に植物が生えていたり、地面が隆起していたりする部分まである。

 僅かではあるが水の湧き出ている小さな泉まであって……。

 明らかに、来たときとは様相が違っていた。

 

「驚いたかのう?」


 驚愕している俺とは裏腹に、ゲゼリング老の人形に驚きは見られない。

 むしろ、このような状況になっていることを既に予測していたような表情だ。

 実際、分かっていたのだろう。

 神殿を復元する……あの球体に魔力を注げば、それだけの効果が生じるわけではなく、この浮遊島が拡大するということを。


「すごーいの! きれいなの!」


 ネージュだけがただひたすらに無邪気に浮遊島の自然を楽しんでいた。

 なんだかそれを見ていると、心が落ち着いてくるのを感じる。

 それだけでもネージュを連れて来てよかったと思ってしまった。

 ともあれ、事情は聞かなければならないと思い、俺は人形に言う。


「驚かないはずがないだろう……俺の見間違い、というわけじゃなく、この浮遊島の面積、広がっているってことでいいか?」


 俺の質問に人形は頷いて答える。


「あぁ、広がっているとも。お主が大量の魔力を注ぎ込んでくれたお陰じゃな」


「やっぱり、あの球体に魔力を注ぎ込んだからこうなったのか……おい、理由、説明してくれるんだろうな?」


 流石にこんなことがおこったのに秘密ですではいくら温厚な俺でも問題にせざるを得ない。

 しかし、そんなつもりはこの人形にはないようで安心する。

 そもそも、初めから魔導神殿が復元したらあらかたのことは説明してくれそうな感じだったしな。

 人形は言う。


「どこから話したものか迷うところじゃが……そもそものところから話すのが一番いいじゃろうな」


「そもそものところとは?」


「お主、魔大陸を知っておるか?」


 当然、知らないはずがなく、俺は答える。


「あぁ。かつて魔人を始めとする魔物たちの国家が存在したと言われる大陸のことだろう? 遥か昔に沈んだとかそんな話を聞いたことがある……」


 今の時代の常識だと、そういうことだったはずだ。

 人形は頷き、続ける。


「その通りじゃな。お主のいう通り、確かに今は魔大陸はない……ように思える。だが、実際にはあるのじゃ」


 何を言うのか、と一瞬思った俺が、


「一体どこに……まさか」


 と言いかけたところで、人形はさらに驚くべきことを続けた。


「そう。お主が察した通りじゃ。魔大陸はある。今、ここに、のう」


 浮遊島の地面を見つめながら、人形がそう言った。


「ここが、魔大陸……? いや、しかし魔大陸は巨大な陸地だった。アサース大陸やネス大陸に匹敵する……いや、それ以上の。それに浮遊などしていなかったぞ」


「じゃが、魔導神殿はあった。そうじゃな?」


「……それは。その通りだが……」


「魔導神殿が一人でに歩き出しでもしない限り、魔大陸以外の場所にそれがあるのはおかしかろう?」


「……精巧なレプリカという可能性も……」


「あると思っておるのか?」


「……」


 論理的にはありうるだろう。

 ただ、俺は魔導神殿に入ったとき、感じたのだ。

 遥か昔、魔人だったとき、魔導神殿に漂っていた空気、その名残を。

 あれは確かに……俺の記憶の中にあるものと同じだった。

 レプリカが出せるものではない、と俺の深いところが言っている。

 ただの感傷だ、と言われればそれまでの話ではあるのだが……きっとそうではない。

 人形が言外に匂わせていることからも、それが理解できる。

 人形は言う。


「つまりじゃ。魔大陸はなくなった、と現代の人間は考えておる。しかし、実際にはここに、その最後の欠片が存在している。そういう話じゃな」


「……話は、理解した。理解したが……どうしてそんなことに? そもそも、その欠片が、なぜ魔力を注げば浮遊島を拡大させられる、などという機能まで持っている? その理由は……?」


「それこそ簡単な話じゃ。かつての魔大陸は、先ほどお主がしたことを長い年月続けて出来上がった大陸だというだけじゃ。この魔導神殿はそのための施設なのじゃな」


「なんだと……そんなこと、陛下は一言も……」


「これはわしの想像に過ぎんが、伝えたところで仕方ないからじゃろう。それに、誰も信じないというのもありそうじゃ」


「それはそうかもしれないが……いや、そもそもそれが本当だとして、こんなもの、いったい誰が造ったんだ? 魔人にだってそんな技術はなかった。当然、普人族にも……」


「さぁのう。そこまでのところは、わしには情報として残されてはおらん。ただ、お主には想像がつくのではないか? そもそも、このような施設は……見れば見るほど、《世界の創造》と変わらぬことは理解できるじゃろう? そんなことが出来る者は……」


 俺は人形の言葉に、ふとネージュを見た。

 彼女は、真竜だが……その母親は、今や創造神としてこの世界を出て行った。

 今ごろきっと、この世界の外で、新たな世界を創造しているはずだ。

 そして……この魔導神殿、というか、あの球体の機能は、その創造神の仕事の縮小板に感じられた。

 巨大な世界そのものを創造するというわけではないにしろ、大陸ほどの規模の、命の揺籠を作り上げることが出来るのだから。

 陸地を創造し、植物を生やし、泉を湧き出させるというのは、そういうことだ。

 つまり、この魔導神殿を造ったのは……。


「古い、創造神、か……?」


 俺がポツリと一人ごとのように言った言葉に、人形は頷き、


「おそらくは。それを魔人たちが利用し、国を、そして大陸を作り上げたのじゃろう。以前は魔王だけでなく、わしの本体とともに管理していたようじゃな。わしの本体であればもっと詳しいことも知っておるじゃろうが……」


「あの人には、そんな秘密があったのか……。陛下も底知れない方だとは思っていたが……。しかし、それならなぜ、魔大陸は消滅した? 今に残っていないのは……なぜだ」


「それもわしの中には残されておらん情報じゃな。じゃが、かつての時代より、この魔導神殿は残っておる。わしの本体にしろ、他の誰かにしろ、この世界のどこかに、何かしらの情報を残しておる可能性はあるのう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る