第145話 雪晶の価値
「俺たちから? そうだな……」
少し考えてみるが悪い考えではない。
専門的な発掘技術がいるような鉱物であるのだろう、とどこかで考えていたが故に場所をボリスに教えてやろう、と思っていたが、実際の雪晶はそんなものではない。
おそらくは簡単に採取できるようなものだろうとネージュの話を聞いている限りは予測できる。
ただ、実際に見てみないと分からないところもある。
これについては、そうしてから考えた方がよさそうだな……。
「簡単に数が採取できるようならそれもいいだろう。ただ継続的に採取するには時間や人手がいるようならやはりボリスに場所を教える方がいいな。でないと、ボリスも商売としてやっていけないだろう」
「ま、確かにな。俺たちがそこまでボリスの商売を気にしてやる義務もないだろうが……良い関係を気づくにはそういう配慮もしてやっておいた方が良いのは間違いない。んじゃ、とりあえず見に行くか」
リュヌがそう言うと、ネージュが、
「山に行くの?」
と尋ねてきたので、俺は頷く。
「ああ。また背中に乗せてもらえるか? ネージュには隠匿魔術をかけるから、この屋敷の発着場の使い心地を試してみてくれ」
「分かったの~」
それから、ネージュが外に出ると同時に真竜の姿に戻ってしまったので、俺は慌てて隠匿魔術を彼女にかけた。
「……今の、誰にも見られなかっただろうな……?」
俺がそう呟くと、リュヌが頷いて、
「……幸い周囲には誰もいなかったから大丈夫だ。危なかったぜ……」
と冷や汗を垂らしながら答えた。
歴戦の暗殺者である彼ですらもそうなるくらいに焦る出来事だった。
それから、俺たち自身にも隠匿魔術をかけ、ネージュの背中に飛び乗る。
「よし、飛んでくれていいぞ」
俺がそう言うと、
「じゃあ、行くの~」
そう言ってネージュが翼を広げ、俺たちは空の住人となったのだった。
*****
「……さて、着いたな」
ポルトファルゼの街から飛び立って十分ほど。
恐ろしいほどに短い時間でグースカダー山山頂まで到着した俺たちである。
まぁ、距離はそんなに遠くないし、真竜が本気で飛べばこんなもの、というかもっと真剣に飛んでいればもっと早く着いただろう。
これでもゆっくり来てもらった方だ。
グースカダー山は相も変わらず雪景色であり、ポルトファルゼの街とは明確に異なる季節感がなんだか不思議な感じだ。
世界には住んでいる土地の環境をまるごと変えてしまうような存在がそれなりにいて、ネージュはまさにその一人であるからこその光景だ。
「すごいもんだな……」
「何が?」
と人間姿に戻ったネージュに尋ねられたので思ったことを言うと、ネージュはなるほどと頷いた後、説明する。
「私、というよりお母様の力なの。その残り香で……今後千年くらいはこの山はこういう環境であり続けるの」
意外な話だった。
だが、力、という意味では納得がいく。
ネージュは確かに強力な存在ではあろうが、グースカダー山周辺の環境を一変させるほどか、と言われると少し微妙な気もするからだ。
少なくともそのためにはここに常駐して魔力を放出し続けていなければ厳しそうである。
だが、ここのところネージュは頻繁にこの山から離れているし、強い魔力を延々と放ち続けている、という感じでもない。
だから少しばかり違和感があったのだが、彼女の母親が、というのであれば理解できる。
何せ、力の規模が違うからな。
今はどこぞの異世界で創造神をやっているような存在だ。
一世界の一地域を雪の世界に閉じ込めるくらい簡単にやってのけることだろう。
真竜と言ってもやはり、ピンキリ、ということだな。
いずれはネージュもそうなるのだろうが、今はまだまだ子供だというわけだ。
「ところで本題だが、雪晶はどこにあるんだ?」
そのためにここに来たのだ。
まずはそれを確認したい。
これにネージュは、
「こっちなの~」
と言って歩き始めた。
山頂の方ではなく、反対側だ。
