第197話 誘導

「魔力を注ぐだけ? 思った以上に簡単だな……じゃあ早速」


「む? ちょっとくらい躊躇せんのか……!?」


 ゲゼリング老の人形が、さっさと手を伸ばす俺に驚いたようにそう言ったが、躊躇などない。

 何が起ころうとすべてねじ伏せてやる、とまで言えるほど自信満々なわけではないが、いきなり死んだりすることは流石にないだろうと分かるからだ。

 魔導神殿を復元したいのも本当の話だし。

 若干、この人形の話し方には誘導的なものを感じないではなかったが、何の目的もなくここに存在し続けているというわけではないことは最初から分かっているし、魔導神殿をあるべき姿に戻したいという程度の意図であればさして問題はないだろう。

 ただ、その程度のことなのになぜ、もっと簡単に頼まないのか、というのは思わないでもないが……それもなんとなく想像はつく。

 

 実際に、目の前の球体に触れればそれについても確信が得られるだろう、と思った俺は、さらに手を伸ばし、球体に触れた。

 すると、掌が吸い付くように引きつけられ、そしてそこから物凄い勢いで魔力を吸収され始めた。

 

「……やっぱりか」


 俺がそう呟くと、ゲゼリング老の人形は少し焦ったような顔で、


「……理解して触れたのか」


 と言ってくる。

 俺は魔力を吸われながら、人形に言う。


「普通の人間……この場合はエルフなんかの魔力に長けた亜人なんかも含んでの話だが、そういった者でもこれに不用意に触れれば一瞬で干からびさせられる、ということならその通りだと言っておこう」


 それが、ゲゼリング老が俺を誘導しつつも、何度も念押しをかかさないという矛盾した行動をとった理由だ。

 どうしても俺に魔力を注いで欲しかったが、しかしそれによってかなりの危険が伴うから気が進まないようなら軽い警告をしつつ、無理強いもしない。そういう行動を。

 ここにはおそらく、通常の手段で来ることは難しく、転移装置を使う以外の方法では中々来られない。

 となれば、ここに人間が来ることはかなり稀か、俺たちが初めてかもしれない。

 そんな状況で、魔導神殿を復元したい、という考えがある人形としては、機会を失するわけにはいかない、という思考になっても当然だろう。

 ただ、この人形は作り上げられる際に死霊術の技術も入っている。

 霊魂がどのような形かははっきりわからないまでも、確かに使われている以上、その精神的な部分には、知的生物の価値観が反映されているところがある。

 全くのそういった霊魂由来の価値観や判断基準をゼロにすることもできるが、そこまですると出来上がった人形はほとんど機械のような受け答えになってしまうから、ゲゼリング老本人や、俺の師匠方の思想を思い起こすに、そのような人形製作はしないだろう。

 つまり、この人形には普通の人間が持っているような、他者に親切にすべし、というような感覚もあるのだ。

 命令と、そういう感覚、その葛藤の結果としての先ほどまでの行動、というわけだ。

 人間臭い人形、それは人工生命のある種の完成形であり、ゲゼリング老と師匠方は結構なものを作ったものだ、と思わずにはいられない。

 まぁ、魂はほぼ移植したようなものだから、本当のゼロから作ったわけではない、と考えると微妙かもしれないが。

 ともあれ、そういうことなので、俺にはこの人形が意図していたことがなんとなく分かったわけだ。

 にもかかわらず、素直に球体に触れたのは、俺は魔力量には自信があるからである。

 一応、魔力コントロールも。

 もし仮に干からびるほど魔力を吸い取られそうでも、途中で無理やり止めるくらいの事は出来る自信があった。


 実際のところは……ちょっと自信過剰すぎたかな、という気もしないでもないが、まぁ、どんなに酷くても干からびるということはないと思われる。

 徐々に魔力の吸収スピードが緩やかになってきているからだ。

 安心。


「あの方々がここを後にされて以来、初めて人がやって来たと思えば……とんでもない者がやって来たものじゃな。どうやら、魔導神殿の復元はなされそうじゃ」


 人形がそう言って、周囲を見つめた。

 すると、ボロボロに崩れていた壁や天井、柱などがまるで時間が遡っているかのように元あった場所だろうところに動き、接合していく。

 長い時間で風化し、かけらもなくなった部分も、砂のようなものが更々と何処かから流れてきて、埋められていく……。


「わぁ……すごいの!」


 ネージュの無邪気な声が響く。


「復元か。まさにそんな感じだな……おっと、魔力の吸収は止まったようだ……だが、まだ注ごうと思えば注げるような……?」


 張り付いたように動かない状態だった掌は、もはや球体から外すことも自由に出来るようになった感覚がある。

 先ほどまであった魔力の流出も今や完全に止まっている。

 けれど、球体に向かってまだまだ魔力を注ぐ余裕がある感じがあった。

 魔導具などでもそうだが、魔力が注げる対象というのは、感覚で満タンかどうかというのが分かる。

 そこからすると、まだこの球体は満タンではないというか……。

 しかし周囲を見る限り、神殿は完全に修復へと向かっていっている。

 これ以上魔力を注いだところで意味があるとは……?


 首を傾げている俺に、人形が言う。


「流石にたった一人で魔導神殿を完全に復元するほどの魔力を持っておるとは、思ってみなかった。何人か、もしくは何年か必要かと思っておったのじゃが……これならば、先ほどの話の続きも早々に出来そうじゃな。一旦、外に戻ろうと思ってるのじゃが、構わんか?」


 なぜそんなことをするのか。

 これは流石に想像がつかなかったが、説明してくれるというのなら否やはない。

 俺は頷き、それからネージュに、


「ネージュ。外に戻るぞ」


 そう言った。

 彼女は頷いて、


「分かったの!」


 と言い、先んじて神殿の廊下を外に向かって走っていった。

 もうこの時点で神殿の復元は少なくとも俺の見える範囲では完全に終わっているように思えた。

 廊下に描かれた精緻な文様や彫刻などは、かつての在りし日そのままだ。

 いや、むしろ新品のように磨かれてすら見えるので、神々しさは今の方が上かもしれない。


「……元気な娘じゃな」


 走り去ったネージュの後ろ姿を見ながら人形がそう言った。


「珍しいものばかりで楽しいんだろうさ……さぁ、俺たちも外に向かおうか」


 そして、俺たちも歩き出した。

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