第14話 友人
マルクの孫、ヨハン・ライヘンベルガー。
俺と良い訓練相手、それから良い友人となれるようにとマルクが連れてきた子供である。
といっても、俺はまだ訓練を初めて三日も経っていないので、本来であれば俺の方がある程度、すでに訓練を重ねているだろうヨハンとやって大丈夫なのかという話になるだろうが、まだ五歳だからな。
その辺は細かく考えないでとりあえず会わせることにしたという感じだろうか。
もし俺が訓練についてはさっぱりでも、ヨハンが先輩として教える、という関係性を築くのもありだろうしな。
しかし、ヨハンを見てみると……マルクの孫とは思えないほど、愛らしい雰囲気である。
子供は大抵そういうものだろうが……マルクは威厳がある巨躯の老人だからな。
その孫もまた、五歳にしては体躯が大きく、また立ち居振る舞いも大らかな感じなのだろう、と推測していたが、それはそんな俺の予測は大きくはずれてしまったようだ。
ヨハンは、さらさらとした、肩くらいまでの亜麻色の髪に、穏やかな気性を象徴するような榛色の瞳を持った少年である。
動きもゆったり、おどおどとしていて、分類するのであれば運動するよりも家で本でも読んでいる方が好き、という雰囲気だ。
五歳で読める本など、絵本くらいしかないだろうが……。
「ほれ、ヨハン。アイン殿にご挨拶を」
マルクがそう言ってヨハンの背を押し、俺の前に出す。
すると、ヨハンはあわてた様子で、
「は、初めまして! 僕は、ヨハン・ライヘンベルガー……です! よろしくお願いします……です!」
と叫ぶ。
体全体から緊張が迸っているようなその挨拶は微笑みを誘う。
実際、テオもマルクもそんな顔でヨハンを見ていた。
俺も同じ気持ちだが……テオやマルクの浮かべているそれは、大人が子供に抱く感情だからな。
同じ表情を俺がしているのもおかしいだろうと、ただうなずき、普通の笑みを浮かべるだけにしておき、それから俺はヨハンに近づいて言う。
「初めまして。俺はアイン・レーヴェ。よろしくな……そうそう、俺のことはアインって呼んでくれ。丁寧にしゃべらなくてもいいぞ」
どういう風な口調でヨハンと話すべきか少し迷ったが、あまり堅苦しいのも後々面倒くさくなるだろうと思って普通のしゃべり方にした。
マルクや父であるテオに対する口調より若干乱暴なものにしているのは、同年代の友人に対してはこんなもんじゃないかな、という感覚からである。
それを聞いて、テオとマルクはひそひそと、
「……アインが兄貴風を吹かせてるぜ」
「……そこまででも。やはり、同年代のお友達が出来て、嬉しいのでは?」
と話している。
小さな声だが、俺の耳にはしっかり聞こえている。
この会話から分かるのは、俺の態度は特に不自然ではないと言うことで、ちょっと安心である。
対して、ヨハンの方はそんな話には注意を払えていないようだが、それは当然だろう。
子供ってのは目の前のことしか見えていないのが普通だからな……。
俺の言葉に少し考えて、
「え、でも……おじいちゃんは、アイン殿はしゅすじ?だからことばづかいにはきをつけろっていって……ました」
と俺に言い、それからマルクの方に目をやる。
なるほど、マルクの指導があったからこういう感じなわけか。
別に俺としては敬語だろうがなんだろうが構わないのだが、このあたりはどうしたものかな、と思っていると、
「おい、マルク。別にガキなんだ。敬語がどうとかはいいだろう」
テオがマルクにそう言った。
これにマルクは、
「しかしですな。テオぼっちゃんはハイドフェルド伯爵のご子息ですし、こういうことは……」
「頭が固ぇなぁ……まぁ、確かにそういうのも自己防衛には大事だが、俺たちに限っては気にする必要はねぇだろ。俺も、今でも一応貴族の末席にはいるが、ど田舎のせまーい領地しか持ってねぇ小貴族だしな。レーヴェの村のガキどもは俺に敬語なんてつかわねぇぞ」
「ううむ……そうですか。しかし、アイン殿は……いいのですかな?」
マルクも完全に頭が凝り固まった大人というわけでもない。
当事者がそれでいいというのなら、受け入れるくらいの度量はあったようだ。
これに対して、テオは俺を見ながら言う。
「別にいいよな?」
「うん。せっかく友達になるんだから、ふつうに話したいよ」
「というわけだ。マルク」
改めてマルクを見たテオに、マルクはため息を吐き、
「……ふぅ。まるで私が頑固爺のようですな……ヨハン。アイン殿もこうおっしゃっておられる。普通に話して構わぬ。ただ、人前でそれをすれば場合によっては問題になるゆえな。外ではしっかり、言葉遣いに気をつけることを忘れぬように」
と、若干説教臭く言った。
そこまで細かいことを五歳が理解できるのか疑問だが、とりあえず許された、と思ったのか、ヨハンは、
「うん。わかった、おじいちゃん! アイン、よろしくね!」
と、早速、敬語を外して言ったので、俺も頷いて、
「ああ、よろしく」
そう言って握手をしたのだった。
それから、
「では、顔合わせも済んだところで、早速訓練を致しますかな? 今日はそのためにきたのですし」
とマルクが言う。
これにテオは、
「おい、もうかよ。もう少し話してからでもいいだろ?」
と言うが、マルクは首を横に振った。
「いえ、時間がありませんのでな……二人には出来るだけ早く、そこそこの腕を身につけていただきませんと」
と謎の台詞を付け加えてだ。
これを奇妙に思ったのはテオも同じのようで、
「……なんだ? 何かあるのか?」
そう尋ねた。
これにマルクは少し考えてから、
「そういえば、テオぼっちゃん……はご存じなかったですな……」
そう言った。
「何をだよ?」
「ロザリー殿のご子息の、ファルコ殿を、です」
「あぁ、姉貴のガキか。そういや、ちょうど二人と同い年だって話だったな」
つまりは、五歳と言うことである。
「ええ、そうです。そのファルコ殿は……昔のテオぼっちゃんと似ている、という話はしましたが……」
マルクが言った台詞に、テオはぴんと来たらしい。
頷いて、
「なるほど、そういうことか……なら、少しは戦えるようになっとかねぇとまずいわけか」
「ええ、一月滞在されるなら、必ず顔を合わせることになりますからな。我が孫も、しばらく通わせていただくわけですし……」
「じゃあ、ぐずぐずはしてらんねぇな……やるか」
「ええ」
二人は何事か合意したようで、俺とヨハンを見つめる。
その視線には何か怖いものが宿っているような気がして、俺とヨハンは顔を見合わせ、お互いに、『なんか嫌な予感がするな』『そうだね』と視線で話し合ったのだった。
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