第188話 ゴブリンへの紹介

「……ところで、話に聞いていたゴブリン達は? どこにいるの?」


 ネージュにそう尋ねられた。

 確かに今、洞窟拠点を見回してみてもゴブリン達はいない。

 ただ、それはここにいないというだけだ。


「新たに彼らのために洞窟を拡大したからな。あっち側で生活してるよ。集落も作らせてる」


 ちょうど、この洞窟拠点と隣り合う形でゴブリン達の住処を作ったのだ。

 魔術を使えばこれくらいの洞窟を掘ることはそれほどの手間でもない。

 それくらいの力は今の俺でもある。

 また、洞窟拠点とゴブリンの住処は通路で繋がっているが、ゴブリン達には通ることが出来ないように結界を張っている。

 そもそも、そこに通路がある、ということも認識させないようにもしている。

 基本的に命令は聞くのでそこまでやらなくてもいいような気もするが、まだまだゴブリン達には十分な教育が出来ていない。

 ほとんど小さな子供のようなものなのだ。

 何かの拍子にとんでもないことをやらかさないとも限らない。

 洞窟拠点には転移装置を始め、色々と問題のある魔道具が増えてきている。

 不用意に触らせるとまずい、というわけだ。


「あっち? 行ってみて良いの?」


「あぁ。ネージュとカーも紹介しておいた方がいいだろうしな。森で出会って殺し合いになってもなんだし」


 当然、そうなった場合にはゴブリン達が一撃で敗北する未来しか存在しないのは自明だが、せっかく捕まえて言葉を叩き込み、一つ一つ会話やら常識やらを教えて手塩にかけて育てている彼らを殺されては非常に困る。

 今までの努力が水の泡だ。

 愛着も湧いているからかなり悲しい気持ちにもなるだろう。

 だから、先んじて紹介して、面通しはしておいた方がいいと思った。

 それに、俺やリュヌがそれぞれの技術を教え込んでいるように、ネージュやカー達にも教育の一部を手伝ってもらえれば、一人前になるのも早いかもしれないしな……。


 *****


「……というわけで、こっちがネージュ、こっちがカーだ。皆、覚えておいてくれ。絶対に喧嘩を売ってはならないぞ」


 隣の洞窟に通路を使って行き、狩りに出ているゴブリン以外を集めてそう話すと、ゴブリン達は深く頷く。

 本当に分かっているのか不安になったので、一番近くにいたウヌア君とドゥアに、


「……分かってるか?」


 と尋ねた。

 ちなみに、ドゥアもまた、ウヌア君と同様に、実験体として何度か協力してもらったゴブリンの一匹であり、他にトリアとクヴァーラ、クヴィーナの五体がいる。

 それぞれ古い言葉で数字を表している。

 ウヌア君が一であり、そこからクヴィーナの五までだな。

 俺の言葉に、ウヌアとドゥアは頷いて、


「……ワカッタ」


「ダイジョウブ」


 などと言っている。

 一応、確認のために、


「……じゃあ、こっちは?」


 とネージュを指さして尋ねると、


「……ネージュサマ」


 と二匹揃って返ってきた。

 それからカーを指さして同様に尋ねると、


「……カーサマ」


 と返ってくる。

 確かに分かっているようだ。

 それを確認できたので改めて、俺はゴブリン達に言った。


「この二人はお前達よりずっと強いから、森で見かけても絶対に襲いかかるなよ。それと、もし何か分からないことがあったら聞いてもいいからな」


「ワカッタ!」


 二十匹ほどいるゴブリンから同様の返答がなされる。

 やっぱりちょっぴり不安だが、この辺りから始めるしかないのだよな……。


「本当に喋ってるの。でもちょっとカタコト」


 ネージュが驚いてそう言った。

 やはり、その辺にいる野生のゴブリンだった者が言葉を操り始めている姿は珍しいようだ。

 カーも、


「元々話せないゴブリンは余程の事がなければ喋れるようになどならないものだが……これほど多くの者が話せるようになっているのは凄いな。魔物の、進化か……」


 そう呟いて考え込んでいる。

 一応、ゴブリン達にした措置については二人に掻い摘まんで話しておいたが、実際に見るまでは半信半疑だったようだ。

 本当に、進化というのが珍しいのだなと改めて思う。

 昔はありふれていたのに……。

 ただ、全くないわけではなさそうだ、というのはカーの台詞からも察せられる。

 おそらく、特別に鍛え上げた個体や、運が良い個体が俺が人工的に促進した進化を、自然に行うことで言葉を身につけられるようになるのだと思われる。

 他の魔物でも同じようなことが出来るかもしれない。

 今まで話すことなど有り得ない、と思っていた魔物であっても、喋れるように出来る可能性はある。

 まぁ、それをやるとしても当分先というか、このゴブリン達を育て上げる方が先だけどな。

 早く育て上げて、俺の手足となって色々と働いてもらいたい。

 具体的には素材集めとか、魔道具関係の部品作りとかだ。

 それほど集めたり作るのは難しくはないが、数を確保するには単純に人力が足りない、というものがあるので、そういうところで手伝ってもらいたいと考えているのだ。

 それと、この辺りの治安確保なんかにもな。

 いずれ俺は村を出ることになる。

 そのときに、何かの拍子に村が魔物に襲われて潰れたりしたら後悔してもしきれない。

 そうならないためにある程度の戦力にもなってほしいとも思っている。 

 ……色々と期待しすぎかもしれないが、目標は高く持っておいて良いだろう。

 前世、俺の同僚だったゴブリン達、その中堅クラスぐらいまで持って行ければその期待の全てに応えられる。

 流石に厳しいかもしれないが……あそこまで強いゴブリンがいたのは、あの戦乱の時代だったから、という環境的な部分が大きいしな。

 まぁ、ともかく、出来るところまで頑張っていきたいところだ。


「うーん、なんだか可愛いの。色々教えても良いの?」


 ネージュが聞いてきたので、俺は頷く。


「あぁ。俺とリュヌが色々教え込んでるところだからな。ネージュとカーも暇なときにそうしてくれると嬉しい。俺たちも、いつもここにいるわけでもないし」


「やったー! なの。じゃあ、私は……この子達に教えることにする。いいのね?」


「あぁ、そいつらなら構わないぞ」


 ゴブリンたちの中でも、トリアとそれに従っている面々を指名してそう言った。

 ウヌア君グループは俺が、ドゥアグループはリュヌが力を入れる予定なので、問題ない。


「俺もいいのか? ……考えてみれば、あまり若い後進の指導などしたことがなかったな。良い経験か……」


「それなりに氏族の者を鍛えているものだと思っていたが」


「ある程度、力がある者についてはな。ただ、本当に初めからというのは……もっと若い者がや、父が直接教えることが多い。俺もいつかは番を持ってそういうことをする日も来るだろうしな……」


「なるほど。じゃあ、存分に練習してくれ……ただ殺さないようにな。ゴブリンは本当に弱いぞ」


「分かってる。俺とて、敵対してくるわけではないゴブリンをむやみに殺したりするなど心が痛む。それになんだか……ここにいるゴブリン達は妙に愛嬌があるしな……」

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