ネージュの住処は山頂の方なので意外だったが、しばらくついていくとひっそりと存在する洞窟にたどり着く。
「ここなの!」
そう言ってネージュが中へと進んでいく。
俺とリュヌも続き、奥の方へと歩いて行くと……ほんの数分で目的の場所にたどり着いた。
そこにあったのは、大量の氷のような物体がそこら中に転がっている空間だった。
「……これが、雪晶か?」
転がっている物体のうちの一つを拾い、俺がネージュにそう尋ねると、彼女は頷く。
「そうなの。お母様のものと比べるとちょっと小さいけど……」
「そうなのか?」
それだとボリスが引き取ってくれるかどうか不安だが……。
「うん。でも、人が入ってた洞窟は、お母様がずっと昔に使っていた方だから、多分、同じくらいだと思うの」
「ん? どういうことだ?」
「お母様は何万年も生きてたから……それを残す洞窟もそのうちいっぱいになってしまって、そのたびに場所を変えていたの。それで、人がよく入っていた洞窟を放っておいて良いのって昔聞いたら、そこは生まれて五十年もしないくらいのときに使ってた場所だから別に良いって言ってたの」
なるほど、確かにこれくらいの大きさのものでも、何万年にも渡り重ねてきたらそのうちこれくらいの洞窟などそのうちいっぱいになるか。
場所を変える必要があるのは分かる。
しかし、ネージュの母親はその言い方からして、この雪晶が人にとって価値あるものであることを認識していたようだな。
生まれて五十年もしないとき、というとネージュよりも若いときのことか。
そのあとも当然、この世界を去るまで雪晶を残し続けただろうから、最後に使ってた洞窟もどこかにあるのだろうが……。
ふと気になって俺はネージュに尋ねる。
「ちなみに、ネージュの母上が最後に使っていた洞窟はどこだ?」
「それはこっちなの!」
ネージュの先導に従い、再度別の洞窟に向かう。
しばらくしてたどり着いた洞窟の前で、あぁ、これは確かにまずいな、と俺は察した。
リュヌは分からないようだが……ネージュはどうかな。
母親とずっと一緒にいたのだろうし、微妙なところか……。
ネージュと共にその洞窟の中に入る。
その際、何か膜を通り抜けたような感覚がし、高度な結界が張られていることに俺だけが気づいた。俺ですら通るまで気づかない結界……さすがは創造神にまで至った真竜と言うことだろう。なんだかもうすでに引き返した方がいいような気がしてきたが、ネージュは楽しそうだし、リュヌもわくわくしてる感じだし、今更そうも言えない。
仕方なく進んでいった。
そして奥までたどり着くと、そこには確かに雪晶が先ほどの洞窟と同じように転がっていた。
まず、数がずっと多い。
その上、大きさもかなりのもので、加えて感じられる力の度合いが危険だ。
確かにこれは結界を張って隠すべきもの……人の手に渡してはならない危険物だろうと思った。
ボリスにダース単位では売れないな……一つ二つくらいならという感じだろうか。
俺個人としても使いたい。
だから俺は尋ねた。
「ネージュ、ここの雪晶は……その、使っても良いものか?」
するとネージュは答えた。
「お母様は、悪い人間に渡してはならないって。でもアインならいいの。友達だから」
「ありがたい話だが……俺はあんまり良い人間ではないぞ」
元死霊術師だ。
教会からは悪人認定まっしぐらだ。
「そうなの? でも友達は大切にするものだから……悪い人間でも仕方がないの。そのときはそのときなの」
意外に悪に墜ちそうな感覚をしているな、と思ったが、真竜の価値観というのはそういうところがあるものだと思い直す。
昔の真竜たちだって性格は色々で、誰に与するかは善悪で決める感じでもなかった。
自分が気に入るか気に入らないか、基本はそれだけだ。
俺はネージュの言葉に、
「分かったよ。ありがとう……だけど、悪い人間にはならないように気をつけておくことにしよう」
そう答えたのだった。
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