第13話 魔力と気

 木剣を振るう。

 教わった型どおりに、まっすぐと。

 しかし、たまに揺らがせたり、ふらついたりさせている。

 その理由は簡単で、修行を始めてすぐに完全な構えを身につけてしまったらそれはおかしいからだ。

 天才とかなら分からないでもないが、別に俺はそう見られたいわけではないからな。

 加えて、本当にうまく構えられない部分もそれなりにある。

 前世、身につけた流派の構えや技ならともかく、テオやマルクに学んでいるこれは、冗談抜きに最近始めたものだ。

 したがって、その理屈や思想を理解できておらず、また慣れない構えにちょっと戸惑っているところもある。

 だから、あながちわざと、というわけでもない。

 本当はもうちょっとうまくやれるが、少し手を抜いている、というくらいだろうか。

 それにこの体の筋力の問題もある。

 俺は今、五歳だからな。

 魔力や気を使っているわけでもなく、素の身体能力で大人用の木剣を使っているとそれは当然まともに振れないということになる。

 子供用のもあるのだが、それを使っていると変な癖がつく場合もあるし、実戦のことを考えると大人用のものを初めから使った方がいい、というのだ。

 もちろん、それはあくまでも指導者がしっかりと見れる場合に限ってのことで、そうでない場合はやはり子供用のものから慣れていった方がいいということだが。

 ここにはテオがいるし、普段はマルクもいるわけだから問題ないだけの話だ。

 通常の道場では、やはり子供用の木剣を使うのが普通だという。

 まぁ、いい師匠に恵まれている、ということだろうか。


 ちなみに【気】であるが、これについては、俺は前世で使うことが出来なかった。

 現代において、【魔力】が精神エネルギーに由来する理を曲げる力だとすれば、【気】は生命エネルギーに由来する理に従った力だ、と言われているようだ。

 この考えは、前世においても存在していたが……完全に正しい、というわけでもない。

 間違ってもいないのだが……どちらも自然に由来する力で、発現の仕方が異なり、また親和性を見せる者の資質も異なる、という方が正しいだろう。

 【魔力】の方が理論的であり、【気】は感覚的な部分が大きいとか、大いなる知識から生み出されるのが【魔力】を用いた【魔術】であり、大いなる肉体に宿るのが強力な【気】であり、それを用いた【闘術】である、という言い方もある。

 まぁ、これも必ずしも正しいというわけではない……と俺は思っているが、これは個々人の解釈の問題もあるからな。

 つまりは、流派の違いとか、そういうのもあるので間違っているとも言いにくいのだ。


 ともあれ、俺は今でも【気】を使うことが出来ない。

 それは、前世で使えなかったためにその使い方が分からないからだ。

 魔族の古流剣術は身につけていたが、主に魔力を駆使して闘うタイプの流派だったからな。

 魔族ですらかなり少数派で、まぁまぁ奇妙な目で見られた記憶がある。

 魔族でも、武術と言ったら【気】を活用したものが一般的だったからな……これは、【魔力】と【気】の特性の違いに由来するものなので、当然といえば当然である。

 俺の身につけていたものは、異端だったわけだ。

 だから……というわけでもないが、今世では、しっかりと【気】の運用と活用法を身につけて、武術に生かしていきたいと思っている。

 常に前線に立ち続け、修行の時間など取りようもなかった前世とは違うのだ。

 才能の多寡は分からないが、こつこつやっていけばいずれ身につけられるはずである。

 【魔力】はかなり才能の比重が大きい力だが、【気】はそのあたり、かなり緩いと言われていたからな。

 もちろん、【気】をどれだけ頑張っても身につけられないという存在もいるが、【魔術】を使えない存在よりかなり少ない。

 むしろ【魔術】の方は大半の人間が使えないくらいだからな。

 使える方が少数派なのだ。


「……よし。一旦休んでいいぞ」


 色々と考えながら、ずいぶんと木剣を振った後、それを観察し、修正し続けたテオがそう言った。


「もういいの?」


 俺がそう尋ねると、テオが笑って、


「おい、まだやりてぇのか? 流石にそろそろ限界かと思ったんだがな……」

 

 そんなことを言う。

 

「……そうかな……? そうかも」


 木剣を下げて見ると、握力がだいぶなくなっていることに気づく。

 もう少し振っていたらすっぽ抜けていたかもしれない。

 昔だったら、このくらいでへたれたりはしなかったものだが……と思ってしまうが、もうこの体はあのころとは違うのだ。

 感覚を修正していかなければならないなと深く思う。

 

「ふっ。俺がお前と同い年くらいのときは、その半分で音をあげてたもんだぜ。そのたびに、マルクが、『ぼっちゃん、まだまだですぞ』と言いながら木剣を俺に握らせて振らせるんだ。こいつ、オーガか何かか? なんて思ったことは一度や二度じゃないぜ」


 肩をすくめながらテオがそう言うので俺は笑ってしまう。


「あははっ。でもそのお陰で父さんは強くなれたんでしょ? マルクが言ってたじゃない。十歳で気を使えて、いっぱしの剣士になれてたって」


「ん? あぁ……まぁな。だが、あれは世辞も入ってるんだぜ。確かに気は使えるようになってたし、まぁ、頑張ればその辺の弱い魔物くらいは倒せるくらいの力はあったと思うが……実際に相対してみると、腰が抜けちまってうまく戦えなかったからなマルクが探しに来てくれなきゃ死んでただろうってことも何度かあった。迷惑をかけたもんだ……」


 しみじみとそういうテオ。

 いっぱし、というからゴブリンくらいは軽く倒していたのかと思っていたが、そういうわけでもなかったのかもしれない。

 もしくは、それくらいは出来る実力はあったが、経験不足だった、という感じだろうか。

 それでも十歳の子供なら凄いことだけどな。

 魔族だと……どうだろうか。

 何ともいえないな。

 魔力の扱いにはきわめて長けている者が多いから、魔術でならそれくらいのことは出来る者が少なくなかったかもしれないが、やはり実力が足りないと魔力を暴走させて死にかねないからな。

 似たようなものか。


「……それだけ反省できるようになったのであれば、もう心配はいりませんな、テオぼっちゃん」


 テオの後ろ、中庭の入り口からそんな声がかかる。

 見てみれば、そこにはマルクが立っていた。

 そして、その隣には今の俺と同じくらいの年齢の子供もいた。


「おう、マルク。きたか。で、その子が……?」


「ええ、私の孫の、ヨハンです」

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